24.「真実へ」


 政府軍域内。以前は首都高速道路として使われていたコンクリートの下を通り抜けたところで、斗亜が足を止めた。


「おかしいな。政府軍黒兵の数が少なすぎる。中央でなにかあったかも」


 遠くを見つめる斗亜に倣い、朝季と景子も振り返る。

 ちょうどその時、南東方面から爆発音が響き、しばらくして黒煙が上がり始めた。


「予感的中か、斗亜」

「だな。研究所のほうだ。南に逃げ出して暴れたヤツいるだろ、未完成の人造人間兵器アーティフィシャルアテンダー、アレらを作ってる場所だ」

「作ってるって……まさか今もまだ?」

「百体くらいあったかな。アレが来るならヤバイな、かなり強い」


 ケラケラと笑う斗亜。

 朝季と景子は目を見合わせた。


「斗亜、今さらだが中央を目指す理由は?」

「黒幕がいるんだ。まぁ、そっちは偽りだけど」

「黒幕?」

「戦場の街を企画した人間 、東京の街を管理している偉いヤツだ。たどり着いたら話くらいは聞いてくれるだろうって」

「話ってまさか、俺に説得させるつもりじゃないよな? 東京内戦をやめてくれって」

「そんなことで終わるわけないだろ。黒幕の心を動かすのはオマエじゃない。武器を作らない最終兵器がいる」

「武器を作らない最終兵器?」

「行くだろ、とりあえず」


 走り出す斗亜、その後を追う朝季。


「隊長、私が言うのもあれですが……大丈夫でしょうか?」

「お前が言うことじゃないだろ、本当。まぁ、斗亜あいつにしては説明に納得がいく。それに俺は夕季が見た景色を、同じ場所に行きたい」

「……はい」


 それ以上は喋らず、ひたすら先へ進んだ。

 山手線から五キロ南下したところで、朝季たちは再び足を止めた。行手を阻んでいたのは、黒服を纏い人間の形をした生き物。

 橙色に爛れた皮膚、口は頬の位置まで裂けていて、眼球は全て黒色に染まっていた。右手で掴んでいるのは頭部だけの人間が三人、左手には肢体のついた政府軍の黒兵が二人。


人造人間兵器アーティフィシャルアテンダーだ、未完成の」


 斗亜が言った。それと戦ったことがある朝季は軽く身をひき警戒態勢に入る。人造人間兵器アーティフィシャルアテンダーを初めて目にした景子は息を呑んで佇んでいた。

 人造人間兵器アーティフィシャルアテンダーに捕らえられている黒兵の一人は意識があるようで、斗亜に目を向けた。


「ヒサンだな。なにがあった?」


 斗亜の言葉に、黒兵の少年が軽く頷く。


「作戦に反対した学医が研究所の壁を破壊しました。百三体中半数弱が動き出して、各方面に散らばりました」

「壁壊した学医は?」

「死にました、一番最初に」

「だろうなぁ。ヤケになったらオワリだ。で、オマエらは?」


 斗亜の言葉に、黒兵は涙を浮かべる。


「すみません、斗亜さん。声かけてくれたのに。水槽から出ようって、話してたのに」


 言葉の途中で、人造人間兵器アーティフィシャルアテンダーが彼の心臓を踏み潰した。口元から血が溢れ出る。

 斗亜は笑みを浮かべていたが、黒兵の表情がなくなったことで唇を結ぶ。


「ここは水槽の中だから。時々ピラニアが現れてそれに怯えて暮らさないといけない場所だから、殺される前に飼い主に噛み付こうって、ロマンチックなヤツだったんだ」


 ザッと一歩、前に歩み出る。


「そしたら別のヤツがライオンとシマウマが共生するサファリパークだとか、バルコニーにぶら下げられた鳥籠だとか、誰が一番うまく例えれるかで盛り上がった。政府軍の環境は反乱軍と正反対の牢獄になってて、初めて誰かと冗談言い合って、アイツら全員、笑いながら泣いてた」


