トカゲ

炯斗

01

絵を描く事にした。

特に興味があったわけでもないけれど、ただ何と無く、絵がいいかなと思ったから。

だから最初は絵ばかり描いていたのだけれど、その内他人に勧められてアクセサリーを作ってみた。

それは意外に好評を得て、今では重要な収入源となっている。

路上に小さく店を出して、私はそれなりに満足している。


ああ、忙しい。

こんな炎天下にスーツで走り回っては、そりゃあ体力の消耗も激しいってもんだ。

何処かで一休み、涼しい喫茶店なんかで一服でも出来たらいいが…何せターゲットはこっちの事なんか本当に何も知らないのだから、待っちゃくれない。

と言うか気付かれていては失態だ。

気遣われてしまっては目も当てられない。

俺はターゲットの次の移動先に先回りすべく、この炎天下の街を走り回る。

まあ何て言うか、漸く雑用・使い走りを抜け出した始めての仕事だし、少々の大変さはやっぱりしょうがない。

て、え?

ターゲットが突然立ち止まり、ふらふらと歩き出す。

おいおい、お前の行き先はそっちじゃないだろ。

露天商の並ぶ路地で暫らくきょろきょろしてから、突然走りだした。

「げ。」

ち、面倒臭い。人間相手はこれだから困る。

ちゃんとしっかりスケジュール通りに動いてくれないと。

俺は露天商の合間を縫って全力でターゲットを追うが、人込みに飲まれて上手く追えない。

やべぇって、このままじゃ見失う。ちゃんと次の目的地に向ってくれてんならいいんだけどさ。

あぁ、もうダメだ見えねぇ。

帽子の上から頭を掻いて、溜息一つ諦める。

「はあ~。」

俺ってついてねぇなぁ。初仕事がなんでああも挙動不審な奴かねぇ。

仕方ねぇ、当初の予定通りの場所で待ち伏せるか。

そこでふと、なんでもない片隅の小さな露店に目がとまる。

別にそんなに良いモノを売ってる訳じゃない。

ありふれた絵と無節操なアクセサリー。

商品に特に興味を引くものは無いのだが、いかんせん、商品達の後でやる気無さ気に空を見上げる商人が可愛かった。


今日も青い空は広がっていく。

この空は決して私の知るあの空へは続いていない。

それでも静かに流れる雲は、髪を攫う風は、私の知るあの空と変りは無くて。

視線を通りに戻す。

白い山帽子の人間が人込みの中を疾走する姿が見える。

必死で何かを追いかけている様だが、頑張る程に遠ざかる様が見て取れて知らず口元が緩む。

機というものは向こうから来るものだ。追ったって仕方が無いのにな。

街の喧騒から再び空を見上げてみる。

ビルに切り取られた歪な空でも、空は空。

白濁していく薄汚れた大気で翳んでも、青い空。

そういった『当り前』や『常識』が、私は好きだ。

何せ解り易いし、人というものが解る。文化や歴史を感じられる。なんでそれが『当り前』に変ったのかとか、推測したりするのも好きだ。

空は青くて、雲は白い。月は銀色で、太陽は白。

うん、解り易い。

それから色についても考える。

白は白、赤も赤。でも、黄は黄色。銀が銀色なのは解る。『銀』という物質が他にあるから、色である事を伝えなくてはならない。だから銀色。

でも黄は黄だ。確かに一文字だから言い難いんだろうが、こういうのは気に入らない。付けるなら皆に付ければいい。

そんな下らない思考も尽きかけてきた時、客がきたらしい。

軽薄そうな挨拶に、営業用に少しだけ微笑んで応対する。

正面にしゃがみ込む無邪気な笑みを浮かべた客は、先刻の山帽子だった。


「やぁ、こんにちは。」

アクセに興味がある様に振舞って商品達の前にしゃがみ込む。

向かいに座る商人は冷たい印象の瞳を向ける。

な、なんだよ、客睨むなよ。コイツ商売向いてないんじゃないか?

「いらっしゃい。」

抑えられた静かな声。

冷ややかなその声は何処か心地よく身体に沁みる。

なんだ、別に俺、冷たくされて喜ぶ趣味は無いんだけど。

でも落ち着く。瞳を閉じて聞き入りたくなる様な声をもっと聞きたくて、考える。

「んー、あ。これイイね。俺に似合うと思う?」

「似合わないね。」

「がーん。」

即行で返って来る否定文。

だからさ、やっぱこの人商売向かないって。

その冷めた目は暫し動き回って一つの装飾に手を伸ばした。

「貴方の印象は、こっちだな。どうだ?」

差し出されたのは、銀色のトカゲ。身をくねった二匹のトカゲが絡んでいるトップだ。

「そう、まだ龍には早いかな。」

俺は苦笑いでそう言って、最初に取った龍を置いた。

「蛇になるにも龍になるにも、原点は蜥蜴だ。貴方は可能性を持っている。ただし援けとなる相棒に恵まれる事を条件に。」

不思議な奴だ。

その凍てついた瞳は何を見越すのか。

「なんだ、占いもやってんの?うーん、でもアレだね、凄いかな。

 俺は確かにトカゲだよ。Eidechse。俺の徒名。」

「そう。なら記念にどう?まけておくよ、トカゲさん。」

苦笑が洩れる。

「うん、じゃあこれ頂くよ。折角の君のお見立てだしね。」

「毎度。500円でいいよ。」

トカゲのトップが持ち出された場所には¥800と書いてある。

結構上出来で丁寧な造りなのに、それは破格じゃなかろうか。

「や、いいよ、全額払う。モノはいいと思うから。」

「?まけてやると言ったら喜んでおけよ。そんなに変らないし、問題ない。」

「良いと思ったものを買うのに相応の金を払わないのは失礼だ。

 俺はこれはもっと高値で売れると思うよ。

 少なくとも俺は800円以上の価値を見出したんだ。

 払わせてくれても良いだろ?」


「やっほーう、トカゲ、お前生きてたのか。」

夕闇に赤い瞳が光る。

生きてたのか、だって?

