第30話(第1部完結) ~夏は、もう終わったんだ~

「あれ、2人してお昼ここで食べてるんですね」


 昼休み。

 俺は1人でパンを貪ろうと、この中庭に訪れていた。


「あ、大橋くん! 大橋くんも中庭に来るようになったんだね!」

「あらミスター拳弥! お姉さん2人に挟まれにきたのでございますか~?」

「…………」


 あの古いベンチに、2人が並んで座っていた。

 しかし、俺がベンチの前に立つと真ん中をパカッと空けた。


「キャバクラみたいな配置やめてくれません?」

「大橋くん、私なんか飲んでいいですか?」

「ドリンク求めんな。あと輪島さんがそういうネタやるのはちょっと悲しいです」


 周りに人がいないことを確認し、真ん中に座る。


 あれ? なんで俺言われるがまま座っちゃったんだろう。理性大丈夫?


「…………」


 左にスタイル抜群の黒髪美女、右に爆乳金髪お嬢様。年上に囲まれて肩をすぼめて座る俺。もしかして本当にそういう店来てる?

 こうして至近距離にいると、二人とも綺麗な顔してるな……。


「時にミスター拳弥。この前の騎乗位の練習の話でございますが……」

「え?」


 あ、そういえばインハイ1回戦前に言いかけてたやつか。改めてする話でもないだろ。


「なんですか……?」

「膝を付ける騎乗位としゃがむタイプの騎乗位がありますわよね?」

「は、はあ」

「しゃがむタイプの時に、同時に乳首舐めるの非常に難しいのでは……? と思ったのですわ」

「何の話?」


 右を振り向くと、真剣な目つきの長谷川さんがいた。真昼間に何を聞かされてんの?


「いや……それは1人だからイメージ付きづらいんですよ。実際は道具よりももうちょっとブツも柔らかいですしその練習はあんまり……」


 なに真面目に答えてんの? 俺。


「え! 麗ちゃんってそういうの使うの……!?」


 左を振り向くと、またもや真剣な目つきの輪島さんがいた。だから何でこの話題でそんな真剣な顔になれるんだよ。


「たまーに……気分でよっては使いますわ……」


 やっと照れた顔すんな。


「そうなんだ~……女の子同士ってあんま1人でする時の話しないもんね~……」

「そういうひかりんはどうなんですの?」

「えぇっ! そ、そうだね……私、ナカでイったことないから……指でソトを……って大橋くん! 聞かないで!」

「…………」


 顔を赤らめながら輪島さんの箸が掴んだ白米を口に突っ込まれた。なんだろう、この話に入れてすらないのに勝手にオチに使われる苛立ちは。


「わかりますわ~、最初ってよく分からないですわよね!」

「話続けんのかよ」


 あ、そういえば確かに合宿中俺のパンツでオナニーしてた時も……って思い出すな。思い出すなよ。


「あ、ちなみに麗ちゃんってやっぱ筆下ろしAV見ながら……なの?」

「勿論ですわ。ひかりんは?」

「え、えーと……最近は大橋くんの靴下を……って大橋くん! 聞かないで!」


 再びご飯を口に突っ込まれる。

 え? 待って? 最近靴下1足なくなったと思ったらお前がパクってたの? 靴下を……なに?


 聞かないで! じゃないよ、自首っていうんだよ? それ。


「もーやめ! この話はお昼からする話じゃないよ!」

「やっと気づきましたか」

「あら、お昼休みももう終わってしまいそうですわね」

「学校生活史上、最も解せぬ昼休みだった……」


 空になった弁当箱をしまい、立ち上がる2人。俺は精神的疲労からか、去っていく2人の背中を眺めながらまだベンチにうなだれていた。


 まだ夏の残りを感じさせるように、木漏れ日が眩しくも暖かく俺に差し込んでいた。

 相変わらず鮮やかに緑色の景色を連ねる木々たち。


 しかし、時おり吹き込む少し涼しい風が、秋の顔が出てきていることを彷彿とさせた。

 夏はまだ少し残っているけど、俺たちの夏は終わった。


「…………」


 2年生コンビ、強烈すぎんだろ。








「あれ? 輪島さんと長谷川さんは?」


 放課後の練習場。

 何度来ても汗臭が蔓延するこの練習場には、俺と五十嵐とソフィしかいなかった。


「あー、2人は進路関係の説明会? みたいなのが放課後あるみたいで遅れるってよ」

「進路……そういう時期になってきたんだな」


 着替え終わった俺は、腕をグッと上に伸ばした。


「しゃーないな、途中までは3人でやるか」


 五十嵐とソフィも既に着替え終わり、準備運動を始めていた。そういえば俺たち1年生も、文理選択を迫られる時期だ。


 この前も、文理クラス分けの1回目の希望用紙を配布されていたはず。


「なあ、五十嵐とソフィは文系と理系どっちにするんだ?」


 二人の手がピタッと止まった。俺を怪訝そうに見た。


「おいおい大橋ィ、練習始まってからする話かよ~」

「聞きたくない……」


「ごめんごめん。ちょっと気になってな」


 ソフィは本当に聞きたくなさそうに無表情で耳を塞いでいた。ソフィって勉強あまり得意じゃないのかな?


