第08話 ~やる気ゼロ女、星野ソフィアはボディブローを喰らって発情した~


「今日、桜木女子高の子たちと遊びまーーーす!」


 いつかの放課後のように、

 ピアスだらけのクラスメイトが俺の耳元で叫んだ。


「ほう……?」


 教室中に響き渡る声量なのに、なんでいちいち耳元で叫ぶんだろう。


「桜木女子っていえば、神奈川では有名なお嬢様校だよな」

「そうなんだよ!お前で3人目なんだ!もちろん来るよな?」

「…………」


 そういえば、最近まったく女の子と遊んでないな。

 うん、たまには……


「行き――」


 中高一貫のお嬢様学校、上玉が期待できるなぁ。


「ません」

「え、マジで!?」

「ごめんな、今日はちょっとこのあと部活があって」

「大橋お前部活なんか入ってたっけ?」

「ああ、そうなんだよ……色々あってな、だから今日は――」


「どけどけどけどけどけどけ~~~~いっ!!!」

「!?」


 その瞬間、俺とクラスメイトはそれぞれ反対方向に吹き飛ばされた。


 何者かが、俺らの間を爆速で駆け抜けた。


「あ、大橋!と誰だっけ!?」

「って、話してる場合じゃねぇんだ!じゃあな!!」


 物凄い勢いで教室を飛び出した人物は、五十嵐風音。


「…………」


 俺らは床に手を付いて呆然としていた。


「なあ……あいつ五十嵐だよな……」


 クラスメイトが、先ほどとは豹変したような小さい声音で呟いた。


「ああ、そうだな……」


 同じく俺も空気に消え入りそうな声音で返答する。

 あいつ、何をそんなに急いでるんだ?


「五十嵐って、顔は可愛いけどいつも仏頂面でこえーし、よくわからないよな」

「そう……なのかな」


 言われてみれば、単純に顔は可愛いと思う。

 ただ、それを他の要素が打ち消しているが。


「でも、あいつ入試で主席だったらしいぞ」

「え、まじ……?」


 何その電撃情報。

 思わず俺は首を傾げる。


「あんな感じで超成績優秀って、どんな生き方したらそうなるんだか」

「……本当にあいつそんなに賢いの?」

「らしいよ。人ってわかんねーよな」

「…………」


 やっぱ、五十嵐のことはまだよくわからないや。







「もう練習開始時間過ぎてるんだけど……揃ってないね……」


 練習場にて、輪島ひかりは大きくて丸い目を、さらに丸くしていた。


「そうですねー……さっき何やら急いでた様子だったんですが」

「ついにサボりでございましょうかね?」


 俺と輪島さん、長谷川さんは着替えも終わりストレッチを始めていた。


「時間はちゃんと守る子なんだけど、何かあったのかな」


 輪島さんが心配そうな表情で腕を伸ばす。


 あいつ、本当どこ行ったんだか。

 LINEも来てないようだし、よほどの急用ができたのか。


 刹那。


「おつかれさまでぇぇぇぇぇぇすっ!!!」


 話題の女の意気揚々な声が、練習場内に轟いた。


「五十嵐!お前――」

「えっ……?」


 鉄扉の相変わらず鈍い音と共に姿を現したのは、

 五十嵐、だけではなかった。


「風音ちゃん……その女の子、だれ……?」

「初めて見る顔ですわね……」


 2人が腕を伸ばしたまま唖然とする。


「…………」


 五十嵐と、

 首根っこをガッチリと掴まれて宙に浮きながら、無言で下を俯く女の子がそこにはいた。


 女の子を天高く掲げる五十嵐。

 今まで見たこともないような屈託のない笑顔である。


 対する女の子は、世界の終わりを見るような表情であった。


「あの、五十嵐」

「おう!」

「その小さい女の子は、誰かな」


「5人目の部員だ!喜べ!」

「部員?」


 ツインテールの銀髪が、わずかに揺れた。


 高校生とは思えない小柄な体に、折れてしまいそうなか細い腕と足。

 日本人離れした透明な色白い肌に、色素の薄い銀髪。

 そして鮮やかな青い瞳がキッと俺を睨んだ。


 日本人、じゃない……?


「離して……」


 弱々しいか細い声で、女の子は切なげに呟いた。


「ねえ、その子が部員ってどういうこと?」


 輪島さんが、五十嵐と女の子の前に立つ。

 長谷川さんも倣って2人の前に駆け寄った。


「入部希望者、ということですの?」

「本当に入部希望なら首根っこ掴まれて登場しないと思います」


「部長!これで女子ボクシング部は存続だ!」

「え、本当に入部希望者なの……?」


 輪島さんが心底不審そうに尋ねる。

 対する五十嵐は勝ち誇った表情のままである。


 やっと、首根っこ掴んだ女の子を地上に降ろす。

 女の子はその場でへたり込んで床に手を付く。


「五十嵐、説明しろ」

「おうよ、実はウチ、裏で色々動いててな」


 裏で?何をしてたっていうんだ。


「運動部を早くも辞めそうな1年生をサーチしてたんだ」

「運動経験があって都合もいいし、まあ他のスポーツに転向するキッカケにもなるだろ?」

「まあ、そうだけどさ……」

「で、このチビは陸上部に今日退部届を出したらしいんだ。それを聞いて放課後飛んでいったわけよ」


 ああ、それであんなに爆速で教室を出て行ったわけか。

 こいつ、行動力半端ないな。


「同じ中学のやつが陸上部に偶然いてな、すげー優秀なのに辞めちまう1年がいるって聞いてたんだ」

「それがこのチビってわけ」

「ほう」

「だから、捕まえて連れてきた」

「…………」


 前置きは納得した。

 陸上部で実力があったのにもかかわらず、何らかの理由があって早くも退部した。


 たしかに、そういう人は伸びしろが期待できるし、来てくれたら嬉しい。

 だが……


「それ、ただの拉致だね」


 輪島さんが珍しく無機質な声色でポツリ。


「部長ちげぇんだ!このチビはきっとボクシング部に入るよ!」

「入るなんて言ってない……」


 へたり込んだまま、銀髪少女が五十嵐を睨みつける。


「1年生ってことは、俺らと同期なのか」

「そうそう、6組の教室にいた」

「6組か、ええと名前は?」


「ソフィア……星野ソフィア……」


 抑揚のない声で答えた。


 星野ソフィア?


