02

眼前でにこにこと私を見ている客に対する態度が解らなくて、いつもの様に黙って商品を並べる。

半ば無視状態なのだが、その客は気にする様子も無くやはりニコニコとしているだけなのだ。

苦くも商品を並べ終えてしまい、さて…もうどうしたらいいのか解らない。

どうにも商品ではなく私を見てるが、こうなったら気にしない事にした。

いつも通り、商品の奥から狭くなった空を見上げる。

通りを行く人に目をとめる。細工で荒れがちな指を併せる。

気が付くと、また時間が経っていた。

それでも何故だか同じ場所に同じ奴がしゃがんでいたりして。

「………」

何か用なんだろうか。それなら早く言って欲しい。

暫らく目を合わせた後、漸くトカゲは口を開いた。

「ねぇねぇ、吸血鬼って信じる?」

「ヴァンパイア?」


店主の目が細まった。

その冷ややかな眼差しは十数秒続き、漸く店主は答えを返す。

「吸血症の人間なら、いるかもしれないな。

 日光に当たれば死ぬ人間ならそれこそそこらにいる。

 過去そういった人々を吸血鬼と呼んだなら、確かにいるだろう。

 そして確実に増えている。」

淡々とした語り口調。

店主にとって『ヴァンパイア』のイメージは、世間一般の様に「日光に当たれない人間」を指すものではない様だ。

陽に当たれば死んでしまう様な人間は、自ら昼に出歩いたりしない。

自然夜行性になり易く、そうでなくても室内で用心深く過ごすをえない為、人と会ったりする機会は少ない。

地下に向かい、夜に紛れる者が多くなる。

ヴァンパイアと呼ばれる様になってしまってからは特にだ。

故に、隣人でも意外にその存在を知らない事もある。

そして、近頃では彼等も自身の存在を隠し始めている。

世間は争いを生む『ヴァンパイア』を好ましく思わない。

知らない内に『ヴァンパイア』になってしまっていた彼等は、大人しく大人しくして身を隠すのだ。いつか周りの人間達の牙が此方に向くと知っているから。

そんな中、店主の言葉は差別を感じさせないものだった。

「ふ~ん、そうかぁ。」

感慨深く呟くトカゲに、店主は初めて向こうから反応を示した。

「それが、どうかしたのか。」

客を客とも思わない話口調に苦笑する。

―っつっても俺も商品見てるわけじゃないし、客じゃないか。

「いや、最近世間を騒がせてるから、どうなのかと思って。」

あたり障りなく返す。

またこの声が聞きたくなっただけで、此処に立ち寄った事に深い意味はなかった。

ただあまりにもトカゲの存在を無視して店を開いたので、その様をじっと見ている羽目になっただけだ。

店主の動きは無駄が少なく、見ていて気持ち良い程手際がいい。

その動きに見惚れながら仕事の事をぼんやりと考えていたら、うっかりと口が滑っていた。

「あぁ―…彼らによる暴動か。『緋のヴァンパイア』、だったか。」

「最近は紫紺だの金色だの色々出てきたよ。」

話しながら、雑多に並べられた商品に手を伸ばす。

たくさんのアクセサリーと絵。

銀色の大胆なデザインのアクセサリーはどれも丁寧な造りで、綺麗に飾って見せればもっと売れても良さそうな気がした。

「何を考えての事だか知らないけど、ちょっとやりすぎてる気がするよね。

 あれだけの騒ぎにしたら、同胞の風当たりだって悪くなるのは解り切ってたのに。」

次々とアクセに眼を移す。

そこで気が付いた。

ここの作品にはcrossがない。

これだけのシルバーアクセサリーがあって、ひとつも十字架をモチーフにした物がないのは珍しい。

「彼らなりの考えがあるのだろう。私には解らないが。」

「そりゃあねー。でもやられた方にも考えはあるよ。

 これ以上噛み付くつもりなら…ってね。」

店主の身にもクロスは存在しない。

それが何という事も無いのだが、話の内容も加担して、それが何だか気になった。

