30.「meeting again 『 BattleField ! 』」
*
中央という俗称がつく政府軍管理棟本部。
建物の地下にある部屋の扉を開けた凪は、朝季の顔を見て安堵し、床に膝をついた。
そして正面にいる、実父に目を向ける。
「久しぶり……お父さん」
「白羽織……神谷景子がこちらに向かっていると聞いたが。そうか、凪だったか」
洋は嘆息し、凪の後ろに立っている背広の男に目を向けた。
背広の男は軽く視線を外し、頭を下げた。
「玄関前におられました。お嬢様だと思いお連れしたのですが、排除したほうがよろしかったでしょうか?」
「いや、庭に入った時点でクリアだ。攻撃の必要はない。が、」
洋は視線を変えて凪を見る。
鋭い眼光に、凪の肩がびくっと跳ねた。
「お母さんから連絡があったよ。置き手紙一つで出て行った、東京に行くと書いてあるんだがどうにかしてくれないかと」
「……それは、ごめんなさい」
「気付いた時には手遅れだった。下手に処理して私の素性が明るみになっても困る。夫婦喧嘩をしたのは久しぶりだよ。なぜ相談しなかった? まずは会話からといつも言っているだろう?」
「だって話したら、お母さんお父さんに連絡して、そうしたら絶対反対されるから」
「当然だろう? だからなにも言わず勝手に」
「……お父、さん?」
会話を遮るように呟き、朝季は凪と洋を見比べた。
目元が似ているかもしれない。
いや、勘違いかもしれない。
「凪の、父親?」
朝季の言葉に、洋はふっと笑みを浮かべる。
「おかしいと思わなかったかい? 凪は素直な子で違和感を隠し切れていなかったしなにより、東京入りした理由が『傍観者をやめたい』だ。なぜそのような子が、今の今まで生きているのか」
「南の……
「それは先ほど言ったろう? 色々と、予定外だったと。雨月三次には感謝している」
「凪……凪は、知ってたのか?」
振り返る朝季に、凪が口を開いた。
「娘なにも知らないよ」
しかし、言葉を発したのは洋だった。
朝季、そして凪も洋へと向き直る。
「他人に対してはとことん傍観者だからね、凪は……実の父親に対しても」
チラッと見つめる洋の視線に、凪は慌てて目を逸らした。
いつもそうだった。洋は、凪の父はいつも圧で押して、他人から言葉を奪う。
萎縮する凪を横目で見て、朝季は銃を身体の中に収めた。
それを見計らっていたかのように、洋が笑みを溢す。
「話をしよう、座りなさい凪」
「私は話をしにきたんじゃないよ、お父さん。偽りの戦場を終わらせに来たの」
「……そうか。うん、ではまずは話を」
「話はしない! 座らない!」
洋の顔から笑みが消えた。
じっと、凪のことを見つめる。
「まずは会話からって言うけど、いくら話してもお父さんが意見を変えることはない。散々話を聞いて結局、自分の意見を通すから」
「それはお前が話下手だからだろう? 私を納得させるだけの話をしてくれ」
「お父さん話うまいから、会話になったら私は勝てない。話しても無駄ってわかってるから話はしない」
「では、なにをしにここへ来た?」
「東京内戦やめますって宣言してもらおうと思って」
「そのために話し合いが必要だと思わないのか?」
「思わない! お父さんと話するの面倒くさい!」
「面倒くさ……我儘を」
業を煮やした洋が身体を前に乗り出したとき、「ふっ」と朝季が失笑した。
凪、そして洋も思いがけず、朝季に目をやる。
「あ、ごめん」
朝季は口元に手を当てくすくすと笑い、顔を上げた。
「面倒くさいて……あぁ、そっか。そういうことか」
田舎の街で、歩道橋の上、友だちになった日のことを朝季は思い返した。話をするのが面倒くさいと凪は言っていた、父親の仕事はよく知らないと。
最初からそうだった。
素直な優しい子で、正直で変に正義感が強くて。会話が下手なりに一所懸命に、言葉を紡ぎ出す様がとても、愛おしいと思った。
思い出し笑いをする朝季を茫然としていた凪だが、しばらくして恥ずかしくなり下を向いた。
「ありがとう、凪」
朝季は凪の頭にポンっと手を乗せ、洋と向き合う。
「想定外でしょう? 今この状況も、冬那が裏切ったことも。凪がなぜ、東京行きについてあなたに伺いを立てなかったかわかりますか?」
「反対されると思ったからだろう?」
「違うと思いますよ、話をしても無駄だからです。いくら会話しても、うまい言葉で言いくるめてあなたは結局自我を通す。凪がさっきそう言っていた。それを聞いて理解しました、夕季がなぜ、椅子にさえ座らなかったか」
歩み寄る朝季、掌に黒の実弾銃を作り出し、洋に向けた。
「朝季?」
不安そうに首を傾げる凪を朝季は一瞥したあと、洋に目線を戻す。
「無駄だからです、あなたとの会話が」
「……ならば殺してしまえばいいと?」
どうせ撃たないだろう? とでも言うような、余裕の笑み。
