第13話 ソフィア編② ~もう1回、シて?~
「ソフィお前……今なんて言った……?」
その言葉を、1度では理解できなかった。
ソフィは俺と目を合わせないまま、ポツリと呟いた。
「だから……ボクシング部を、やめます」
「おいおい、何を言われたんだ? あの両親に」
「…………」
少し開いた窓から、5月にしては冷たい風が差し込んだ。
風が俺らの間を通り抜けたあと、俺は机に手を強く叩きつけた。
「なあソフィ!いきなりそれはないだろ!?」
「ご、ごめん……」
机を叩く音に、ソフィは肩をピクッと跳ねさせる。
「いや、強い言い方をしてすまない。よかったら教えてほしんだ」
「うん……」
ついに、ソフィは言葉を紡ぎ始めた。
「わたしのパパは、シルバー・ストック証券の役員……なんだよ」
「シ、シルバー・ストック?」
シルバー・ストック証券といえば、俺にはまだ詳しいことは分からないが、
世間でもよく聞くような外資系の大手証券会社のはずだ。
そりゃベンツ乗り回して、あんな小綺麗な格好しているわけだ。
こいつ、そんなブルジョワの令嬢だったのかよ……。
「ママは陸上でオリンピック選手だった人で……お姉ちゃんがいるんだけど」
「そのお姉ちゃんは、いま女医をやってる」
「な、なんというエリート遺伝子だ……」
そんなハイスペックファミリーの娘が、ボディブローで涎垂らしてやがったのか。
「でも、わたしだけ昔から凡人」
「…………」
「勉強も普通、陸上も小中やってたけど……神奈川では強かっただけで全国大会じゃ底辺だった」
世間一般で言えば、どちらかといえば優秀な部類なはずだが。
俺はたしかに、彼女の家庭事情やプライベートのことは一切知らなかった。
「何をやっても1番にはなれないから、わたしから陸上を取り上げて勉強に集中させられた」
「勉強に集中しても、パパやお姉ちゃんのレベルには追い付けないから、ボクシング部に入ることで逃避していた」
「お前そういう事情で……」
それ以上、言葉が出なかった。
無表情ながら目の奥は切なげに、彼女はまた言葉を続けた。
「迷惑かけた……本当にごめん」
「なあソフィ」
「…………?」
俺はソフィの目をジッと見つめた。
今日、初めてちゃんと目が合ったかもしれない。
「お前は、どうしたい?」
「わたしは……」
刹那、教室の扉が勢いよく開く。
「それでは朝のHR始めるぞ~、ん? 他クラスの生徒がいるな」
「やべ……」
「君! 自分のクラスに戻りたまえ!」
「わ、わかりました……」
またもや生徒たちに不審そうな目で見られている。
その間を歩き出し、1度俺は振り返った。
「ソフィ!」
「オーハシ……」
「今日、いったん放課後に練習場こい。これは強制だ」
「…………」
それだけ言い残し、教師に睨まれながら俺はそそくさと教室を後にした。
彼女は、ただ1点を見つめて、薄い唇をキュッと結んでいた。
ギギギ……。
開くと中から一気に熱気と汗の刺激臭が解放される、例の鉄扉が鈍い音を上げた。
練習場の端で1人寂しく着替えをしていた俺は、入口側に振り返る。
「ソフィ!来てくれたか」
「うん……」
鉄扉の前には、退部届を持った星野ソフィアが立ち尽くしていた。
表情は朝のまま曇っている。
細い足でちょこちょこと俺の元まで歩いてくる。
退部届に書かれた記名の文字は震えていた。
「なあ、ソフィ。お前はボクシングがやりたいか?」
「…………」
「もし、逃避のためにやっているだけならそれは別のものでもいいのかもしれないな」
あえて、冷たく言い放った。
「愛を語れるほどやってないし、ボクシングのこともまだ全然しらない」
「けれど……今までの人生にない刺激で、新鮮で……」
珍しく言葉に詰まりながら、言葉を絞り出していく。