「そう!このチビはロシアとのハーフらしいんだよ!」

「へぇ……」

「ほら!この通り入部届も記入済みだ!」


 これは拉致と脅迫の併合罪ですね。


 五十嵐のやったことは最低ってレベルじゃないが、

 たしかにこうでもしないと今月中にこの部活は潰れる。


 今日は月曜日。

 4月はもう今週で終わってしまう。


 しかし、

 今無理矢理入部させても、明日退部届を出されたら意味ないだろう。


「なあ、星野」

「なに……」


 やっと星野が立ち上がり、俺を光のない目で見つめた。


「俺は1組の大橋拳弥。さすがに入部を強制するわけじゃないんだが……」

「まあなんだ、これも何かの縁だろ?」

「縁……」

「そうだ。何があって陸上を辞めたかは分からないが、今日だけボクシングに触れてみないか?」


 合コンで女の子を連れ出す時のような、爽やかさLv.100の笑顔を俺は作った。


「そうやって、上手く丸め込もうとしてるんでしょ……」

「なにっ!?」


 こいつ、勘繰っている!?

 一瞬、沈黙が流れる。


「はは……でもさ、ミットやサンドバッグを打ってみるだけでも案外スッキリするぞ?」

「…………」

「そうだ!俺とスパーリングをしよう、好きなだけ殴っていいぞ」

「…………」


 まるでエサを用意して女の子を誘拐しようとしてるようだ。

 俺は今どんな顔をしているんだろうか。


「わかった……やるから、それで解放して……」


「おお!ソフィアちゃん、ありがとう!」


 輪島さんが満面の笑みで星野を抱きしめた。

 星野の顔はまだ死んでいた。







「ヘッドギア……くるしい」


 リング上にて、ヘッドギアとグローブを付けた俺と星野が対面していた。

 星野はセーラー服のままだが。


「おいチビ!思う存分殴れよ!」

「うるさい、エセギャル」

「エセギャル……!?」


 リングの外で声を張り上げた五十嵐が目を見開く。

 五十嵐を睨む星野の目は、軽蔑という感情が本当によく当てはまる目であった。


「よし、星野。ホイッスルが鳴ったら形は気にせず俺を殴れ」

「う、うん……」

「俺を五十嵐だと思え。怒りをエネルギーに変換してみよう」

「エセギャル……しね……エセギャル……しね……!」


「ウチが言うのもなんだけど、結構傷つくんですね、あそこまで言われると」

「ミス風音も傷つくことがあるのですわね」


 リング外の会話を気にせず、俺は輪島さんに向かって手を挙げる。


「輪島さん、お願いします」

「承知!いくよ~、よーい……」


 ピーッ!

 甲高いホイッスル音が練習場内に響き渡った。


「ハッ……ふっ、ハッ……!!」


 星野の白くか細い腕から、弱々しいパンチが俺の腹部やガードの上に何度も当たる。


 身長は150cmもない。多分148cmくらい。

 さすがに大人と子供がじゃれてるような光景になる。


「残り1分ですわよ~!」


 もう2分はそんな光景が続いていただろうか。

 そろそろ、疲れて飽きてしまう頃だろう。


「ハッ……はぁっ……!」


 素人がラッシュを永遠と続けたら、普通は3分持たない。

 だが、星野は手数さえ落ちたものの、素人にしてはまだ全然バテていない。


 さすが陸上部だ、スタミナはある。


「星野!俺も少し手を出すからカウンターしてみよう」

「はぁっ、ふぅ……カウンター……?」


 少し当ててみよう。

 軽く、左わき腹に右ボディを……


 あっ、まずい力加減が強すぎ――


「うぅっ……!?」

「星野!すまない!」


 俺としたことが、力加減を誤った。

 こんな細い体じゃ、少し加減したくらいじゃ加減にはならない。


 星野は左のわき腹を押さえてその場にうずくまる。

 しまった。


「うぅ……」

「大丈夫か!?本当にすまない!」


「大橋くん!ちょっと今のは……!」


 輪島さんが咄嗟にリングインする。

 うずくまる星野に駆け寄り、肩に手を回す。


 俯いた星野の顔を覗きながら、心配そうに背中を肩を握る。


「ソフィアちゃん、ゆっくり息を吸って……え?」

「…………?」


 輪島さんの動きが止まった。

 まるで石にされてしまったかのように。


「輪島さん……?」


 俺が二人の前でしゃがみ込み、星野の俯いた顔を覗く。


「は?」


 思わず声が出た。


 星野は、笑っていた。


「この鈍痛と屈服感……たまらない……」

「ソフィアちゃん……?」


 顔を紅潮させ、恍惚の表情を浮かべながら、涎を垂らした。

 あきらかに、目に光が戻っていた。


「ふ、ふふ……しゅき……しゅき……この感覚」


 ここまで来ると、俺は気付いてしまったのだ。


「はぁ……はぁっ……オーハシ、わたし……」

「星野……大丈夫か?」



「ボクシング部、入る……」



 新たな"変態"が、このボクシング部に迷い込んでしまったことに――



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る