 昨日のハナシだ、と言いながら斗亜が飛び上がる。

 翼を模した紙切れの集合体を背中で羽ばたかせ、宙を舞った斗亜が高い位置からライフルを連射するが簡単に避けられ、打ち損じた一発が黒兵の顔に当たった。

 爪先から針金を生やし十本のそれが至る場所から人造人間兵器アーティフィシャルアテンダーに伸びるが、黒兵の身体を盾にして防御した。

 斗亜の爪の刃が黒兵の身体を突き破る。


「……ヒサンだな」

「ムセイゲンノ、アテンダー」


 そのとき突然、人造人間兵器アーティフィシャルアテンダーが声を発した。

 斗亜は後ろに飛んで間合いをとる。


「ビデオ、ミセラレタ。コンな風ニ戦え。オレ失敗ダカラ廃棄。羨まシ、カンペキな人間になれた兵器」


 どこかで聞いたことのある台詞に、朝季はゾクリとして身を引いた。そんな朝季の眼前に、まるで瞬間移動のように人造人間兵器アーティフィシャルアテンダーが姿を現わす。

 人間の目で追える速度ではなかった。斗亜と景子は人造人間兵器アーティフィシャルアテンダーの姿が消えたことで、辺りを見渡す。

 ただ一人、朝季だけがその動きを追い、しかし逃げることが出来なかった。


「羨まシい交換してくれ」

「は?」

「部品がホしイ。ウラヤマし羨ましイコウカんして」

「なに……言ってる?」

「おマえの体、ほしい。そシタラ、完全なアテだーに生きル、カエれル」

「生きかえる? ……っ」


 頭痛がして、朝季はその場に蹲った。

 その間も、片言の言葉を浴びせる人造人間兵器アーティフィシャルアテンダー


「部品があれば、心臓が……俺の、身体があれば」


 頭を抱えたまま呟く朝季の髪に、人造人間兵器アーティフィシャルアテンダーの指が触れた。

 瞬間的に朝季は起き上がり、人造人間兵器アーティフィシャルアテンダーの首を掴んだ。


「隊長?」


 景子が駆け寄ろうとしたが、朝季の鋭い視線に背筋が凍り、その場に立ちすくんだ。

 両手に力を入れる朝季。

 人造人間兵器アーティフィシャルアテンダーはジッと朝季を見下ろし、小さく呟いた。


「……カエリタイ、のに」


 その言葉に、朝季は目を見開いた。

 聞き覚えのある、生まれる前に聞いた言葉。

 死んだ人間の細胞を使って作った人造人間兵器アーティフィシャルアテンダー、死んだ人間の、意思。


「……ごめん」


 人造人間兵器アーティフィシャルアテンダーの身体から力が抜け、涎が地面に落ちる。朝季が手を離すと、その身体はぐしゃっと地面に落ちた。

 景子が近寄ろうとするが、朝季は片手を上げてそれを制す。


「悪い、景子。先に行ってる」


 次の瞬間、朝季の姿がなくなった。

 背後まで確認するが、どこにも見当たらない。


「動体視力弱いな、オマエ。中央に向かったよ。殺さなかったんだな、すげーな」


 上下する人造人間兵器アーティフィシャルアテンダーの肩を見ながら斗亜が言う。


「……なぁ、政府軍の環境ってどんなだったか知ってる?」

「後で聞かせてください。私はもう、逃げたくない」


 カチ、と空気銃を構える景子。

 銃口の先で、黒い影が飛び跳ねた。


「ここを生き延びればきっと、自由にゆっくり、お喋りできると思うので。女子会しましょう」

「すげー、いいな、ソレ。政府軍に僕の妹分がいるんだけど、ソイツも呼んでいいか?」

「私は喋りませんけど、ぜひ」

「楽しみが一つできたな……生き抜こうか、ケーコ。偽りの戦場を」


 斗亜が回転式拳銃を作り出して引き金を引くと、出てきたのは空気弾。ビー玉大のそれが七発、人造人間兵器アーティフィシャルアテンダーに向けて飛んでいく。

 目を丸くする景子に、斗亜が笑みを見せる。


「オマエと同じ白銃にはならなかった。けど、連射と匂い弾は覚えた」

「……匂い弾、いま必要ないですよね?」


 斗亜から目線を外し、景子は面倒くさそうにため息をついた。


「生き抜いて世界を変えましょう。偽りの色で塗りつぶされたこの街を、白に」


 同時に発砲する景子と斗亜。二、三発打ったところで、互いに目配せを交わした。景子が一歩前に突き出て、白銃をくるくると回す。