「まーウチは、理系にすっかな」

「へー、意外だな……」

「今んとこ国立理系狙ってるからよ」

「……お前が超成績優秀だってこと忘れてた」


 そういえば夏前の定期考査でも、こいつは学年1位を取っていたはずだ。いつ勉強してるんだよ、こいつは。


「で、チビはどうなんだよ?」

「わたしは……文系……というか、まず進級が危うい」

「え?」


 無機質なソフィの目が遠くなっていた。


「前のテストはどうだったんだ?」

「…………」


 俺が尋ねると、ソフィは目を逸らして準備運動を再開した。

 いや、これは聞き捨てならない。何故なら、あまりにも成績が悪いとウチの高校は部活への参加を禁じられることもある。


「なあ、ソフィ大丈夫なのか?」

「……ビリから3番目だった」

「がははっ! チビてめーバカなんだ! バカなんだ! がははっ!」

「エセギャル……しね……しね……!」


 もう涙目になっていた。可哀相だからこれ以上言及するのやめよう。次のテストは五十嵐を当てがって勉強会してもらうことにしよう。


「で、大橋お前はどうなんだよ?」

「俺は……文系だな。英語くらいしか得意なのないし」

「ふーん、志望校とかは?」

「あー……1番近い国立の文系いければラッキーかなってくらいだな……」

「同じとこか。まあせいぜい頑張れよ」

「上から目線だな、五十嵐」


 かくいう俺も、特に成績が優秀なわけではない。この高校は世間的には偏差値の高い方ではあるが、その中じゃ俺はちょうど真ん中くらい。


 得意な英語だって、話すだけならネイティブにも引けを取らないが、文法とか甘いし学校のテスト的にはそれなりに優秀ってだけのレベルになる。他の科目は……ソフィほどじゃないがお察しだ。


「チビが留年したら面白ェな!」

「本当に悩んでいるから……やめて……」

「チビお前家でなにしてんの?」

「寝るまでずっとSM動画見てる」

「ったく! 性欲盛ってんな~」

「エセギャル、ブーメランって知ってる?」


 進路とか成績とか。

 俺から振っといて、耳の痛い話だな。


「さってと! 練習しようぜ!」

「大橋お前……突然テンション切り替わったな」

「オーハシ……気持ち……わかる」


 なんだろう。

 3年間って、すげー短いような気がしてきた。


「今日は少ないから、縄跳びシャドーサンドバッグを前半でやっていこう!」

「おーっす」

「了解……」







「おまたせー! 遅れちゃってごめんねー!」

「話を聞くだけでも疲れましたわ~」


 鉄扉の鈍い開閉音が鳴り響き、輪島さんと長谷川さんの声が聞こえた。

 俺たちは汗だくで、サンドバッグを打つ手を止め振り返った。


「ああ、2人とも終わったんですね。後半マススパーやるんで準備しといてください!」

「らじゃーだよ!」

「承知ですわ!」


 2人が大量の資料を抱えながら更衣室へ吸い込まれていった。

 五十嵐とソフィはサンドバッグを再開する。


「…………」


 夏は、もう終わったんだ。


 一瞬で終わっていく日々に、俺は形容しがたい感情を覚えていた。


 相変わらず汗臭い練習場のスメルが、俺の鼻を突き刺した。


「くせぇ……」



 ――夏は、もう終わったんだ。


 でも。



 相楽高校さがらこうこう女子ボクシング部は、まだ始まったばかりだ――。








 ―――――――――――――――――


 当作品をお読みくださり、誠にありがとうございます。

 これにて【第1部完結】となります!


 初めての夏が終わり、次話から【第2部】がスタートとなります。

 なお、【第2部】は約1~2週間後からの再スタートを予定しております。


 いつもお読みくださっている方々、レビューやコメントをくださっている方々へ、感謝の気持ちでいっぱいでございます。


 第2部も引き続き、よろしくお願い申し上げます。

 次の投稿を是非是非お楽しみにしていただけましたら幸いです!



 三澤凜々花みさわりりか

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