20. 

 交換日記は続いていた。彼女が竹下と交際を始めた後においても。


たまにノートを捲り、時間をさかのぼっていく。

 

 何気ない日常会話に始まり絵の描き方についての質問まで、短い期間でも毎日しているとこんなにも文章が綴られていくんだなと僕は感心していた。そこには竹下と交際を始めたことなど一切書かれていなかったが。


 ノートには人物画の例として描いた竹下の似顔絵(これを描いてあげた頃から彼女の人物画は上達していった気がする)や、進路や将来についての話、休日にどこかの美術館に行った等の毎日が書かれている。


 そして僕は今日も交換日記を書いている。何気ない日常を無理やり楽しく書こうとしている。そのようなことをしなくても加藤さんはしっかり読んでくれるのだろう。しかし、僕はいつもそうしてしまっている。


また、くだらない毎日が始まる。思えばずっと僕には楽しいという感覚が欠落しているようだ。絵を描き始めた時も、絵を描くのを止めた時も。


じきに秋が過ぎ去り、冬が来る。この毎日も期限付きでいつかは終わり、僕も何者かにならなくてはいけなくなる。だが自分が何になれるのか全く見当がつかなかった。

そこでふと佐藤部長の言葉を思い出す。

”もう一度、絵を描いてみないか。道具や知識は全部貸すからさ”


「暇つぶしならいいかもしれないな。」自分に暗示をかけるように独り言を言う。

その先に何が描けるか何も分かりはしないが。


奇しくももうすぐ学校祭を控えていた。そこでは各部活動の出し物があり、例年美術部では活動報告という名の作品の展示会が行われる。部外者の僕が描いた作品でも佐藤部長はねじ込んで展示させることだろう。


時間はまだある。なんとかなると僕は思い始めている。そのようなことを考えながら下校途中で廊下に突っ立っていたら、右肩を優しく叩かれた。おそらく加藤さんであると思う。


おもむろに横を振り向くと、果たして加藤さんがいた。頬が少し紅く、息切れをしている様子だ。走って僕のもとへ来たのだろう。

そしてジェスチャーをした。

”一緒に絵を描きませんか?”

そう伝えたかったのか、彼女は右手で筆の動きを模して、その後左手で空想のカンヴァスを僕に差し出した。


瞬間、僕は嫌な顔をした。”それ”を選択するかどうかは僕の裁量で行いたかったからだ。その表情を見て彼女はわずかに怯んだ(ように見えた)。

僕はダメ押しで自分に”まあいいか”と言い聞かせた。


「分かった。」僕はカンヴァスを受け取った。

9月の末のことだった。





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