 弾倉に追加されていくカラフルな色の空気弾を一瞥した斗亜は地面を蹴って人造人間兵器アーティフィシャルアテンダーに向けて飛び上がる。

 景子のそばを通り過ぎる際、彼女の空気銃に手を添えて。


「いちお聞くけど、最初の弾は麻酔の類だよな?」

「正解です。随分前、貴女と対峙した際に隊長が使用した弾です」

「りょーかい」


 景子が引き金をひく、その弾道上に斗亜が飛び乗った。

 直径一メートルある弾丸が周囲の空気ごと人造人間兵器アーティフィシャルアテンダーを取り囲み、景子がさらに別の弾丸をぶつけて動きを封じた。


「次は連射します。当たったら死ぬやつです」

「硫酸だな」

「それも含め色んな種類ありますが、貴女にぶつけるわけじゃないので割愛します」


 景子の放った弾は全て、人造人間兵器アーティフィシャルアテンダーの手で軽々握りつぶされた。ジュッと音を立てて消える弾丸。その頭上から斗亜が大鉈を振りかざすが、やはり易々と素手で受け止められる。

 その隙を狙って発砲した景子の弾も、反対の手で弾かれてしまった。

 人造人間兵器アーティフィシャルアテンダーの背後に着地した斗亜が、ケラケラと笑声をあげる。


「すげー、死角がないな」

「でも頭は悪いみたいですね、早く捕らえてください」

「りょーかい」


 地面に手をついた斗亜が、そこから糸を引っ張り上げた。ボコっと土が盛り上がり、地面の下から出てきた網が人造人間兵器アーティフィシャルアテンダーの身体を包み込む。

 飛んで逃げようとした人造人間兵器アーティフィシャルアテンダーだが、景子の発砲した弾が頭上を掠め頭を上げることができず、斗亜が網をキツく縛り人造人間兵器アーティフィシャルアテンダーの身体を拘束した。

 そして最後の仕上げというように、人造人間兵器アーティフィシャルアテンダーの頭部に麻酔をかぶせる。

 瞬時、気を失った人造人間兵器アーティフィシャルアテンダーが地面に倒れ込んだ。


「余裕でしたね」


 景子の言葉に、斗亜はニィッと笑みを浮かべる。


「僕ら人間兵器アテンダーと同じで強い弱いの差はあるからな」


 そして背後に振り返る。

 斗亜の視線を追う景子の目に入ったのは、白羽織が二着とピンク羽織一着。


「サルとEMPと……凪、貴女どうして戦用人間兵器アテンダーを示す白羽織着てるんですか?」

「白が似合うって朝季に言われたから!」

「てめぇ、景子! サルって呼ぶなって言ってんだろ!」

「EMPでも一種だからな、医者だからな俺。ついでに修二って名前もあるからな」


 景子に追いついた凪とたすく、修二はそこで足を止める。しかし安堵したのもつかの間、斗亜の存在に気付いたたすくが身を引き、武器を生成し始めた。

 だがその右腕を景子に、左腕を凪に掴まれた。


「攻撃しちゃダメ、たすく君」

「この人は敵ではないです」

「な、んだよ、お前ら。どういうことだよ?」

『政府軍って……斗亜! そこいるのか?』


 緊迫した茉理の声に、斗亜は軽い調子で「はーい」とたすくの通電機に呼びかける。


『お前、通電機は?』

「途中で電池切れたから捨てた」

『ソーラー式だ、バカ! 景子の声がするってことは、朝季とも合流できたんだな?』

「アサキなら先に行った。人造人間兵器アーティフィシャルアテンダーと戦ってる最中に頭おかしくなってた」

『頭おかしくなった? どういう状況だ?』

人造人間兵器アーティフィシャルアテンダーと戦って、そのまま一人で中央を目指しました」

『一人で行ったのか、まあ、問題はない。凪ちゃん、行ける?』


 話しを振られ、凪は慌てて通電機に駆け寄る。


「大丈夫です、行きます」

『じゃあ斗亜、なにかあれば凪ちゃんを援護してくれ』

「ナギ? ああ、このオンナがそれか」

『もしもの時は二手に分かれろ。敵にぶつかった場合、凪ちゃんは中央に進んで、斗亜はそれについて行って援護。残りは人造人間兵器アーティフィシャルアテンダーが現れた時のために常に三人で行動しろ』

