23.「盛大な模擬戦」
*
政府軍域を南下する凪とたすく、そして修二。
縦位置マイナス5の場所に入ってすぐ、たすくの通電機に茉理から連絡が入った。
『必死になってるところ悪いんだけど』と、申し訳なさそうな茉理の声。
『景子の特攻、あれ冬那が仕組んだ嘘だから。朝季を舞台に上がらせるための』
「はぁ? 嘘?」
冬那から全事情を聴いていた凪は、素知らぬ顔でたすくから目を背ける。
「よし、じゃあ行かなくてもいいってことだな。帰ろう」
『修二、お前……知ってるよな?』
修二が立ち止まったことにより、凪とたすくも足を止めた。
じっと遠くを見つめていた修二が、両手で頭を抱えて項垂れる。
「成功すんのか、これ」
『……最善を尽くす』
「大丈夫って言えよ。俺、あの頃より知恵が付いてるからな? 今度は逃げ出すぞ、それともそんな間もない公開処刑になんのか、今回は」
「なに言ってんだ、修二」
「だから、特攻隊だったんだよ、俺。必死隊って呼ばれてた、処分対象者を詰め合わせた部隊の」
「はぁ?」
疑問符を浮かべているのはたすくだけだった。
黙って俯く凪と、ため息をつく修二。
「茉理、こいつマジで、なにも気付いてねーってよ」
『……わかってる』
「はぁ? なにがだよ?」
「たすく君、私たちって、どうして戦ってるの?」
凪の言葉に、たすくは宙を睨んで考えを巡らせた。
しかしどうやっても、答えは出てこない。ただ戦えって言われたから、戦闘時間になったら戦地に行って帰ってきて普通に生活して……。
「孤児院出身は洗脳が強えからな。単純なやつはすぐに騙されて、自分で考えることをやめる」
頭をガシガシとかきながら言う修二。
やがて通電機から、茉理の声が響いた。
『答え合わせをしよう。まず、この東京内戦は……盛大な模擬戦だ』
とりあえず足を進めてくれと言われ、凪とたすく、修二は中央を目指して南下を続けた。
走りながら、茉理の説明に耳を傾ける。
核兵器のような物、と茉理は言った。
異邦国への牽制のための、その武力維持の戦闘。毎日通達される軍事計画、戦闘が行われるのは山手線、互いの境界線付近のみで奥に攻め入ることはほとんどない。
稀に特攻する兵が四面楚歌状態で捕虜になるが、その身柄はすぐに上層部に引き渡される。それ以前にその役に選ばれた者は大抵、処分対象者だ。
年齢制限や負傷で引退した
「でも、ここまで気付いてないやつって逆にすげーよな」
修二の言葉に、たすくは足を進めたまま振り返る。
「さっき孤児院がどうの言ってたけど、修二。お前だって俺と同じ施設出身だろ?」
「俺はお前らと違って頭いいし勘が鋭いんだよ。だから特攻隊なんて特殊な配置に、ブラックリストに入ってた」
「……特攻隊だったやつらって、修二以外……」
「死んだな。当然だろ、それが目的だったんだから」
そらならばなぜ、修二はここにいるのか。そう思った凪とたすくだが、声には出さなかった。
疑念に応えるように、茉理が声を発する。
『修二の場合は執行人だったあいつの気まぐれ……運が良かった、本当に。反逆を起こす素行もないってことで処分保留、現在も監視対象には変わりないけど』
「はぁ? 処分? 監視対象?」
『たすく、先週殉職はやつらのことは聞いたよな? お前、北にいた頃、あいつらに余計なこと言ったろ?』
「余計なこと?」
『こっちの防衛計画バレてないか、と。それで気付いたたらしい、この街のシステムに』
「だから、気付いたこととあいつらの死になんの関係があんだよ」
「マジで言ってんの、お前。そりゃ殺されるだろ、システムが崩れるかもしれないんだから。気付いただけで黙ってりゃ文句ないだろうけど、正義感のあるやつはおかしいって声上げて、戦場から抜け出そうとするだろ? 上層部に歯向かおう、内戦を終わらせようって周りに声かけるやつもいるかもしれない」
『それを阻止するために、お喋りな人間は即殺処分してきた。修二みたいにおとなしいやつは、監視対象として生き伸びれるけど』
「黙ってれば死ななかったのにな」
『修二、言葉を慎め。……運が悪かった、この街はおかしいと相談した相手が監視者で、盗聴器にも会話が録音されていた』
「監視者? 盗聴器?」
『この仕組みに気付きそうなやつ、反逆を企てているやつを炙り出す上層部派のやつらだ。反乱軍にも政府軍にも一定数潜んでる。警察隊は訳あり部隊、ほとんどが弱みを握られて従ってる』
「盗聴器は?」
『基地や宿泊所、戦場となってる街、東京中の至る所に盗聴器が仕掛けられていて、妙な会話をしてるやつはそれで監視対象になって確定した後、殺処分になる」
