23.「盛大な模擬戦」



 政府軍域を南下する凪とたすく、そして修二。

 縦位置マイナス5の場所に入ってすぐ、たすくの通電機に茉理から連絡が入った。


『必死になってるところ悪いんだけど』と、申し訳なさそうな茉理の声。


『景子の特攻、あれ冬那が仕組んだ嘘だから。朝季を舞台に上がらせるための』

「はぁ? 嘘?」


 冬那から全事情を聴いていた凪は、素知らぬ顔でたすくから目を背ける。


「よし、じゃあ行かなくてもいいってことだな。帰ろう」

『修二、お前……知ってるよな?』


 修二が立ち止まったことにより、凪とたすくも足を止めた。

 じっと遠くを見つめていた修二が、両手で頭を抱えて項垂れる。


「成功すんのか、これ」

『……最善を尽くす』

「大丈夫って言えよ。俺、あの頃より知恵が付いてるからな? 今度は逃げ出すぞ、それともそんな間もない公開処刑になんのか、今回は」

「なに言ってんだ、修二」

「だから、特攻隊だったんだよ、俺。必死隊って呼ばれてた、処分対象者を詰め合わせた部隊の」

「はぁ?」


 疑問符を浮かべているのはたすくだけだった。

 黙って俯く凪と、ため息をつく修二。


「茉理、こいつマジで、なにも気付いてねーってよ」

『……わかってる』

「はぁ? なにがだよ?」

「たすく君、私たちって、どうして戦ってるの?」


 凪の言葉に、たすくは宙を睨んで考えを巡らせた。

 しかしどうやっても、答えは出てこない。ただ戦えって言われたから、戦闘時間になったら戦地に行って帰ってきて普通に生活して……。


「孤児院出身は洗脳が強えからな。単純なやつはすぐに騙されて、自分で考えることをやめる」


 頭をガシガシとかきながら言う修二。

 やがて通電機から、茉理の声が響いた。


『答え合わせをしよう。まず、この東京内戦は……盛大な模擬戦だ』


 とりあえず足を進めてくれと言われ、凪とたすく、修二は中央を目指して南下を続けた。

 走りながら、茉理の説明に耳を傾ける。


 人間兵器アテンダーを投入したこの戦いの本当の目的は、日本の軍事力を維持するためのもの。世間には曖昧な理由で誤魔化しているがそれはこのシステムを気付かれないようにするための嘘で、いつまで経っても決着が着くことはない。

 核兵器のような物、と茉理は言った。

 異邦国への牽制のための、その武力維持の戦闘。毎日通達される軍事計画、戦闘が行われるのは山手線、互いの境界線付近のみで奥に攻め入ることはほとんどない。

 稀に特攻する兵が四面楚歌状態で捕虜になるが、その身柄はすぐに上層部に引き渡される。それ以前にその役に選ばれた者は大抵、処分対象者だ。

 年齢制限や負傷で引退した人間兵器アテンダー達がその後どうなったのか、戦闘区域の人間が知らされることはない。


「でも、ここまで気付いてないやつって逆にすげーよな」


 修二の言葉に、たすくは足を進めたまま振り返る。


「さっき孤児院がどうの言ってたけど、修二。お前だって俺と同じ施設出身だろ?」

「俺はお前らと違って頭いいし勘が鋭いんだよ。だから特攻隊なんて特殊な配置に、ブラックリストに入ってた」

「……特攻隊だったやつらって、修二以外……」

「死んだな。当然だろ、それが目的だったんだから」


 そらならばなぜ、修二はここにいるのか。そう思った凪とたすくだが、声には出さなかった。

 疑念に応えるように、茉理が声を発する。


『修二の場合は執行人だったあいつの気まぐれ……運が良かった、本当に。反逆を起こす素行もないってことで処分保留、現在も監視対象には変わりないけど』

「はぁ? 処分? 監視対象?」

『たすく、先週殉職はやつらのことは聞いたよな? お前、北にいた頃、あいつらに余計なこと言ったろ?』

「余計なこと?」

『こっちの防衛計画バレてないか、と。それで気付いたたらしい、この街のシステムに』

「だから、気付いたこととあいつらの死になんの関係があんだよ」

「マジで言ってんの、お前。そりゃ殺されるだろ、システムが崩れるかもしれないんだから。気付いただけで黙ってりゃ文句ないだろうけど、正義感のあるやつはおかしいって声上げて、戦場から抜け出そうとするだろ? 上層部に歯向かおう、内戦を終わらせようって周りに声かけるやつもいるかもしれない」

『それを阻止するために、お喋りな人間は即殺処分してきた。修二みたいにおとなしいやつは、監視対象として生き伸びれるけど』

「黙ってれば死ななかったのにな」

『修二、言葉を慎め。……運が悪かった、この街はおかしいと相談した相手が監視者で、盗聴器にも会話が録音されていた』

「監視者? 盗聴器?」

『この仕組みに気付きそうなやつ、反逆を企てているやつを炙り出す上層部派のやつらだ。反乱軍にも政府軍にも一定数潜んでる。警察隊は訳あり部隊、ほとんどが弱みを握られて従ってる』