俺は、それをただ静かに聞いていた。
「わたしはパパやママ、お姉ちゃんみたいに野望とか、エリートへの執着はない」
「そうか」
「でも、求められてることをできてないのはわたしで……」
「おいソフィ」
俺はついに耐え切れず静止した。
がっしりと、彼女の肩を両手で掴んだ。
「楽しい」
「それだけじゃ、理由にならないか?」
「え……?」
「お前にしては珍しく優柔不断だな、ソフィ。そんなに理由をごちゃごちゃと並べる必要はあるか?」
「オ、オーハシ……?」
不安げに俺の瞳を見つめた。
だが、俺は肩を掴む手を離さない。むしろ更に強く握った。
「自分が楽しいと思ったから始めたことだろ? それは、両親からも……自分からも逃避してる」
「…………」
「お前が両親から逃げず、自分から逃げるんならその退部届をここに置いていけ」
「わたしは……」
「自分から逃げない選択肢を取るなら、俺が――」
「オーハシ!わたし、ボクシング部やめたくない……!」
ソフィは、俺の胸に飛び込んだ。
小さな細い体が、俺の懐に密着した。
「でも……どうすればいいか分からない……!」
俺の背中を、強く抱きしめながら言った。
感情、ちゃんと出せるじゃねぇか。
ただ、こんなところを他の部員に見られたらまずい。
「ソフィ、一旦離れろ……わかった、俺も最善を尽くそう」
「オーハシ、ありがとう」
あの土曜日から、初めて彼女が微笑んだ。
その刹那。
「―――ッ!?」
俺は驚愕を隠せなかった。
鉄扉が開き、部員の誰かがいると思ったその目の前には、
「パパ……ママ……!?」
奴らがいた。
「やはりな……いい加減にしろ、ソフィア」
「ソフィア……お願いだから言うことを聞いて……!」
俺は咄嗟に、ソフィを自分の背に回した。
彼女は、俺の背中をキュッと掴んだ。
たじろぐ俺らに、男が大きな歩幅で近づいてくる。
「どいたまえ、少年」
「彼女からまた何かを取り上げても、勉学に集中するとは思えません」
「部外者は口を出すな。そもそもボクシングなど……下衆な遊び、フンッ」
「…………!」
俺の目の前に置いてあったグローブ。
男は、その大きな足でグローブを踏み潰した。
「こいつ……!」
一気に、頭に血が上った。
制御できない感情が、俺の体を動かした。
俺は拳を握り、男の顔面を――
「オーハシ、やめて!」
「…………ッ!?」
ソフィが俺の体にしがみ付いた。
振り払おうと思えば振り払えたかもしれない。
しかし、俺はその行動で頭に上った血が少し引いた気がした。
「パパ……」
「ソフィア、お前に権利を主張する理由があるとでも?」
「そもそも、このままではお前は星野一家の恥だ」
「オーハシに……謝って」
「もう1度言ってみろ」
「……謝ってって言ってる!!」
恐らく、今までのソフィの中で最も大きな声だったと思う。
練習場内に響き渡る彼女の叫びに、全員が目を見開いた。
「ばかばかしい……いくぞ、ソフィア」
何か、しなければ。
コイツの勇気に、今度は俺が応える番だ。
険しい顔つきのまま、男はソフィの手を――
「ま、待ってください!」
「…………?」
ソフィの手を引き、俺はその体をがっしりと掴んだ。
そして、その体を跪かせた。
「オ、オーハシ!?」
「少年、何をするつもりだ……!?」
「い、いいから見ててください!」
汗だらけの手で、ソフィの背中を押した。
押された力で、ソフィはうつ伏せに倒れてしまう。
「ソフィ!お前四つん這いになれ!!」
「よ、四つん這い……!?」
混乱しながらも、ソフィは四つん這いになった。
両親は何が起きているのか分からない、と言わんばかりの呆然。
「あんたらがボクシングを取り上げたら……」
