13.「告白」
*
散々説教されて、気が付けば五時半を過ぎていた。
「飯食いに行くか?」というたすくの言葉に、凪は首を横に振る。
「んだよ、ダイエットかよ。おまえ細ぇだろ」
そう言いながら部屋を出て行くたすくの背中を黙って見送る。
「あなたがうるさいので一緒にご飯行きません」
なんて、そんな言葉は飲み込んだ。はずなのに、部屋を出る直前でたすくが振り返り、凪はふいっと目をそらす。
たすくがいなくなったのを確認して自分も部屋を出る。
食欲がわかず簡単にすませようと食堂の隣にある売店に入ったが、甘味しか残っていなかった。
「お菓子が夜食かぁ。でも食堂のご飯は重いし……ふぁぁぁあ、食べないか太るか……」
「食べないって選択はないだろ」
棚の前で頭を抱える凪だったが、背後からの声にぱっと振り返る。
「今からご飯? 早くない?」
凪の真後ろにいた朝季が、面白そうに凪を見下ろしていた。
気付かなかったというより、足音さえ凪の耳には聞こえなかった。
「補充されてないだけで、奥になにかあると思う。聞いてこようか? 凪って叫び声が妙だよな、独り言多いし」
くすくすと笑いながら、朝季は支払い口に向かって歩いて行った。
売店係と談笑したあと、ビニール袋を片手に戻ってくる。
「サンドイッチでよかった? 梅と鮭のおにぎりもあるみたいだけど。量多い?」
袋の中には、種類の違うサンドイッチ包装が三つ、一人で食べるには多いだろうけど。
「え、少ないよね?」
自分は一つでいいとして、朝季は足りないだろうと思っての言葉だった。
凪の言葉に、朝季は不思議そうに首を傾げる。
「それなら食堂でガッツリ食ったほうがよくないか?」
「え?」
「もう少しもらって来ようか?」
「あ、いや、大丈夫! ていうかネームプレート……朝季、ネームプレート見せてた?」
窺うような凪の視線に、朝季は揶揄うような笑みを浮かべる。
「凪、俺の役職言ってみて?」
「北域部隊隊長」
「で、この場所は?」
「反乱軍の北域基地」
「顔知られてないほうがおかいだろ。俺とあと景子もだな、昔からいるやつは顔パスでいける。電車だって、景子と一緒の時はネームプレート見せなくても乗れただろ?」
「……なるほど!」
東京の街に支払いという制度はない。物を購入する時には、係の者にネームプレートを見せればいい。電車利用の際も同様に。
服や日用品を必要とする際は事務室に行って申請すれば欲しいものが手に入る。
大量購入や不必要な物の購入は厳しく管理されているが、田舎のようにお金でやり取りするわけではないので気楽に好きなものが手に入った。
「思ったより元気だな、よかった」
売店をあとにし、廊下を歩きながら朝季が言った。
凪は同じ言葉を返そうと思ったが、昼間たすくのに言われたことを思い出して口籠った。
「朝季は、忙しい?」
「いや、全然。休戦以降そこまで激戦ではないし。まぁ、デスクワークは疲れるけど」
平然と語る朝季だが、無理をしているのかもしれない、と凪は思った。
忙しくないのなら、なぜこんなに会えないのかわからない。
戦闘時間終了後に北基地を探しても朝季の姿はなく、景子に聞いたら『戦闘時間以外はほぼ北基地隊長室に篭ってる』とのことだった。
「あのね、たすく君から、朝季が忙しくしてるって聞いて」
凪の言葉に面食らった朝季だが、すぐに取り繕って笑みを浮かべる。
「役職付きだからな、仕方ない」
「それもあるんだけど、私のせいで忙しくなったんだよね?」
「……それ、たすくが言ってたの?」
ピリッと、空気が張り詰めた。
朝季の顔は微笑んでいるが、本心からのものではなく、貼り付いたような。
「えっと、あ、そうだ。あのね、私がたすく君の指導受けれることとか、あとEMPの」
『朝季! 今どこにいる?』
しかし言葉を遮るように、朝季の腕に巻いている通電機が音を立てた。
声の主は凪も聞き覚えのある、北域司令長及び戦用
『データ送ったらすぐ返信しろって言っただろ。誰のために居残ってると思ってる? お前が凪ちゃんの』
そこまで鳴ったところで、朝季がパシッと手を当てて通電機の電源を切った。
「…………」
「…………」
目線がぶつかるが、互いに言葉は発さない。
やがて通電機を外してそれをズボンのポケットに納めた朝季が、じりと後ずさった。
