22. 

色々な作品があった。すでに卒業した部員の作品であろうものも多くあり、そのなかでも息を呑むほど細やかな色彩で描かれているものがある一方、抽象的すぎて意味を成さないものもあった。


一枚ずつ、一幅ずつ、作品を眺めていく。

自分の中にひとつずつ疑問が溢れてくる。

なぜこの作者(自分と歳はさほど変わらないだろう)はこのような絵を描こうと思ったのか?なぜこの主題にしたのか?なぜこの色使いにしようと思ったのか?

これらの作品と今まで自分が見てきた画家の作品との違いは?


自分の中の疑問に仮の答えを与えていく。それらのほとんどに納得する頃にはとうに部活動終了時刻を過ぎ去り、午後7時頃となっていた。

今日、制作に取り掛かるのは諦めて荷物を持って準備室を出ると、加藤さんの姿がまだあった。どうやら自分の作品を具に眺めているようであった。おそらく遠目に見て絵の歪みなどを確認しているのだろう。集中しているようであったし、声をかけずとも帰ってもよかったが、先ほどの件も気になり声をかけることにした。


「この絵、キャンプの時の海だよね。」


僕が近づいていることに気付かなかったのであろうか、彼女は吃驚した様子で僕を見た。


「僕の記憶の中の砂浜や海の彩度に合致しているし、空間も把握できているからとても良いと思う。」


彼女は”ありがとう”と口だけ動かして言った。そして自分の絵に目を落とした。


「今日はもう帰ろうか。」というと彼女は頷いた。久しぶりに彼女と一緒に帰ることとなった。


 帰り支度を済ませ、僕らは美術室を出た。暗い廊下を二人並んで歩く。日中の賑やかさとは裏腹にとても物悲しい雰囲気で、僕のような暗い人間好みの暗さだ。しかし今は僕一人ではないので、スマートフォンで足元を照らしながら彼女に”足元気を付けて”と声をかけて歩いていく。今日はやけに暗く感じた。距離感を間違えた僕は彼女にぶつかってしまう。”ごめん”と言いかけたところ、彼女に僕の右手をつかまれて、そのまま手を強く握られた。この手を振りほどいたら彼女は傷つくかもしれないので、僕はそのままにした。やがて玄関に着く。手は繋がれたまま僕が乗るバス停まで歩いた。バスが来るまではまだ時間がある。バス停の椅子に座りながら、何を話そうかと思っていると、彼女が僕の手を握る力が強くなっていることに気付いた。痛いくらい握りしめられている。左利きの彼女がふざけて強く握っているのだろうかと思い、彼女の方を見るとやっと僕はそこで泣いていることに気が付いた。嗚咽も上手くだせないのだろう、極限まで彼女は泣いているのを隠そうとしていたのかもしれない。今気付くなんて遅すぎる。僕は今更まともに人と関わってこなかったことを恥じた。


 僕は手を握り返して、ただ彼女のしゃくりあげる音を聞いていた。落ち着くまで何度もバスを見送った。

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