9.
結果からいうと、加藤さんの外泊許可は下りた。そのためにまず僕と竹下は加藤さんの親に呼び出された。そして怒られた。だけど感謝されもした。事の運びはこうだ。
終業式の前日、加藤さんはメールのやりとりの様子を僕と竹下に見せた。
メールの最後には、
”その檜ヶ谷くんと竹下くんがどんな人間なのか分からないし、久美子のことを任せていいか分からないから、もし泊りがけで行くというのなら一度家に連れてきなさい”
と書かれていた。
「やばいぞ竹下。」
「そうだな檜ヶ谷。俺、体調を崩したことにするからお前だけで行ってくれ。」
「いいよ。引きずってでも竹下も連れていくけどな。」
「なら俺は走って逃げる。」
「地獄の果てまで追いかけてやるからな。」
いや、ふざけている場合ではない。僕と竹下は覚悟を決めたように見つめ合った。
「そうだな、じゃあ夏休み第一週に行こうか。檜ヶ谷。」
「ああ、分かった。」
ここで重要なのはいかに僕らが加藤さんをサポートできるかだ。それを彼女の両親に伝えられなければ、泊りがけ関係なく海にも行けなくなるだろう。加藤さんは声が出せない。なので海で泳ぐ際、溺れたら助けを求めることができない。そういった点をどのように解消していくか僕は竹下と考えることにした。
「基本的にいついかなる時でも僕と竹下のうちどちらかは加藤さんのそばにいなきゃならないな。」
「そうだな。変なナンパ野郎に出くわすかもしれないしな。加藤さんかわいいし、狙われるかもね~。」
竹下は冗談っぽくそう言うと、彼女は少し顔を紅くして目をそらした。
「あとずっと竹下に聞こうと思っていたんだけど、何泊くらいする予定なんだ?
」
「一週間くらい。」
「長すぎないか?」
「これでも絵描きには短いくらいだろう?ね、加藤さん。」
「写生しに行くのか?」
「そうだよ。前に加藤さんが言っていたんだ。海に行きたいって。」
加藤さんは僕の顔を見て頷いた。
「正確には美術部の加藤さんの友人から聞いてさ。夏休み何をする予定か加藤さんに聞いたら海に行きたいって言ってたってね。それと一人ではいくのが難しいというのも。」
そうなのかと僕は納得する。なるほど、それならば僕らが適任だ。いざとなれば彼女を海から引き上げることができるし、彼女の両親ほど忙しくないため長い間、彼女に付きっ切りで居られる。絵を描くとなれば数日かそれ以上の時間がかかる場合もある。何かの大会に応募するのなら尚更彼女が時間を取れるようにするべきだ。
「分かった。それでどんな感じで海まで行く予定だ?バスとかあったっけ?」
「バスはあるにはあるが歩いていこうと思っている。山を越えて。」
「絶対バスのほうがいいと思うぞ。テントとかも持っていくんだよな?」
「そこは大丈夫。海の近くに親戚が住んでいるから、あらかじめ頼んでテントとかは置いておくようにするよ。」
「そうなんだ。ありがとう。荷物の問題はクリアだな。」
「ああ、そして俺たちの連絡先を加藤さんの親に渡したら後は大丈夫だろう。」
「そうだな。ただ僕らが本当に加藤さんを助けられるかと聞かれたら少し怪しいけどな。」
「いや、それは大丈夫。俺の父親さ、消防士なんだ。それで前に救急救命関係について教えてもらったから俺がいれば問題ないさ。檜ヶ谷がいなくても。」
加藤さんは意外そうな顔をした。それはそうだ、僕だって意外だと思った。こんな軽薄そうな男とその親が僕よりもしっかりしていたのだから。
「そうか、分かった。じゃあ約束ね。加藤さん。あと竹下、色々買い出しとかあると思うから連絡先を交換しておこう。」
「おう分かった。どうせだし、加藤さんも交換しない?」
僕らに引き続き、加藤さんも携帯を取り出して連絡先を交換した。
「じゃあ、約束ね。加藤さん。」
僕がそう言うと、加藤さんは少しだけ嬉しそうに頷いたように見えた。
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