15. 

 別に家族以外の人と寝て、目覚めるのは初めてじゃない。とうにそれは中学生の頃の修学旅行などで済ませている。朝になり目覚めると竹下の姿はなかった。音を立てずにテントの外へ出たのだろう。器用なやつめ。加藤さんはまだ眠っているようだったので、僕も音を立てないようにテントから出た。朝、7時24分の空は記憶のなかのそれよりも淡く、空気は塩気を感じ、鴉がゴミを求めて鳴いていた。僕が体を伸ばしていると、


「おはよう」と竹下から声をかけられた。「ああ、おはよう」と僕は返した。


 僕らは無言で火をつけなおし、昨日洗っておいた焼き網をコンロの上に乗せた。徐々に火は強くなり始め、ぱちぱちと炭を焼く音がした。クーラーボックスからそれぞれジュースを取り出し、椅子に座った。それからはお互い海や火をただ見つめていた。


「なあ。」


「何?」


「加藤さんのことどう思ってる?」


「どうも思ってないよ。どうしたの急に?」


「いや実はさ、今回のキャンプで加藤さんに告白しようと思って。」


 僕は平静を懸命に装っていたが、心底驚いてしまっていた。彼が彼女を好きであるという事実を淡々と飲み込むことは簡単にできたが、ただ僕の感情としては少しばかりの疑義があった。


「それは本心?」


「そうだよ。変なことをいうよな、檜ヶ谷は。」


 そうだよな。本心だと言うよな。彼はそういう奴だ。ただ僕が不審に思ったのは、彼が彼女のどこに惹かれたのかだ。


「ちなみに理由は?」


「簡単にやれそうだから。といったら檜ヶ谷は怒るか?」


 そんなの性犯罪者の発想じゃないか、と思ったが確かにそういう考えで人と付き合う人もいるだろう。


「いや、怒らないよ。そういう人もいるだろう、口に出さないだけで。むしろ言葉にする分、竹下は誠実なんじゃないか?」


「本気にするなよ、冗談だ。本当は、ただ彼女には支えてくれる奴が必要だろうし、それに俺がなろうと思ったんだ。」


「それはまた殊勝なことだね。」


 加藤さんが起きたのだろうか、テントの中で人が動く音がした。僕らは話題を変えた。


「竹下は将来何になるんだ?」


「多分、親と同じく消防士だろうな。小さい頃から親から話は聞いているし、性に合っている気がするんだ。」


「そうなんだ。いいな、もうやりたいことが決まっていて。」


「そうでもないさ。檜ヶ谷は?」


「まだ。何も決まっていないさ。」


「俺にとってはそっちの方が羨ましい。それだけ可能性や選択肢があるってことだろ?」


「そういえるかも知れないな。」


テントのチャックを開け、加藤さんがこちらを覗いてきた。僕らはおはようと言った。








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