「なんで凪が中央に行くんだよ? 一番戦えねぇやつだぞ?」

「偽りの戦場を終わらせるんだよ」


 たすくの問いに答えたのは凪だった。たすくはじっと、凪を見つめ返す。


「だから、そのためになんでお前が行くんだよ?」

「冬那さんが言ってたの。黒幕は私の……」


 言いかけたところで、ザアアッと突然の豪雨に襲われた。

 一同唖然となり、空を見上げる。多少の雲はあるが雨を降らせるような分厚い雲はない。


「これ、なにかの薬品混じってたらヤバイですね」


 景子の呟いた一言にはっとし、斗亜が硝子板を作って雨を凌いだ。


「オマエら、三人だけで戦える?」


 頭上を見て笑みを浮かべる斗亜が言った。つられて顔を上げた面々がに気づいて硝子板の下から抜け出す。

 斗亜は凪を抱え真横に飛んだ。凪たちの頭上にいた人造人間兵器アーティフィシャルアテンダーの一体が、硝子板を割って地面に着地する。

 異常なほど黄色い肌、黒目の眼球。


「僕戦ってもいいけど……マツリ、どうする?」


 大声を張り上げると、たすくの腕にある通電機がジジっと鳴った。


『たすく、いけるか?』

人造人間兵器アーティフィシャルアテンダーだろ? 無理に決まって……」

「いけます、三人で。さっき戦ったのより動きが鈍い、このメンバーならいけます」


 空気銃を右手に持ち、景子は斗亜に視線を送る。


「隊長を追うんでしょ? 先を急いでください」

「おい、景子」

「幹部レベルの戦用人間兵器アテンダー三人とEMPが一人。充分な戦力です」

「え、待って。俺、戦用人間兵器アテンダーとEMP、一人二役になってんだけど」

「期待してます、元特攻隊長」

「いやいやいや、だから! 俺の身体は一つだから! 俺はEMPであって……」

「戦用人間兵器アテンダーでもあるだろ、修二お前は」


 火炎放射器をぶっ放しながら修二に目線を送るたすく。

 それを援護するように、景子が空気銃を撃った。


「てことで、凪、斗亜」


 目線は人造人間兵器アーティフィシャルアテンダーに向けたまま、景子が言う。


「隊長をよろしくお願いします」

「こっちは心配ねぇ。つーか、てめぇらこそくたばんなよ」

「え、いや、マジで? 三人で戦うの、このバケモノ相手に?」


 攻撃を続ける景子とたすく、その背後で頭を抱える修二。


「いってきてください」

「いってこい」


 真実へ――…と、背中で凪たちに語りかけた。


「ありがとう、いってきます!」


 斗亜に抱えられたまま、叫ぶ凪。


「ぐっとらっくー」


 凪を抱えたのと反対の手をヒラヒラさせ、走り出す斗亜。


「マジで?」


 修二は去った二人の背中を見送り、目の前にいる二人の背中に目を向けた。


「あ、頑張って……」

「なにいってるんですか?」

「接近戦はお前の専門だろ?」

「いってきてください」

「いってこい」


 元特攻隊長――…と、二人分の声が修二を前に突き出した。


「行きたくねぇー、なにこの死亡フラグ」

「安心しろ、修二。そういうこと言ってるやつは大抵死なない」

「貴方に突き刺さってるのは逆死亡フラグです」

「逆死亡フラグってなに⁉︎ 突き刺さってるってダメじゃん! あぁ、こんなことなら×–––とかやりたかったし女の子の×––とかみたかったし」

「なんですか、貴方。気持ち悪いですよ」

「あー、景子。お前知らねーだろうけど、これが修二の通常運転だ」

「キモいことがですか? そしてサルもその仲間なんですか?」

「俺は違う! つーかサルって呼ぶな!」

「やめて、俺のために争わないで!」

「キモいこと言ってんなよ、修二!」

「フラグ折りますよ? さっさとやってきてください」


 ドンっと背中を蹴られ、再び人造人間兵器アーティフィシャルアテンダーと対峙した修二。


「あっはは、救護班……元特攻隊唯一の生き残り、がんばりまーす」


 涙目で、人間とは思えない風貌をした男と向き合った。

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