崩してやりたいが今はそうじゃない、と、朝季も同じように、笑みを返す。
「状況わかってます?」
「そっちこそ。引き金をひけば自分がどうなるか、想像つかないわけではないだろう?」
「根本的なものが違うと言いながら、あなたは俺と夕季を重ねている」
「似ているからねぇ」
「だけど夕季の時とは違う。俺はあなたを恨んでいる、撃つための理由がある」
「朝季!」
引き金をひくと思ったのだろう、凪が朝季の腕に飛びついた。
銃口はそのまま、朝季は凪に目を向ける。
「やめてよ……お父さんだよ、私のお父さんなの」
「うん、知ってる」
「だったら」
「凪、夕季は俺の兄だったんだよ? やめてって言えば、夕季は殺されなかったのかな?」
「……ごめん」
溢れる涙を片方の手で涙をぬぐい、もう片方の手で朝季の腕を強く掴んだ。
「でも殺さないで。お願いだから」
「殺さないでって言えば次は自分が殺される番になった。俺たちは、東京内戦に巻き込まれてる
「……わかってる」
ポタッと、凪の涙が床に落ちる。
「私だってこの街に来て……当事者になったから、ちゃんとわかって……」
「うん、だから、当事者になってもらおう。凪みたいに他人の傷に涙を流せる人もいるだろうけどきっと、人類の大半は、自ら
そう言って、朝季は凪の額に銃口を突きつけた。
「え?」と目を丸くするする凪。
身を乗り出したのは、扉の前にいた背広の男だった。
「……動じませんね?」
朝季の言葉に、洋は目を細める。
「なにが目的かな?」
「あなたの良心に、訴えています。俺、思うんです。死ぬことは怖い、けれどそれ以上に人間は、大切な人を失うことを怖れる」
「そういう人間もいる、だろうね」
「あなたもそうでしょう? 身内が犠牲になってようやく、俺の言葉が理解できる」
「……そうかもしれないね」
洋の顔からは笑みが消えていたが、狼狽している
目線も変わらず朝季を見つめていた。
凪のほうは本当にわけがわからないというふうに、朝季を見上げる。
「凪、ソバメって覚えてる?」
「え、え? そば……」
「ここに来てわかった、俺はこの男を許さない。今日、今この瞬間に
無表情で語り、朝季は撃鉄に手をかけた。
わけがわからないなりに、凪は必死に考えた。
朝季の言いたいこと、やりたいこと。
ソバメ、側目。確か以前、南域移籍を懇願しに行った日、冬那に言われた……
第三者の目?
はっとして目を見開いたとき、額に突きつけられている拳銃を誰かの掌が覆った。
その手は朝季から拳銃を奪い取り、勢いで床に膝をつく。
「……なにをしている?」
酷く不機嫌そうな声で洋が言った。
銃を奪ったのは、扉の前に立っていた背広の男。
「あ……いや」
男は拳銃を胸に抱え、我に返って洋を見上げる。
「申し訳ありません。ただ、これはさすがに、どうかと。お嬢様が危険に」
「まぬけが」
低い洋の声に、背広の男は萎縮して拳銃を握りしめる。
目が泳ぎ、酷く怯えていた。
「彼が凪を撃つはずがないだろう。それがわかっていたから私は動じなかった」
「しかし、彼が本気で復讐を考えていたら。間違えて撃ってしまったら」
「彼がそんなミスをするわけないだろう」
「もう一回やりましょうか?」
朝季が洋に銃口を向けて言う。
今度は白い、景子の愛用している空気銃。
「ミスしたらすみません」
「……なんのつもりかな? 凪、お前はわかっていたのか?」
惚けた顔の凪だが、洋の言葉にさっと耳を塞ぐ。
「会話はしない、か」
それを横目で見つめ、朝季は笑みをこぼした。
「ごめん、凪」
そっと前髪に触れ、額が傷ついていないことを確認する。
唇の動きから言葉を読み取り、凪はコクコクと頷いた。
「なんとも思われなかったのですか?」
背広の男が呟いた。目線は下、彼を見つめている洋の表情は酷く不機嫌なもので。男は顔を上げることが出来なかった。
「たとえ真似事だとしても自分の娘が危険に晒されて、なにも感じなかったのですか?」
「問題ないと思っていたが?」
「私には娘がいます。彼女が同じ状況になった場合、耐えられません」
「どうした? 感情移入でもしたか? 凪と自分の娘を重ねて?」
「私は自分が正しいと思ってこの街を支配してきました……他人に目を向けなければ、自分だけの利益を考えたら、正しい道だったかもしれない……だけど世界は回っていて、その中には自分じゃない他者もいて……傍観者を、やめようと思いました」
男が顔を上げ、凪を見つめた。
じっと目線が絡み合ったあと、男が呟く。
「テレビ配信、かっこよかったですよ」
眉をひそめたのは洋だけではない、朝季も同様の仕草を見せる。
「……テレビ配信?」
「拙いですが、これが今の私にできる精一杯の考えです。今まで申し訳なかった」
男は拳銃を床に置き、涙を流して凪に向かって土下座した。