俺は、ソフィの突き出した"ケツ"に向かって、その右手を――
「娘さんはド変態になってしまいます!!!」
「あぁんっ……!!」
思いきり、ぶっ叩いた。
「このメス豚が! あ!? これが気持ちいんだろ!?」
「あっ、ひゃんっ……あぁっ、気持ちいいィッ……!!」
恍惚の表情を浮かべ、頬を紅潮させながらソフィは汗の散りと共に鳴く。
「オラァ!もっと鳴け!もっと鳴けェッ!」
「あっ、ごめんなさいッ!ごめんなさい……! イってもいいですか……ッ!」
「ダメに決まってんだろ変態が!てめぇは1人でイジって果ててろ!」
「んぁっ……!イきたい、イきたいですぅぅっ……!」
練習場内に、ケツを叩く音とソフィの鳴き声が轟き続ける。
俺は、ヒリつく手をお構いなしに、彼女に叩きつけ続けた。
びくん、びくん、と彼女の小さな体が跳ね上がり、太ももからは透明の液体が伝った。
「お父さん!お母さん!これがあなたの娘です!!」
「…………」
両親はどちらも、言葉を失っていた。
人は本当に錯乱すると、唇が震えて声が出なくなるようだ。
「ソ、ソフィア……」
父親から、体に似合わぬ空気に消え入りそうな、絞り出すような声が漏れた。
「勉強に集中したら、ストレスできっとこんなことばかりをしてしまうのです!」
「こんな下劣なことをして喜んでるのが娘なんて……それは一家の恥ですね!」
「どうしたらやめてくれるんでしょう!あ、そうだ!ボクシングがあった!」
俺はもう、止まらなかった。
「ボクシングでこの性癖を浄化しないと、娘さんは家でも学校でもケツを叩かれてこんな淫らな姿になってしまいます!」
「僕は心配で心配で……お父さんもそうでしょう? そのためにボクシングを勧めたんです!」
「…………」
困惑する父親の後ろで、母親は嗚咽を上げて泣き崩れる。
「ソフィア……ソフィア……そんな子だったのね……!」
父親は母親の元に駆け寄り、肩に手を回す。
「大丈夫か……? わ、わかった、もうソフィアに卑猥なポーズを取らせないでくれ……!」
「はーっ、はーっ……多分10回くらいイった……はーっ……!」
ソフィは、息を荒くしながらうつ伏せで今だ恍惚の表情を浮かべていた。
俺はその首根っこを掴み、無理矢理立たせた。
自分でやっといてなんだけど、ひでぇなこの光景。
「もうボクシングでも何でも勝手にやってくれ!あんな下劣な行為をされるより100倍マシだ!」
「ありがとうございます」
父親と母親は、汗と涙を大量に流しながら、バタバタと練習場を去っていった。
練習場内に、沈黙が流れる。
「オーハシ……」
「本当にすまん、咄嗟にできたのはこれだけだったんだ」
「ううん……ありがとう」
「本当に……ありがとう……!」
ソフィの青い目には、涙が浮かんでいた――。
――インターホンの音。
「誰だ? こんな時間に……」
あのあと、まだ足を捻挫しているソフィを帰してから練習が始まり、今は帰ってもう22時だ。
今日は疲れたから早く寝ようと思ったが、謎の来客に邪魔をされた。
こんな時間に誰が何の用だってんだよ。
恐る恐る、ドアを開けた。
「ソ、ソフィ……!?」
「ど、どうも」
セーラー服姿のままの、彼女が立っていた。
そして、片手には何やら大きな袋を下げている。
「お、おいおい……どうしたんだよ」
「今日のお礼とお詫び……」
「は……?」
結局、俺は彼女を部屋へ入れることにした。
学習机とベッドと小さなテレビしかない殺風景な部屋で、ソフィはベッドに腰を掛けた。
「まあ、なんだ、これでも飲めよ」
「ありがとう」
コップに入れた麦茶を渡す。
玄関で立たせるのもアレだし……俺は部屋へ招いてしまったわけだ。
「…………」
「なあ、それでお礼とお詫びってなんだよ……明日でもよかっただろ?」
