第19話 ~夏合宿編② 合宿は性癖オールスター感謝祭ではありません~
「ふーっ……」
俺は1人だった。
あの後、輪島さんたちはバタバタと温泉へ向かっていった。
静まり返った部屋で1人、呆然と座り込む。
「いってぇ……」
腕や背中に軋むような痛みが走る。
そして、全身には鈍い疲労感がのしかかっていた。
体力、本当に落ちたなぁ。
柴田さんにも怒られてしまった。
最先端の環境で最善のボディメイクをしていた時代から、今はせいぜいミット打ちと軽いスパーの相手くらいでしか体は動かしていない。当然だ。
本来、中学卒業後は規定年齢の17歳からすぐにプロで戦う準備をする予定だった。
プロの12Rを戦い抜くスタミナも作っているところだった。
対して、アマチュアはたった3R。その分、力をフル回転させなきゃ勝てないんだが。
「…………」
先ほどまで騒がしかった和室は、静寂が支配していた。
俺には1つ、不安があった。
輪島さんと五十嵐の件だ。
「みんなでインターハイ……は無理だ」
そう。
五十嵐の減量は少し無理があった。
適正体重はどちらもバンタム級。
輪島さんに対して背の低い五十嵐は1つ階級を落としてフライ級に出場させたかったんだが。
五十嵐もその予定で調整をしていたが、どうやら彼女は体重が落ちづらいタイプらしい。
これ以上無理に体重を落とすと、エネルギー不足になり元も子もなくなる。
今日だって、人より体力もあって余裕もあるアイツが他の部員と一緒にくたばっていた。
体質に逆らいすぎるのはよくない。
結局、エントリーは輪島さんと同じバンタム級で出した。
アイツはインファイトが得意だから、自分より身長の高い相手が出るバンタム級で戦うこと自体はさほど問題ではない。
「仕方ない」
――ぶつかるかもしれない。
1対1のスポーツは、仲間を殺す運命を背負う時がある。
受け入れるしかない。
「柴田コーチから、わざわざ来てくれたのでとプレゼントをいただきましたー!」
輪島さんが、元気溌剌に「箱」を掲げた。
「プ、プレゼント?」
「大橋くんも食べよ~!」
箱を開ける輪島さん。
部屋には全員が浴衣姿で集合していた。
「チョ、チョコレート?」
「おー!甘いもの食べたかったんだよねー!」
「素敵ですわね! さあさあいただきましょう」
箱から出てきたのは、何やら高級そうなチョコレート。
おいおい、合宿中にお菓子は……。
――いや、これも悪くないか。
あれだけきつい練習をしたんだ。
チョコの1粒くらい、糖質補給と考えるようにしよう。
「うっひょー! 糖質糖質!」
五十嵐が一目散にチョコレートを1粒掻っ攫う。
ソフィは無言で1粒を早速口に含んでいた。
「とろけるぜ~」
満足そうに頬を押さえる五十嵐。
輪島さんと長谷川さんもチョコを笑顔で堪能していた。
さてと、俺も1粒だけ。
「てか、今日はみんなも1粒だけにしてくださいよ……って、あれ?」
チョコレートのパッケージに目がいく。
海外製か。
英語で何やら書いている。
幸い、俺はラスベガス生活のおかげで英語に不安要素はない。
……Contains brandy.
ブランデー!?
「おい!ちょっとこれって!」
もう遅かった。
俺以外、全員が1粒を食べ終わった頃だった。
柴田さんあの人なに考えてやがるんだ!畜生なのか!?
「これは合宿終わるまで禁止ですね、アルコール入ってるんで」
「本当ですわね。気付かず食べてしまいましたわ」
まあ、もう1粒食べてしまったなら仕方ない。
明日からは摂生だ。
とはいえ、たかが1粒食べたくらいじゃ――
「わわ……くらくらするぞ……?」
大丈夫じゃない人がいました。
五十嵐の顔が次第に、耳まで紅潮していく。
「え、ちょっと、風音ちゃん大丈夫?」
「ギャルのくせにアルコール耐性がない……まさにエセギャル、くくっ」
他は無事みたいだ。
いや、普通無事のはずなんだけど。
「体……熱い……」
とろけそうな目で浴衣を肩まで下ろし始めた。
焦点が定まっていない。
「ミス風音!脱ぐのはちょっと!」
長谷川さんが慌てて制止する。
が、抵抗して上半身まで脱いでしまう。
露わになる肌と下着。
ブラジャー……黒!意外とセクシー!いやん!
とか言ってる場合じゃない。
「わわわ風音ちゃん!? 脱いじゃだめだよー!」
「オーハシ、しね」
「え!?」
輪島さんと長谷川さんが必死に五十嵐を押さえる中、ソフィだけは俺を見ていた。
五十嵐のはだけた上半身を見ている俺を、見ていた。
肉付きがいいからか、褐色で思いのほかボリューム感のある胸が黒いブラジャーに覆われていた。
「熱いったら熱いんだよ!脱がせろ!脱がせろ!」
「……ッ!?」
顔が耳まで真っ赤になった五十嵐(覚醒)が、立ち上がり浴衣をすべて脱ぎ捨て、ホックを外しブラジャーをぶん投げた。
「…………」
もう彼女を守っているのは黒いパンツだけ。
ツンとした上向き気味の形の良い"おっぱい"が、ぷるんと揺れた。
「なんかムラムラしてきた……合宿中禁欲だしよ……なあ大橋!」
「なんで俺!?」
「わ、ちょっと風音ちゃん!?」
2人の制止を振り切り、こちらに近づいてくる。
ソフィは相変わらず俺を「虫」を見るような目で見つめていた。
「うおっ!?」
刹那、ふらついた五十嵐がそのまま俺に覆い被さる。
なにこれ?逆に襲われちゃってるんですけど?異(AV)世界転生モノ?
「大橋ィ……おーはしぃ……」
「!?」
とろんとした目のまま、俺に抱き着く。
柔らかい感触と地肌の滑らかな感触が俺の胸や腕を伝った。
こ、これは……!
「お、落ち着けよ五十嵐……!」
俺、あたふたすんなよ。
女の子と遊びまくってた日々を思い出せ、冷静に、紳士に、余裕を持って対応だ。
「オーハシ、エセギャル……最低」
ソフィ以外は唖然として俺と五十嵐を見ている。
俺は、最高の爽やか笑顔を作り出した。
「はは、らしくないな? じゃあゆっくり起き上がってみようか」
「ねえ、前みたいに……ちゅー、して?」
「「――ッ!?」」
刹那、部屋が静まり返る。
畳が擦れる音と、夜の空を飛ぶ虫たちの鳴き声がこだました。
「………………」
一同、口がぽかんと開く。
俺のこめかみに、大粒の冷たい汗が伝った。
「い、五十嵐さん……? それは一体」
声が裏返った。
「えー? 何度も言わせんなよ恥ずかしいなぁ……海でちゅーってしてくれただろ~?」
「ウチ、あれが忘れられなくて……思い出して自分でシちゃう時もあるんだ」
さらに一同が目と口を大きく丸くする。
五十嵐は唇と尖らせて俺へと迫りくる。
「大橋~、んぅ~っ」
やめろ、さらにおっぱいの感触が……!
「海? ちゅー? は?」
後ろから、生きてきて最も冷たい声が聞こえた。
誰が声の主なのかも分からないくらいに。
「え……?」
「大橋くん、風音ちゃんにそういうことしたの?」
見上げる。
輪島ひかりが、今まで見せたこともないほどの無表情で立っていた。
え、なにこの人こんなに怖かったっけ?
「い、いや……輪島さん、これは言い間違いで」
「違うだろぉー? ウチのこと可愛いって言ってキスしてくれたんだ~」
「…………」
笑顔で詰め寄る五十嵐と、対照的に冷たい視線で見下ろす輪島さん。
「大橋くん」
「はい……」
「しね」
「うわああああああああああッ!!!」
これ、なんてバッドエンド?
輪島さん、あんたそんな汚い言葉使う人じゃないだろ?
え、ちょっとまって、本当に目が怖いんだけど。
包丁とか持ってないよね?
輪島さんが視界から消える。
次に視界に映ったのは、巨大な下乳――ではなく長谷川さんだった。
「ミスター拳弥……ぐすん」
「泣かないで長谷川さん!違うんだ!」
「これだから童貞しか信用できないのですわ……ぐすん」
「え、えっとですね……本当に理由があって!」
「ミスター拳弥」
「はい……」
「しね」
「うわああああああああああああああああああッ!!!!!」
今すぐ貝になりたい。
どうしても生まれ変わらなければならないならば、貝になりたい。
「なあなあ長谷川サン!」
「……!?」
パンイチのままの五十嵐が、上機嫌な笑顔で立ち上がる。
「ふぅ、やっと――」
え?
「ちょっとミス風音! きゃあぁっ!?」
一気に、浴衣とブラを吹っ飛ばし、パンツをずり下ろした。
なにこの神業?
たわわな胸が大きく跳ねた。
色白の滑らかな肌が露出し、少し大きめのサーモン色のちく――
「うおおおっ!?」
「いやぁぁっ!?」
長谷川さんが、五十嵐に押し倒され俺の体へと覆い被さる。
下から順に、俺、デカ乳、五十嵐。
二階級制覇おめでとうございます。じゃねぇんだよ。
俺の顔は、長谷川さんの巨大なる乳で埋まっていた。
あーん!誰かタオル投げてー!じゃねぇんだよ。
「おわっ!?」
唇に、何かがスルリと――
「んっ、はぁぁんっ……ちょ、ちょっとミスター拳弥……あぁんっ……!」
「ほれほれ~!」
「ひゃあぁんっ、やっ、だめぇぇぇっ!!」
俺の顔の上で、彼女は恍惚の表情を浮かべながら大きく震えた。
そのまま、脱力してへたり込む長谷川さん。
埋もれる視界の端に、満足げに頷く五十嵐と、バーサーカーの目で俺を見る輪島さんが映っていた。
「………………」
「大橋ぃ~、それでいつちゅーしてくれんだよ~?」
「しないぞ」
「えー!? おっぱい触らせてやるからよ~!もしくは深夜にリング使えるようにしてくれ~!」
「やめろ!押し付けんな!あと深夜にリングは絶対使わせません!」
長谷川さんと五十嵐を突き飛ばし、俺はついに解放された。
「………………」
静寂。
「オーハシ」
「…………はい」
「しねって思ってたんだけど、見てたらムラムラしてきた」
「お尻、叩いて」
「斜め上すぎるだろ」
俺の真横で、小さな白いケツが露わになった。
なんで顔赤くなって息づかい荒くなってんだよ。
「はぁ……はぁ……オーハシ、あの時みたいに」
「やめろ」
「はぁ……」
輪島さんが溜息を付いて部屋を出て行こうとする。
「もう帰る!」
「輪島さん、まってください!」
「ふん!」
「ちょっと!怒って出るフリしてさりげなく俺のパンツ持っていかないでもらえます!?」
「チッ」
「キャラ崩壊やめて!あとパンツは置いて行って!」
「テメーら……」
「合宿は性癖オールスター感謝祭じゃねぇんだよぉぉぉぉぉッ!!!」
夏の強化合宿1日目。
多分。
多分なんだが。
最初の脱落者は、俺である――。
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