思い切って聞いてみる。

「ねぇ、クロスをモチーフにした物はないんだね。」

「私には為にならない物を崇める趣味は無いよ。」

それがどうかしたのかと、不思議そうに見返してくる。

「いや、無いなって思っただけ。」

クロスといえば、最もシンプルでデザインしやすい形だ。

今時信心を込めて身に着ける物でもない。

ある意味、信心深いのかな…。

「で、何か買うのか?」

どうやら、無駄話はあまりお好きでないらしい。

さっさと用事を終わらせて去れと言うような視線を感じる。

なんか、やっぱり好きだなこの視線。

やばいのか俺、そういう趣味が開花したのか!?

「や、あんたの声が聞きたくなったから寄っただけ。

 あんたの作品は気に入ってるけど、俺こないだ買った蜥蜴気に入ってるし、

 じゃらじゃらアクセ着けるガラでもないから。」

胸元には二匹の蜥蜴。

いつか龍に成れる日を待っている。

俺はまだ相棒には恵まれていないけど。

「そうか。」

店主はそれだけ言ってまた空を仰ぎ始めた。

何も買わなかったから不満なんだろうか。

そう高いものでもないし、話し相手になって貰ったお礼に何か買った方が良かったんだろうか?

「じゃ」

反応の無い店主に背を向けて去ろうとして、もう一度振り返る。

「そうだ、店主さん。あんた何て呼べばいい?教えてくれないかな。」

何だか癖になるこの態度。

何度か訪れる事になりそうだ。

ずっと「あんた」じゃ呼びにくい。

「…Gestalt。dunkle・Gestaltでいい。」

店主は空を仰いだまま、そう答えた。


eine dunkle Gestalt。

トカゲに名を聞かれ、影、と名乗った。

「…ダンクル・ゲシュタルト……」

トカゲは一瞬目を見開いたが、すぐに笑顔を浮かべなおした。

「OK、ゲシュタルト。またくるから!」

去って行くトカゲの背を見送る。

不思議な奴だ。

結局、私の声が聞きたいなんて特異な理由で長時間此処に座っていたわけか。

それならそれで、とっとと声を掛ければ良かったのに。

でも、あのトカゲのトップ…。

気に入ってくれてたのか。

適当に、何かのついでに意味も無く買っていかれるよりも、ああやって何か一つでも大切に思ってくれているなら嬉しい。

自分の作品というものに、思いの外愛着を持っていたようだ。

それに、名前を求められたのは久しぶりだ。

いや、彼が求めたのは「呼び名」。

それもまた、気持ちがいい。

「―…」

Gestalt、か…。

今日も切り抜かれた空は青い。

私は太陽の下でこの空を眺めて、遥かな空を想う事が出来る。

それは、幸せな事なんだろうか。


「やあ、またあんたか。」

「…」

薄暗い闇の中、その人影は黒いローブを纏い闇に融けていた。

「しつこいね、どうも。俺はあんた達に加わる気は無いと言わなかったかい?」

「…」

ローブの男は無言で何かを放って寄越した。

「なんだい、これは… ……」

暫くそれを見つめて、彼は苦い笑みを浮かべた。

「俺に選択権は無いって、そう言いたいのかい?まったく、エゲツない。

 遣り方に品がないんだよ、あんた達。」

「…」

男は無言で立っている。

「はぁ、解った解った、従うよ。いいから、あんた達のボスに会わせてくれ。

 やだねぇ本当に。俺は平穏が好きなんだ。」

降伏するように両手を挙げて、短く溜息を吐く。

「…」

歩き始めた男の背を追いながら、聞き取られない程の大きさで、小さく小さく呟いた。

「―悪いな、…。…謝る相手がまた増えちまった…」

誰に向けられた謝罪だったか、知るのは本人と、その呟きを吸い取った深い闇だけ。

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