24. 

話は夏のキャンプまでさかのぼる。


最終日の夜、彼の告白を受け入れた日から、交際は始まった。このことを檜ヶ谷君との交換日記に書こうか大分迷ったが書かないことにした。理由は本当になんとなくだ(別に書いても良いのだが)。


 竹下君にとっても私は初めての彼女であったのだろう。初めの1週間の関わりはとてもよそよそしかった。だがそれもやがて終わり、周りの人間がその交際に気付くであろう距離感で私たちは過ごすようになった。そして私たちは世の中にいるカップルたちがよくやるであろう普通のことを行っていた。まず手始めに近所のショッピングモールで買い物、そこで昼食、後に映画を鑑賞し、喫茶店で静かに語り合う等々。別日には遠出して美術館を巡ったり(私の提案だが)、彼あるいは私の家でひたすら漫画を読むことなど、考えられる限り普通のことをしていたと思う。

 彼との関係は両親も「竹下君なら久美子を任せて安心だね。」と肯定していたし、良好であったと思う。私一人ではなかなか行けなかったところにも彼は連れて行ってくれた。ワガママにも付き合ってくれたし、面倒見の良い彼に好意があったのは事実だと思う。

 でもなんでだろう。なんで私は竹下君を好きになれなかったんだろう。愛せなかったんだろう。

 彼を、人としては確かに好きであり、尊敬していて、頼りにしていた。彼の似顔絵を初めてみた時、私にとって運命の人であるかのようにも感じられたはずだ。


 彼との関係が深まっていった9月頃のことだ。この頃はよく私か彼のどちらかの家にいることが多かった。なかには親が家にいない日も多く、そのようなことに及ぶのも時間の問題であったと思う。そもそも私と彼はまだ17歳であったのだから仕方のないことであると思う。自分の持っている”生物”としての機能を試さずにはいられなかったのだ。






 結論から言うと、彼と初めて性行為をして思ったのは、その行為をして得られる快感が自分の想像を下回ったということだ。事前にその手の動画やサイト、体験をもとに描かれた漫画を見て知識自体はつけているつもりだった。なので恐怖心による精神的な影響とは考え辛いと思っていた。


 彼の家でテレビを見ながら、私たちはその時までわざとらしく会話を続けていたが、やがて沈黙が訪れた。そして、彼の自室へ向かった。よくあるシチュエーションの通り、親は不在の日であったので、あらかじめ夕食は買っておき冷蔵庫に入れておいていた。それは僅か数刻前のことであった。


 最初はベッドの中へ一緒に入りじゃれ合っていた。それが照れ隠しであることをお互い分かっていたし、それを終えるタイミングも、これ以上踏み込んだらもう元には戻れないということも感覚として分かっていた。”もう少しだけこのままの関係でいたい”という感情が静まった時、初めに彼は私の胸に手で触れた。そして私を起こし後ろから抱きかかえるように服の上から胸を触り、その後に服の中へ手を入れ、直接胸に手を伸ばした。意外に繊細な手指で彼は私の乳房を揉んだ。触られていることを神経が私の頭に伝達する。数回ほど揉んだ後、私の服を下から持ち上げて脱がした。服をベッドに置き、次は下着を脱がし始めた。ホックに手をかけた時、彼は耳元で「大丈夫?嫌じゃない?」と聞いた。”嫌だ”と声を出して言えない私を気遣ってのことだろう。私は頷いた。彼はホックを外し、下着を取った。彼は露わになった私の胸を見て、照れたのだろうか、そのまま私の右肩に頭を預けた。少しだけそうして、決心をした後は私のスカートに手をかけた。私は少し腰を上げて、その隙に彼はスカートと下着を脱がした。私は裸体になった。途端に羞恥がこみ上げ、彼の厚い胸元に顔を押し付けた。彼は私を抱きしめると同時に自分だけが服を脱いでいないことに気が付き、程なくして上着を脱ぎ、下着を脱いだ。互いに裸体になり私たちは接吻をした。今まで数えられる程しかしてこなかったそれはここでは否応なしに相手の存在を意識させられた。



私たちは見つめ合った。「いい?」と彼が聞くと、私は少し笑顔で頷いた。


 彼は私の下半身をまさぐった。初めて赤ん坊の頭を撫でるかのように慎重に私の体に触れた。やがて彼の男性としての機能の正解と私の女性としての機能の正解を合わせて、彼は私の中で蠢いた。少しずつ彼は私の中の異物ではなくなっていき、馴染んでいった。彼が真剣な顔をして私に動いている。しかし私たちはベッドよりもあるいは外の野良猫よりも静かだった。


 きっと彼は喘ぎ声一つ出すことができない私を楽しく思わなかっただろう。

部屋に響くのはただ私と彼が打ち付けられる音と役立たずな声帯が出す空気の音だけだ。彼はただのひとつも性行為によって得られる快感を感じる声を漏らさなかった。

 事が終わったあと、私は彼に「気持ちよかった?」と聞く代わりに頭を胸に預けた。


彼はその意図を汲んで「気持ちよかった。」と言った。


その後も2、3回ほどその日と同じ状況になった時、同じ行為をした。

 

 10月の初旬、性行為をし終わった後、彼は私に別れを告げた。理由は分からなかったが、私も引き留めたい理由がなかったのでそれを受け入れた。

 

 なのに驚くほど私の中には”失恋した”という感情が残らなかった。私には何かを感じる心がないんだろうかと疑ってしまうほどに私は空っぽだった。しかし空っぽであることはおかしいことであると私自身理解していた。


 定期健診の日、私が失声症を患ってから通院することになった病院で、私はそのことについて聞いてみた。付き合ったこと、別れたこと、何も感じなかったことなど。そこからは簡単な質問に始まり、いくつか検査を行った。






そしていくつかの検査結果から私はこう診断された。


「その失声症によるものなのかは分かりませんが、あなたはある性的倒錯を抱えていると思われます。


 それは ”Pictura philia” ”絵画性愛” です。」




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