2.
朝のホームルームでひとしきり自己紹介を済ませた。一時限目の授業が始まる前にクラス中が色めき立つ。一年生の時にできた友達とまた同じクラスになれて喜ぶ人や誰も知り合いがいなく周りを見渡す人、机に突っ伏して寝る人などがいた。果たして僕は1年生の時に誰も友達ができなかったため、一人で机に座って一時限目の授業の準備をしていた。
隣を眺めると転校生を珍しがる女子たちに囲まれて困惑する様子の彼女が見えた。声を出せない旨の話は教員からされたはずだが、やはりたくさんのクラスメイトから話かけられていた。少しくらい僕にその人気を分けてくれてもいいじゃないか。
素早い返答はできないためできる限り彼女はジェスチャーで答えようとするが、それに飽きた人たちは早々に自分の席に戻り授業の準備を始める。筆談を面白く思う人たちは授業が始まる直前まで彼女と話そうとする。この様子だと後者の人たちと友達になれるだろう。
やがて一時限目の現代文から授業が始まっていく。
現代文、筆者の伝えたかった思いを考えることだけはどうしても苦手だ。テストの問題としては解くことはできるが、本質的なそれを考えると文章中には表れない筆者の本当の気持ちを損なう気がして常に罪悪感にとらわれる感覚がある。現代文が終わると二時限目の数学、次に三時限目の生物と続いていき途中から彼女とは別教室となった。彼女の周りの人たちが僕の代わりに助けとなってくれることだろう。
午後3時を回り今日の授業を全部終え、帰りのホームルームが始まる。これからの学校行事の予定表や、学生生活の過ごし方などが書かれたプリントが配られる。加えて掃除当番のための班決めが行われる。班は1班から6班まであり、所属する班はくじで決められる。クラスの人気者が進んでルーズリーフを千切ってくじを作り、使い切ったティッシュの箱に入れ一番右上の座席の人から回し始める。加藤さんや僕の手を回りやがて全員くじを引き終える。教員がそれぞれくじに振られた番号が該当する班を適当に黒板に書いていく。ここでも友達と同じ班になれたかどうか一喜一憂が起こる。友達のいない僕は黒板を眺めるしかなかったが、どうやら彼女と同じ班になるようだ。同じことを思ったのか、僕が隣を向くとまた目が合った。こちらがまたメモ帳を裂こうとする前に彼女の方から“よろしくお願いします”と口を動かしながら頭を下げてきた。今日一日だけでそうした態度の方がよいのだと学習したのだろう。こちらもその意を汲んで「よろしく。」とできるだけ愛想を込めながら表情を作って返事をした。こちらの環境に不慣れな彼女の様子をみると、どうやら前の学校の生徒たちはとても理解ある人たちであったのだろう。
ホームルームは終わり掃除が始まる。今週は僕の班が教室の掃除を請け負う。いつも通り掃除に取り掛かろうと思うが、しかし班員の彼女は転入生だ。部活動見学をするかもしれない。もし、するとなったら掃除を早く終わらせたほうが良いだろう。そう判断すると僕は少しだけ機敏に机を下げてほうきを掃くようにした。もちろん僕だけが早く掃除してもあまり意味はないかもしれない。ところで彼女は掃除そのものにはすぐ馴染んでいた。どの学校もやり方は一緒なのかもしれない。ほうきがいきわたらなかった人が黒板の清掃の役割を務める。消しゴムのカスが入り混じった不健康そうな埃を集めてごみ箱に捨て、机をもとの位置に引きずって並べ掃除は終了した。鞄を手にかけ帰ろうとした僕の肩を彼女は糸くずを払うような力で繊細にたたいた。そして予め書いていた様子の紙を僕に渡す。僕はそれを受け取って読む。
“美術部に見学へ行きたいのですが、案内してもらえませんか?”
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