13. 

 恥ずかしくなったので手は離した。二人並んで歩いていく。徐々に靴に入ってくる砂が多くなる。時間は正午を回ったぐらいだ。日差しが強まる。僕らは堤防を越えて浜辺に入る。


「あ、かき氷の屋台がある。加藤さん、竹下が来るまで食べて待っていようか。」


 屋台へ向かう。相変わらずお祭りで見慣れた店構えだ。一つ300円、この価格設定も相変わらずぼったくりであると思う。”いらっしゃい!”と鳴き声じみた決まり文句を聞く。


「ブルーハワイ一つ。あと、加藤さんは?」


彼女は”レモン味 300円”と書かれた札を指差した。


「あと、レモン一つ。」


「はいよ。」


店主が口の広い800mlほどの容量のプラスチックカップに氷を入れ、ブルーハワイ味のシロップをかける。レモン味のシロップでもう一つ同じものを作る。


「おまたせ!ブルーハワイ味と、そちらの彼女さんにレモン味ね!」


「ありがとうございます。」と僕は受け取って、彼女に渡す。


 僕らは屋台の近くの堤防に座り、かき氷を食べ始めた。氷を掬うたびしゃくしゃくという音が鳴る。


 僕はかき氷以上に味の想像がつく食べ物を知らない。なのでかき氷を食べる時はブルーハワイを選択している。せめて名前から味が想像できないものにして、ワクワク感を殺さないようにしたいからだ。もっともそれも今年で5年目を迎えてしまったが。


 それにしてもこのかき氷はとても甘い。恐らく、砂糖水を氷にして削ったのだろう。そうしたらきめ細かいかき氷になるのだと何かの雑誌で読んだことを思い出した。でも食べ続けると虫歯になりそうだった。


「美味しいね、加藤さん。」

とかき氷を食べながら横を見ると、彼女はかき氷に視線を釘付けにし、しゃくしゃくしゃくしゃくとテンポ良く掬って食べていた。


「そんなに早く食べたら頭が痛くなるよ。」

そう僕が言い終わるや否や彼女は顔を顰め、左手で頭を押さえた。


「ほら、やっぱり。」と僕が笑うと、彼女は少し恨めしそうにこちらを見た。そうしていたら、見る見るうちに表情が変わっていき、けたけたと笑い始めた。


「どうしたの?」

僕が訝しむと、彼女は自分の舌を出して指を差した。”自分の舌を見ろ”ということなのだろう。それより僕はいやしくも彼女が舌を晒した姿に胸を高鳴らせてしまった。

 

 彼女がなぜ笑ったのか、これもまた想像はつく。青色の着色料が僕の舌についたからだ。だからいつも通りの芝居を僕は打つことにした。いつも通り携帯電話を取り出し、インカメラ機能を起動し、自分の舌の色を確認する。やはりいつも通り青い。


「青いね!」

今気づいたように僕は”ははは”と笑う。決して乾いた笑いの素振りを見せないように、彼女と一緒に笑う。舌を出した彼女の姿を無意識に脳裏へ焼き付けようと集中しながら。


 二人ともかき氷を食べ終わりカップを捨てた頃、竹下がテントを抱えて戻って来た。


「待たせたな、若人たち。親戚の挨拶も兼ねていたから遅くなっちまった。他にも軽い荷物はあるから加藤さんは運ぶのを手伝ってほしい。檜ヶ谷は適当な場所でテントを立てる準備をしておいてくれ。」


「分かったよ。」

竹下からテントを受け取る。中身を確認してみると、テントは3人用のものが1張り入っているだけだった。


「竹下、このテント3人用だぞ。加藤さんのテントは?」


「ああ、それは大丈夫。あらかじめ加藤さんの親にも了承は得てるから、3人で一緒のテントを使うつもりだよ。ね、加藤さん。」


彼女は頷く。


「そうか、分かった。なら海の家が見える位置に準備しておくよ。」


「ああ、頼む。」


 テントを抱えて持っていく。僕が歩くたび中に入っている支柱のポールがぶつかり合い金属音を小刻みに立てている。

 海に近過ぎず、簡易シャワールームやトイレから遠過ぎず、人集りも少ない場所を見つけ、テントを置いた。ここならばテントを固定するペグも刺さるため問題はない。砂だらけでとうに役に立たなくなったスニーカーを脱ぎ捨て、持ってきたサンダルに履き替える。テントの封を開け、ポールを取り出していく。ポールのなかには、長いポールを袋に収納するため、あらかじめ分割し内部を短い鎖で連結されたものがいくつかある。それらのポールを繋げていく。幸い、強風は吹いていないため、他の部品を取り出していっても問題はない。日差しが強まるなか、決まり切った動作を僕は行っていく。




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