「んだよ、それ……」
「うわぁー、たすく気付いてなかったのか。逆にうらやましぃー」
「うるせーな、修二! ……ちょっと待て。凪おまえ、南基地の談話室で変な話してたよな?」
凪が足を止めたことで、たすくと修二が振り返る。
しかしすぐに、たすくは自分の言葉が失言だったと気が付いた。
「あのとき、三次くん……たすく君は大丈夫って、言ってた」
「……悪い。お前を責めてるんじゃねーよ……悪い」
「え、凪、南基地で変な話してたの? なに?」
「先輩、こんな時に下ネタやめてください」
「言ってないだろ、今! じゃなくて凪、それならなんでお前、まだ生きてんの?」
凪の指が、かすかに動く。
震えを押さえつけ、凪は顔を上げた。
「中央に、私を連れて行ってください」
「「は?」」
「私は最初から、傍観者じゃなかったから」
走り出す凪。
たすくと修二は不審に思いながらも、その後を追った。
「修二は気付いてたんだよな?」
たすくの質問に、修二はわざとらしく顔を背ける。
「気付いてないやつが大多数じゃね? 戦場って割には楽しい街だからな、ここは。差別もイジメもない、そんなことする奴は速攻で殺される」
「はぐらかすなよ、今はお前の話してるんだ」
「……黙ってりゃ生きていけるからな、この街は。俺らは殺されない方法を知ってる。明日殺されるのは自分じゃない、だから大丈夫」
「でも、隣にいるやつが殺されないとは……」
「他人事なんだよ、よっぽどの仲じゃない限り、知らない誰かの傷なんて! だから俺、男と仲良くするの嫌だったんだよ。情が移るから」
「……胸糞悪りぃな」
ぽつりと呟き、たすくは正面を睨んだ。
奇襲で荒れた街、日本国の首都だった場所、東京。
「つーか、それでよく八年も続けられたな。普通、おかしいって気付くだろ」
「たすくお前、今まで気付いてなかったんだよな?」
「……普通、誰かが気付いておかしいって声あげるだろ」
『田舎への報道、情報操作は徹底的に管理してきた。同じ日本でも関東に近づかなければ問題ない、田舎は平和だと。さらに東京に来るのは犯罪者や身寄りのない人間、消去が不自然になるような人材は東京送りにしない。有罪者が東京に送られましたって報道はしないから。ね、凪ちゃん』
「え? あ、はい……私も、逮捕された後はその人がどうなってるか知らなかったし、転校した子と連絡取れなくなったのも、特には……田舎はいつのまにか、傍観者の町になってて」
『生き物とは本来そういうものだからね。自分が生き延びるために、我が子を敵の中に放り投げる動物だっている』
「でも人間だろ、俺らは……いや、考えることをやめた俺はもう、人間じゃなくなってたんだな」
「サルって呼ばれてるもんな、たすく」
「空気読めよ、修二! 今それ関係ねぇ話だろ!」
胸糞悪りぃと舌打ちをするたすくが、通電機の向こう、茉理に話を振る。
「つーか今、その恐れてたことが起こってんじゃねーの? 戦いを終わらせようって、徒党組んで反旗を翻すやつらが」
『俺と冬那が主導だ。今日、東京内戦を終わらせる』
「……そうか。悪いけど、俺はお前らの敵かもな」
『敵?』
「戦場がなくなったらどうやって暮らしていけばいいんだよ、俺ら。なんの取柄もないままでかくなっちまった餓鬼だぞ」
途端、凪がたすくの腕を掴んだ。
驚いたたすくは、足を止めて凪と向き合う。
「海をね、見に行くんだよ」
「は? 海?」
「巨大カニをもう一度、見に行くの。あとね、神社に狐がいるんだよ」
「狐? なんの話だ?」
「大丈夫だよ、たすく君は大丈夫」
「……あー、もう。わけわかんねぇ、けど、付き合ってやるよ……だからお前、死ぬなよ?」
深く頷く凪。
次に、小さく仕舞っていた白羽織を取り出してそれを羽織った。
背中には[NT]の文字。
「お前、それ」
「朝季がくれたの。私には白が似合うからって。行こう」
駆け出す凪の背中を茫然と見つめていたたすくの通電機が、ジジっと音を立てた。
『取柄がない、ってことはないと思うぞ』
そっと窺うような、茉理の声。
『居場所がなくなりそうで怖いって気持ちはわかる。だからこれが終わったらちゃんと、お前に見合った仕事紹介してやるから』
その言葉に、固まっていたたすくの表情が緩んだ。
「なんだよ、それ」
一頻り笑った後、凪を追って地面を蹴った。
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