「盗聴器は?」

『基地や宿泊所、戦場となってる街、東京中の至る所に盗聴器が仕掛けられていて、妙な会話をしてるやつはそれで監視対象になって確定した後、殺処分になる」

「んだよ、それ……」

「うわぁー、たすく気付いてなかったのか。逆にうらやましぃー」

「うるせーな、修二! ……ちょっと待て。凪おまえ、南基地の談話室で変な話してたよな?」


 凪が足を止めたことで、たすくと修二が振り返る。

 しかしすぐに、たすくは自分の言葉が失言だったと気が付いた。


「あのとき、三次くん……たすく君は大丈夫って、言ってた」

「……悪い。お前を責めてるんじゃねーよ……悪い」

「え、凪、南基地で変な話してたの? なに?」

「先輩、こんな時に下ネタやめてください」

「言ってないだろ、今! じゃなくて凪、それならなんでお前、まだ生きてんの?」


 凪の指が、かすかに動く。

 震えを押さえつけ、凪は顔を上げた。


「中央に、私を連れて行ってください」

「「は?」」

「私は最初から、傍観者じゃなかったから」


 走り出す凪。

 たすくと修二は不審に思いながらも、その後を追った。


「修二は気付いてたんだよな?」


 たすくの質問に、修二はわざとらしく顔を背ける。


「気付いてないやつが大多数じゃね? 戦場って割には楽しい街だからな、ここは。差別もイジメもない、そんなことする奴は速攻で殺される」

「はぐらかすなよ、今はお前の話してるんだ」

「……黙ってりゃ生きていけるからな、この街は。俺らは殺されない方法を知ってる。明日殺されるのは自分じゃない、だから大丈夫」

「でも、隣にいるやつが殺されないとは……」

「他人事なんだよ、よっぽどの仲じゃない限り、知らない誰かの傷なんて! だから俺、男と仲良くするの嫌だったんだよ。情が移るから」

「……胸糞悪りぃな」


 ぽつりと呟き、たすくは正面を睨んだ。

 奇襲で荒れた街、日本国の首都だった場所、東京。


「つーか、それでよく八年も続けられたな。普通、おかしいって気付くだろ」

「たすくお前、今まで気付いてなかったんだよな?」

「……普通、誰かが気付いておかしいって声あげるだろ」

『田舎への報道、情報操作は徹底的に管理してきた。同じ日本でも関東に近づかなければ問題ない、田舎は平和だと。さらに東京に来るのは犯罪者や身寄りのない人間、消去が不自然になるような人材は東京送りにしない。有罪者が東京に送られましたって報道はしないから。ね、凪ちゃん』

「え? あ、はい……私も、逮捕された後はその人がどうなってるか知らなかったし、転校した子と連絡取れなくなったのも、特には……田舎はいつのまにか、傍観者の町になってて」

『生き物とは本来そういうものだからね。自分が生き延びるために、我が子を敵の中に放り投げる動物だっている』

「でも人間だろ、俺らは……いや、考えることをやめた俺はもう、人間じゃなくなってたんだな」

「サルって呼ばれてるもんな、たすく」

「空気読めよ、修二! 今それ関係ねぇ話だろ!」


 胸糞悪りぃと舌打ちをするたすくが、通電機の向こう、茉理に話を振る。


「つーか今、その恐れてたことが起こってんじゃねーの? 戦いを終わらせようって、徒党組んで反旗を翻すやつらが」

『俺と冬那が主導だ。今日、東京内戦を終わらせる』

「……そうか。悪いけど、俺はお前らの敵かもな」

『敵?』

「戦場がなくなったらどうやって暮らしていけばいいんだよ、俺ら。なんの取柄もないままでかくなっちまった餓鬼だぞ」


 途端、凪がたすくの腕を掴んだ。

 驚いたたすくは、足を止めて凪と向き合う。


「海をね、見に行くんだよ」

「は? 海?」

「巨大カニをもう一度、見に行くの。あとね、神社に狐がいるんだよ」

「狐? なんの話だ?」

「大丈夫だよ、たすく君は大丈夫」

「……あー、もう。わけわかんねぇ、けど、付き合ってやるよ……だからお前、死ぬなよ?」


 深く頷く凪。

 次に、小さく仕舞っていた白羽織を取り出してそれを羽織った。

 背中には[NT]の文字。


「お前、それ」

「朝季がくれたの。私には白が似合うからって。行こう」


 駆け出す凪の背中を茫然と見つめていたたすくの通電機が、ジジっと音を立てた。


『取柄がない、ってことはないと思うぞ』


 そっと窺うような、茉理の声。


『居場所がなくなりそうで怖いって気持ちはわかる。だからこれが終わったらちゃんと、お前に見合った仕事紹介してやるから』


 その言葉に、固まっていたたすくの表情が緩んだ。


「なんだよ、それ」


 一頻り笑った後、凪を追って地面を蹴った。

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