21. 

 加藤さんに連れられて美術室に入る。最初とは真逆だ。しかし皆、制作に夢中になっているのか僕が嫌な視線の感覚はなかった。佐藤部長と目が合い、軽く挨拶をする。そのまま加藤さんに手を引かれ、”今、これを描いているの”と彼女は描きかけの絵に指を差した。どうやら夏のキャンプの時の体験に着想を得て、海をモチーフに描いているようだ。彼女は自慢げに僕を見つめてくる。感想を求められているのだ。それよりも僕は教室に入った時から違和感を抱えていた。竹下がいないのだ。最近はずっと入り浸っていたのに。なので僕は、


「いいね。雰囲気好きだなあ。」とまるで素人みたいな感想を僕は言ってしまった。


 彼女は少し寂しそうにした後、嬉しそうに頷いた。僕が上の空の返事をしたからだろう。そのことに僕は気づき、しまったという感じを出してしまった。彼女を僕のそれをみて”大丈夫?”と言いたげな顔で僕をのぞき込んだ。僕は目をそらし話題を変えた。


「竹下は?」と僕が聞くと


彼女はじっと僕の顔を見つめた。何かを言い出すのに時間がかかっているのだろうか。そうしていると僕らの背後からぬうっと佐藤部長が顔を出した。


「おう、檜ヶ谷。絵を描きたくなったのか?」


「それを確かめにきました。約束どおり筆を貸してください。」


「分かった、棚にあるのを何本か持っていくといい。場所は…、檜ヶ谷は特別に準備室を使っていいぞ。」


「ありがとうございます。」


「できるだけ汚さないようにな。難しいだろうが。」


「分かっています。」おそらく佐藤部長の独断なのだろう。


話の途中になってしまったが、とりあえず僕は準備室に向かい、荷物を置く。

絶えず”僕は今更なにをしているんだろう”という自問自答が続く。


「いいさ、ただの遊びさ」と自分に言い聞かせる。


さて、何を描こうか。油絵はとても手間と時間がかかりすぎる。水彩画かあるいはただの鉛筆画でもいいな。(その場合、特別に準備室を貸してもらっていて申し訳ないが。)いっそ、小学生の頃のように色鉛筆で適当に描く形でもいい。


とりあえず、僕は自分を納得させていた。

”僕が今回、絵を描くことによって得られるものも、失うものもない。何を描こうが今と何も変わらない。だから、何も問題がないから大丈夫だ。”

ひとしきり拒否反応のようなものを沈めた後、準備室を見回すと部員の作品が山積みになって収納されている棚があった。

しばらくはそれを観ようと僕は思った。






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