耳を押さえていたせいで男の声を聞き取れなかった凪の手を、朝季が掴む。
「テレビ配信ってなに?」
「え? あぁ、さっきの……あれリアルタイムだったの? ていうか本当に流れたの?」
「リアルタイム?」
「えっと、斗亜さんと二人で演説を……あ、すみません。頭上げてください」
床に顔を伏せる男の肩に凪が手をかける。
わたわたと会話する朝季と凪の背中を見つめ、洋は舌を鳴らした。
「テレビ、配信?」
次の瞬間、机上にあるパソコンが起動した。
機械音を立て、自動でパスワードが入力される。デスクトップに画像が現れると同時、ノイズの入った音声。
『よかった、ちょうどいいタイミングだ』
「茉理?」
腕に話しかける朝季だが、そこにあるはずの通電機は今は付いていなかった。
『朝季か、無事に着いてよかった……無事でよかった』
安堵のため息のあと、茉理は再び話を始めた。
『すみません、洋さん。パソコン乗っ取ってました、随分前から』
「見ればわかる。他人は信用ならないと、お前にメンテナンスを任せたのが失敗だったな」
『そうですね。でも相手が誰であっても、同じ結果になっていたと思いますよ。あなたはこの街一番の傍観者だから』
カタンと大げさにキーボードを押す音。空中にヴンッと、映像モニターが浮かび上がった。ウィンドウの数は二十を超えており、全てのモニターに現在の東京の街の様子が映し出されていた。
斗亜が解説をしている東京案内の他に北基地で制圧されている支配者側の人間。東基地で言い争いをしている学医たち。
南基地では、白黒混じった服装の
『基地には普通の人間もいる、ここで抑えよう』
そう叫んだ兵士の身体が次の瞬間二つに割れたが、生き残った者は戦いを続けた。
自分が生きるために他人を殺してきた少年少女たちが、自分じゃない誰かを殺されないために戦っていた。
『他の方法があったと思うんですよ、模擬戦』
モニターの一つ、甲高い女性の声が響いた。
そちらに目を向けると洋のちょうど眼前にあるウィンドウに、冬那が映っていた。彼女がいるのは反乱軍西軍基地、反乱軍総括長室。対峙するのは反乱軍の最高権力者、軍長と呼ばれる初老の男。
ハゲかけた頭に、ぽっちゃりというよりは肥満体型のその男は、眼前に向けられた銃口を見つめて後退る。
「虚偽の戦場、恐怖の街を作り上げなくてもこうして……例えばなにか共通の目的を定めるとか、殺さない程度の対戦をしたり。富国強兵って他になにか、もっといい方法があったと思うんですよ」
冬那の言葉に、軍長の男は睨みをきかせる。
「馬鹿が。これが最善だろう! 極限状態にならないと人間は力を発揮しない。殺し合わせて追い込むことで、死なないための方法を
「監視カメラ、盗聴器の存在に気付いた反乱軍の
「息苦しい? 道具が生意気な」
「政府軍に至っては、隠すこともなく目の前で惨殺してましたね。最初の訓練はバトルロイヤル。東京入りした人間のほとんどが政府軍に配属されるのに、一年後の生存率は反乱軍のほうが圧倒的に多い」
「お前、それ……」
「データとってました。死亡日時も理由も、彼らの個人情報とともに。あ、ちなみにこれ、さっき間違えて田舎のメディアに送っちゃいました」
「……は?」
「極秘事項だったのにごめんなさい。今日中には、田舎の人たちも東京の街の仕組みを知るんじゃないかなぁ? そういえば殉職者名簿とともに、システムの概要や他の機密書類も添付しちゃったぁ。あれ、全ての書面に軍長の名前載ってますよね? 最高責任者として」
「最高責任者は、白川で……」
「洋さんはあなたの決定に反対してましたよ? 名前だけの責任者、有無を言わさず人を殺してたのは、軍長ですよね?」
「……冬那、貴様」
「きゃははは! 洋さんを名前だけの責任者にしてるくせに、名前は俺の名義で、俺を立てろ、とか出しゃばるから!」
「くそ、どいつもこいつも馬鹿ばかりで……お前ら全員、殺してやるからな!」
「えー? どうやって? あなたが恐怖で支配して作り上げた従順な
「
「だから、その他の上層部さん? もうほとんど拘束されてますよ?」
「……は?」
「安心してください。皆さん元気に生きてます。大半はあなたに不満を持っていたけど逆らえない方々だったので、円満に解決しました」
「なんだと……」
「あなた、その地位に満足して考えることをやめたでしょう?」
蹲み込んだ冬那が、にこっと微笑んで軍長に目線を合わせる。
その次にすっと、顔から表情を消した。
「考えることを始めた、生きようと必死にもがく人間はとっても強いんです。あなたよりよっぽど人間らしい、私たちが……彼ら
その言葉のあと、冬那を映し出していたモニターが消えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます