03
「え、届いてない?」
そろそろ届けられている筈の装備を取りに来た処、それが未納だと聞いて呆然とする。
―そりゃないぜユウさん、もう一週間は経つんだぜ?
「あー、うん、解った。俺が直接取りに行くから。ちょっと行って来るわ。」
勘弁してくれ。
心底そう思いながらユウさんの篭る地下へと向かう。
納期に遅れるなんて、彼にしては珍しい。
どんな時でも時間厳守、仕事に手を抜かずちゃっかり上乗せ金までぼったくっていくのがユウさんだ。
いつもなら頼んだら遅くとも5日、問題があったらそれまでに連絡を寄越してくる。
連絡を寄越せない状態―ユウさんに何かあったか?
知らず知らず足は早足。
頼んだものは俺の私用じゃない。
届かなければ俺が大目玉だ。下手すりゃ本当の意味で首が飛ぶ。
まあ多分、正しくはドタマか心臓に穴が開く。
「ユウさーん?」
辿り着いた地下への入り口。
いつもは近くを通りかかるだけで彼の方から出てきてくれるのに、いくら待っても反応が無い。
ノックもなしに扉を開き、中へ入る。
おいおい、鍵も掛けずに物騒じゃないか。
相変わらずの薄暗い通路を通って、居間へ辿り着く。
がらんとした室内。
人の気配が一切無い。
職業柄、これでも気配には敏感だ。
確信する。
此処には誰も「住んでない」。
・・・どういう事だ?
夜逃げ?ユウさんが?なんで。
俺の頭はひたすらに混乱を続け、それでも、体は勝手に反応をした。
音も立てずに物陰にしゃがみ込む。
入り口から、誰かが見ていた。
入り口から此処までは長く薄暗い通路を挟み、居間なんて見える訳が無い。
それでも、突然「見られている」という感覚がした。
誰かが見ている。
「なにしてんだ?トカゲ。」
「ユウさん!?」
そこに居たのは、きょとんとした顔のユウさんだった。
一気に襲った安心感に体中の力が抜ける。
俺のあまりの脱力具合に遠慮なく呆れ顔をして、ユウさんは手にしていた荷物を床へ降ろした。
「また勝手に上がり込んで…。頼まれ物は今届けて来た処だぞ。」
「なんだよ、大丈夫だったのかよユウさん。」
「なんだとはなんだ。まあ、遅れたのは悪かった。ちょっと所用でな。
睨むな。ほら、侘びにコーヒー奢ってやる。」
あまりに情けない顔をしていたのかもしれない。
ユウさんが淹れたてのコーヒーを差し出してくれるまで、俺はずっと同じ姿勢で立ち尽くしていた。
「だから、ユウさん…。顔馴染みにコーヒー一杯金とんなよ…。」
コーヒーを受け取って、ソファに腰を下ろす。
安心しきって口を付けたコーヒーは、何だか無性に美味く感じた。
「よかったぁ。ビビったんだぜ、本当。」
「だーから悪かったって。俺だってこんな真昼間に外出るのは嫌なんだ。
命懸けなんだからよ。」
仕方が無かったんだとぶつぶつ洩らす。
「仕方ないって、…。」
ユウさんがたった今自分で言ったように、こんな真昼間に表に出るなんていうのは自殺行為だ。
それを押してまでの外出なのだから、相当大事な用件だったに違いない。
どんな用事だったのか、好奇心が疼くがぐっと呑み込む。
俺達の仕事は容易に踏み入って良い物じゃない。
他人の仕事には不干渉が美徳だ。
「ま、いいや。無事に注文果たしてくれたんならいいんだよ。」
もう一度、体を曲げて全身で溜息を吐くと、伸びをしながら勢いよく席を立つ―
「!!?」
ガタンッ、と。
遠くの世界でやけに静かに、とても大きな音がした。
視界は煤けた灰色一色。
「悪ぃなトカゲ。仕事、終わってないんだよ。」
「ユ…ゥ、さ…?」
巧い事舌が回らない。
「お前さ、やっぱりその仕事向いてねぇんじゃねぇかな。」
歪んだ視界の中で、見上げたユウさんの顔は。
薄暗い部屋の中、白くぼんやりと浮き上がる影でしかないのに、
「お前の居る世界は、血縁だろうが恋人だろうが、動物だろうが機械だろうが…
気を許しちゃいけねぇんだよ。忍び寄る『死』に、気付けねぇならさ。」
なんでだろう。
そう言うユウさんの表情が、酷く淋しそうに見えた気がした。
「…本当に… …… …」
音は遠くて、白い影すらぼやけていく。
意識を失う刹那、影と名乗ったあの店主の姿が脳裏を掠めた。
トカゲが来ない。
いや、待っているわけではないのだが、此処の所毎日のようにやってきていたのでどうしたのかと思っただけだ。
商品を並べ終えて、狭い空を見上げる。
今日は曇天。
空は灰色で、晴れの日よりも目に痛い。
ふと視線を商品に戻すと、小さなお客さんが目に入る。
茶色の毛編み帽を目深に被った、長袖の子供。
その帽子の下から僅かに覗く髪は、柔らかな白。
「ぁ-」
子供は不明瞭な声を発して、私に手を突き出しながら笑う。
「??」
手はパーの形で開かれていて、私は何を求められているのか解らず混乱する。
「なんだ?何か買うのか?」
「ぅー。」
途端機嫌を損ねたように口を尖らせる。
???
困った、どうしたらいいのか解らない。
そもそも、太陽は出ていないとはいえこんな昼間から外に出ていたら危ないのではないだろうか。
「ロッホ。ダメでしょう、勝手に出て行ったら。」
困り果てていると、幸い、母親だろうか。大人の女性が子供を迎えに来てくれた。
「あ、ヴァッフェ…ごめんなさい。」
「ほら戻りましょう。どうもすみませんでした。」
こちらに謝りを入れる女性に会釈で返して、彼らが立ち去るのを見送る。
完全に見えなくなってから、私は小さく溜め息を洩らした。
トカゲの事を思い出す。
手に入れたと思っていた平和は、意外と短かかったかも知れない。
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