8. 

 僕は夏が嫌いだ。暑いから過ごしにくいという理由はいわずもがな、その他にもうんざりするくらい多くの理由が挙げられる。かいた汗がベタつく。すぐ喉が渇く。袖が短い服を着がちになるため肌が焼けやすくなる。それ以前に人前で肌を晒すのが苦手だ。空気が重く覆い被さってくるような感覚におそわれて、外に出るのも億劫になってしまう。食べ物もすぐ腐ってしまう。凄惨な事件を見るたびにこの時期は遺体の腐敗が早そうで、その酸鼻を極めた状態を無意識に想像してしまう。

あとそれと夏を心の底から楽しんでいる人たちが視界に入るのも僕は辟易していた。


 定期試験が終わり、夏休みへと差し掛かる時期になった。

テストの結果については、やはり彼女の方が合計点数が高かった。この学校では定期考査で受けた各科目の点数を表にしたものが試験終了後の次々週程度に配られる。彼女と見せ合いっこをしたら、彼女は不敵に微笑んでいた。そして僕は彼女に何か奢らなくてはならなくなってしまった。

何が良いだろうかと考えていると、


「檜ヶ谷。今回のテストどうだった?」と竹下は聞いてきた。


「別に普段通りだよ。」


「見せろよ。」


「じゃあ、竹下のも見せろよ。」


「良いよ。はい。」

 

これまで竹下のことをあまり優秀ではないと思い込んでいたが、勘違いであった。彼は僕よりも、彼女よりも高い点数をとっていた。


「これ加藤さんにも見せていい?」


「良いよ。」


これを彼女に見せると、声が出そうなくらい驚いた後に表を指差しながら竹下の方を見上げた。竹下は先ほど彼女が見せたような不敵な笑みを浮かべていた。


「じゃあ、竹下に奢ろうか。」と僕が言うと、彼女は首を振って頷いた。


「何の話?」


「僕と加藤さんの間で、今回のテストで負けた方が勝った方に何か奢るって話をしてたのさ。それで外野の竹下が一番高い点数をとったから、何か奢ろうと思って。」


「へえ、そうなんだ。努力した甲斐があったよ。」


「赤点をとらない程度にしか勉強しないんじゃなかったっけ?」


「いつもはそうさ。じゃあ今回は檜ヶ谷と加藤さんに命令をしようかな。」


「え?」僕も加藤さんも困惑した。


「夏休み、海に行かないか?泊りがけで。」そう竹下は言った。

僕と加藤さんは目を見合わせた。


「行く?」


少し間をあけたあと、彼女は頷いた。


「泊りがけにするかどうかはまた考えるが、行くのは全然問題なさそうだ、竹下。」


「決まりだな。今日、放課後に話をしよう。」


「分かった。加藤さんは部活大丈夫?」


”大丈夫だよ”と口を動かし、頷いてくれた。


放課後。僕らはテスト前に勉強していたように集まった。


「檜ヶ谷、加藤さん。夏休みに海に行く件だけど、泊りがけは難しそう?」


「僕は全然大丈夫だと思う。ただ加藤さんは今、親にメールで聞いているところだけどやはりなかなか難しいみたいだ。」


「そうなのか。」


”でもなんとかしてみるね”と加藤さんは筆談メモに書いて竹下に渡した。


「行くとしたら、やっぱりあそこの海か?」


「そうだ。檜ヶ谷は前にいったことがあるんだっけ?」


「あるよ。ここから少し山を越えた向こう側に見える海だろう?」

その海には中学3年生の夏に絵を描くために行ったことがあったのだがそのことは黙った。


「そうだよ。加藤さんは初めてだし...、そうだな、日帰りでもいい気がしてきたな。」


「そうかもね。」しかし僕は知っている。その海で夜に見ることができる星空が綺麗なことを。恐らく、竹下はそれを彼女に見せたいのだろう。


 その日は、竹下と一緒に帰った。加藤さんは”親を説得する”と言って早めに帰ったからだ。

 僕らはもう少しで今学期の終業式を迎える。








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