「どうしても今日のうちに渡したくて」
「…………?」
ソフィは、俺に袋を押し付けた。
少し、頬に赤らみを帯びている。
「開けるぞ」
「うん……」
袋から大きな赤い箱を取り出し、恐る恐る開封。
「これは……」
中から顔を出したのは、新品のボクシンググローブだった。
しかも、めちゃくちゃ高いブランドのやつ。
「おい、これって……!」
「今日、パパに踏まれちゃったから……」
「とはいえ……」
俺が普段練習で使っているのは、そこまで高くない一般的なグローブだ。
こりゃ、高価すぎて逆に使うのが勿体ないレベルだ。
「あ、ありがとうな……」
「こちらこそ……」
時計の針の音が、部屋に響く。
ソフィはその会話から、1~2分は沈黙していただろう。
「ええと、こんな時間だけど大丈夫なのか?」
「もうひとつだけ、あって」
やっと絞り出した質問に、答えになっていない答えが返ってきた。
「な、なんだよ」
「えっと、その……」
歯切れが悪い。
そして、なぜかモジモジしながら俺をちらちらと見ている。
「おい、早く言ってくれよ」
「……して」
「は?」
頬を赤らめながら、彼女は再び呟いた。
「だから……もう1回、シて……? って言った」
「え、なにを……?」
「おしり……叩くの……を」
うん、意味がわからん。
なにこの展開。
俺は確かに今日の放課後、こいつを救うためにケツを叩き続けた。
なんで今もう1回叩かなきゃならないんですか?
「いやだよ」
「…………じゃあ、ボクシング部やめる」
「はぁっ!?」
頬を紅潮させたまま、俺を睨んだ。
コイツ……!
「なんて我儘なやつなんだ……」
「やめる」
「やめるな」
「じゃあ……もう1回、シて?」
ソフィは、ベッドの上で四つん這いになる。
そして――
「おい!?」
スカートを捲りあげ、白いパンツをずり下ろしたのだ。
綺麗で滑らかな、白いコンパクトな尻が、俺を見ていた。
「ばっ、ばか、お前!」
「ねぇ、はやく……今日のが、忘れられないの」
俺を妖艶な眼差しで見つめながら、小さく尻を振っている。
唾を飲み込む。
これ、やらなきゃ終わらないよね……?
「いくぞ……」
「うんっ……」
俺は、意を決した。
右手を振り上げ、今日のように思いきりそのケツを――
パシィィィン!!
「あぁぁんっ!クセになっちゃうっ……オーハシっ……!」
「この野郎……!」
もう1度、強く叩く。
「ひゃぁっ、んぅっ! きもちいいぃっ!」
「しゅき、しゅきしゅきしゅきっ……! お尻だけでイっちゃうぅぅっ……!!」
こいつは、ケツだけじゃなくて秘部も丸見えになっていることに気付いているのだろうか。
俺は、もうロボットのように無心で白いケツをぶっ叩き続けた。
「おはよう、オーハシ」
「おはよう……」
2時間は恐らく叩き続けただろう。
俺とソフィは疲れてしまい、そのまま寝てしまったらしい。
時計を見ると、朝5時。マジかよ。
つまるところ、ケツ丸出しの女の子と寝ていたということになる。
「オーハシ……」
「どうした、ソフィ」
「オーハシは、すごく優しいんだね」
「別に……」
隣で寝ているソフィが、俺の頬をツン、と指でつつく。
やばい、至近距離のコイツはなかなか可愛いかもしれない。
「オーハシが助けてくれた分……わたしも頑張る」
「そうか、それは何よりだ」
目が合う。
自然と、お互い笑みが零れた。
「一生懸命、練習も勉強もやるんだぞ」
「わ、わかった……」
バカみてぇだな。
何してんだろ、俺。
まあ、嫌じゃないけどね。
ソフィが、無邪気な笑顔で俺に抱き着いた――。
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