11.
8月上旬、僕らは海に向かう。なんてことはないただの海だ。日本全国を見てみたらこれに類似する海なんていくらでもあるのだろう。堤防があり、少し向こう側にテトラポッドがあり、砂浜があり、簡易的なシャワールームがあり、あまり清掃されていないトイレがある。砂浜にはまばらにゴミが散らかっている。おそらくキャンプへ来た人が後始末を怠っているのだ。ゴミの他には漂流したであろう樹木の枝が転がっている。そんな海だ。
僕らは加藤さんの家に集まった。必要なものは竹下の親戚の家に準備しているため、僕らは最低限のものだけ持っていくことにしている。
呼び鈴を鳴らす。あらかじめ準備をしていた加藤さんがドアを開けた。
「おはよう。加藤さん。」
加藤さんがいつも通り頭を少し下げ挨拶をする。その奥からやがて彼女の両親がやって来る。前に訪れた時は緊張してよく分からなかったが、改めて見ると加藤さんの質の良い髪は母親譲りであると分かった。加藤さんの少し明るい色の地毛、穏やかな輪郭は母親から見て取れた。
「初めまして、檜ヶ谷です。」
「竹下です。」
「おはよう。初めまして。話は聞いていたよ。キャンプ楽しんできてね。でも怪我だけはしないように!」
「分かりました。」
加藤さんの穏やかさは両親譲りなのだろう。父親も優しい口調で僕らを迎えてくれた。
「それじゃあ行こうか、加藤さん。準備は大丈夫?
山を少し越えるから虫よけスプレーをかけた方が良いかもしれない。」
「それなら俺が持っているから今かけていこう。」
3人、スプレーをかける。この瞬間だけはとても子どもに戻ったような感じがした。
加藤さんは着替えを入れているであろう大きめのボストンバッグを右肩に掛け、帽子を被った。
「行くか。」と竹下が声をかけた。
僕らは出発した。
「それにしても、今日は暑いな。」
「そうだな。だからこそ、山を登ったとき気持ちいいと思うぞ。
加藤さんも荷物を持つのが大変だったらいつでも言ってね。」
彼女が頷く。
「休み休み行こうか、竹下。」
「ああ、そうしよう。」
そうして僕らは歩いていく。
やがて僕らは山――実際にはただの丘陵のようなものであるが――に入っていくための坂に差し掛かった。
「大丈夫そう?加藤さん。疲れていない?」
”大丈夫だよ”と笑顔を作り、彼女は頷く。
「ここから坂道が続くな。」
「そうだな、遅れんなよ檜ヶ谷。」
「ああ。」
僕たちは坂道を登っていく。進むに連れ、舗装されていない道が多くなる。”足を滑らせないように”と注意の声をかけながら歩いていく。伸びた木の枝が眼前を遮る道を歩く。少し湿った土に雑草が生えている道を歩く。砂利だらけの道を歩く。毛虫や視認できるほど大きな蟻が道を這っている。荷物を少し重く感じ始める。やがて、僕らは視界が開けた山の上の休憩場所に着いた。
眼下に海が見える。空にはウミネコが飛んでいる。あともう少し、坂を下って行ったら海に着くのだろう。
風が吹いている。ここまで歩いた体を程よく冷やしてくれる。その風を浴びながら竹下は、無造作に設置してある椅子へ座り水分を摂っている。加藤さんは帽子を押さえて風を一身に浴びながら、眼下の海を眺めている。
「檜ヶ谷、加藤さん、ちょっと休憩してから行こう。」
「そうしよう。」
僕も椅子に腰かけた。そしてふと思い出した。テスト期間に止まってしまっていた例の文通のノートを今日渡そうと思っていたのだ。なので鞄から取り出し、加藤さんのもとへ持っていく。
「加藤さん。これ、今までテスト期間だから渡せなかったけど、暇な時にでも読んで欲しいんだ。」
彼女はそのノートを受け取り、1ページずつ読み始めた。しかし彼女は途中で手を止め、鞄を開いた。ノートをしまうのかと思っていたら、また別のノートを取り出した。そして、それを僕に渡した。
「同じことを考えていたんだね。」と言うと彼女はほんの少しだけ恥ずかしがった。
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