そりゃあこっちの台詞ってもんだ。

俺に声をかけたこの男、何せ日光浴にも誘えない厄介な体質持ち主だ。

陽の光にあたると死んじまうらしい。最早生物として終わっている。

名をユウという。

伝説の吸血鬼のように赤い瞳と真っ白な…いや、むしろ青白い肌を持つが、瞳の赤は遺伝子操作による代物らしい。

お蔭様でますます日光に弱い。

こういうのは美少女とかだったらまだ格好付くのになぁ、なんて考えながら、古馴染みの下へと歩を進めた。

「あったりまえだろ、俺が早々簡単にくたばるかって。

 それよりどうしてたんだユウさん、外の戒厳令知らねぇの?」

「知ってるよ。馬鹿馬鹿しいったら無いね本当。

 奴等の阿呆さ加減には頭が下がるよ。」

つまらなそうに鼻を鳴らしてそれだけいうと、彼はトカゲを奥へ勧めた。

「ま、入ってきなよ。何しに来たんだか知らないけどさ。」

お邪魔しますとその後に続きながら軽口を返す。

「だーから、戒厳令の原因。それを心配してきてやったんだろー?」

「はん、『緋のヴァンパイア』って奴かい。心配ないねぇ。

 俺が奴等に居場所知られるような阿呆に見えんのかい。」

彼も自分の外見の事はよく解っていて、あまり人と接しようとはしない。

またそれが人の心象を下げたりもするわけだが、こういう時、確かにそれが役に立つ。

先程トカゲも言っていた様に、青白い肌に赤い瞳、更には日光に当たれないという体質すらヴァンパイアに当て嵌まってしまう為だ。

「でもねぇ、今のご時世に戒厳令まで敷いて吸血鬼狩りかい。全く理解できんよ。」

「ま、軍部も必死なのさ。」

何せ今回の事件は上の大御所連中がばたばたと殺されている。

ここで犯人を捕まえられなかったら正に名折れだ。

因みに犯人は解っている。

『緋のヴァンパイア』。

このユウのような体質の者達の集まりで、当然常に夜に事を起こす。

これまでも軍や国と数度遣り合っていたが、今回の様な大きな事件を起こしたのは初めてだ。

彼等の行動をきっかけにして、蒼や紫金と言った派閥も生まれている。

お蔭で『ヴァンパイア』と呼ばれる様になってしまった彼等は、色々と気まずい扱いを受けているのだ。…ユウのような世捨て人を除いては。

「しっかし奴等なんだって軍に刃向うんだろうな。」

トカゲ達の国の軍は特に問題があるワケでもない。

何か不正をしたという話も聞いた事は無いし、捕虜の扱いも問題になった事は無い。

別段弱いわけでもないし…とにかく反抗的になる理由が見つからないのだ。

「そうかぁ、トカゲにゃぁ解らんかもなぁ。俺にゃ何と無く、気持ちは解るぜ。」

「はぁ。そうか。」

トカゲにコーヒーを淹れながらユウは少し笑んだ様に見えた。

「さって、お前、俺の処来たって事ぁそれ関連で仕事か?」

「あったり♪まぁこんだけ話しゃ見当も付くか。」

それに苦笑し、差し出されたソーサーを引き寄せた。

そのままの調子で話は続いた。

「で、モノは?」

「サイレンサーとか閃光弾とか塗光弾とか。はいコレ発注書。」

「閃光弾と塗光弾だぁ?」

「あ、請求は組織の方にね。俺今びた一文持ってないから。」

「なに、じゃあ無銭飲食かよ!」

「え゛―っ、ユウさん古馴染みにコーヒー一杯金取んのかよ!?」

「たりめぇよ。こちとら隠居生活で貧しい暮らししてんだよ!」

「嘘だ!ぜってー俺より儲けてんのに!」

「るせぇ。後で借金の取り立てついでに持ってってやる。

 ちゃんと経理に話しつけとけよ。」

「うぃ~す…。」

なんだか納得いかないものを感じながらもトカゲは肯いて、飲みかけのコーヒーを喉へ流し込んだ。


夜。

それは彼等にとっては安らぎの時間。

毒の様な太陽の光は今や無く、優しく月が照らすのみ。

「…月だって太陽の光浴びて光ってんだし、星だって遠くの恒星だ。

 どうして、太陽だけダメなんだろう。」

明るい日差しの中騒ぐ子供達に、憧れが無いとは言わない。

個体としては元から闇に生まれた身でも、生物としては陽の下で生きていく様に出来ているのだ。

「言ったって仕方ないか。」

一つ大きく息を吸うと、黒のアタッシュケースと共に闇夜に融けた。

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