「戻らないといけないから、また今度……あ、この量食べれるなら栄養バランス考えて、食堂行ったほうがいいと思う。いや、それなら俺が、おにぎりもらって来いって話だよな……あ、ははっ」
捲し立てて喋り、ビニール袋を凪に押しつけた朝季は足早に去って行った。
呆然としていた凪だが、朝季の姿が見えなくなったところで頭を抱えた。
「謝らないといけなかったのに! 私のせいで朝季が……田舎でも東京でも、私はずっと朝季に守られてる……強くならなきゃ」
チラッと、ビニール袋の中を見つめた。一人で食べるには多すぎる量。凪としては、一緒に食事をするつもりだった。だから『少ない』と言ったのに。
ため息をついて顔を上げたその時、北域にいるはずのない人物の姿が見えて、凪は瞬きした。
「ご飯、もう食べた?」
しかしやはり、目の前にいる三次は本物で。
「よかったら一緒に食べない?」
凪よりも少し大きめのビニール袋を持った三次が歩みを寄せてきた。
手が触れるほどの距離になった時、立ち止まった三次が凪の手にある袋に気付く。
「もしかして、誰かと食べる約束してる?」
「あ、いや、ううん……」
「でもそれ、凪が一人で食べるにしては量が多いよな?」
「これね、もらったの! 一人じゃ食べきれないから、三次くんが来てくれてよかった!」
「……そっか」
思うところはあるのだろうが、三次は深く追求しなかった。
三次の後を小走りでついていく凪。しかしすぐに三次がそれに気づき、一度立ち止まった。
「相変わらず、歩幅小さいな。ごめん」
歩幅を合わせて進み、外のベンチまで無言で歩いた。だけどやはり、その沈黙の時間が苦にはならなかった。
風が通り抜ける音、遠くでカラスの鳴き声、葉の擦れる音に、食堂で談笑する若い
ベンチに座る三次の隣に、凪も腰を下ろす。
「俺もサンドイッチ買ってた、かぶったな」
「三次くん、サンドイッチ好きなの?」
「俺は米のほうが好きだけど、凪が好きかと思って」
「あ、うん。洋食のほうが得意だね」
「得意?」
「お母さんが洋食上手で、私も得意料理はラザニアとかアクアパッツァとか。でも和食も得意だよ。和食のいいところは、出汁とか調味料を変えるだけで毎日違う味に……」
陽気に語っていた凪だが、自分がおかしな話をしていると気付いて顔を上げた。
目が合った途端、三次がくすくすと笑い出す。
「そうだな。今、得意料理の話なんかしてなかったな」
「ごめ、ごめ……」
「凪は本当に、会話が下手だな。ていうか、得意料理すごくない? 毎日違う味? すごいな」
三次から受け取ったサンドイッチを、凪は無言でほおばる。
静かな街の音、顔を上げると空にまん丸な月があって、クレーターまで綺麗にはっきり見えた。
「月のうさぎってどうして餅つきしてるのかな?」と言うと、三次が飲んでいたお茶を吹き出す勢いで笑った。
恥ずかしくなって再び、凪は空を見上げる。
「三次くん、私、EMPの試験受けるの」
気付けば、自分の中で答えが決まっていた。
凪の言葉に、三次は同じ月を見上げて頷く。
「いいな、それ。凪に似合ってる。EMPは戦場で唯一、人を救う……命を繋ぐ存在だから」
「命を繋ぐ?」
「医療で人を守る。それが戦場医療班、EMPだ」
ふわっと、初夏の風が通り抜けた。
眩しいくらいの、満月の夜。
「命を繋いで、医療で人を守る。それが凪の戦場になるんだな」
「そ、そう言われると責任重大というか……そもそもなれるかわからないし」
「なれるよ、凪ならできる。いつかきっと、凪はその力で人を守れる強い存在になる」
「……うん」
「でもEMPの試験って難しいし、受験資格も……あぁ、そっか、朝季か。過保護だな、凪のとこの隊長は」
「……迷惑かけてばかりだよ、私は」
「迷惑なんて……凪、俺、しばらくこっちに来ることできない」
「忙しいの?」
「忙しくなる、これから。でも出来るだけ、また、会いに来るから」
「うん……え? いや、無理しなくていいよ。ていうか三次くん、ちゃんと寝てる? よくこっちに遊びに来てくれるけど、移動だけでも疲れる……」
すっと、三次の掌が凪の口元を覆った。
「月が、綺麗だな」
空を見上げて語る三次。
口元を押さえられているせいで、凪は返事ができなかった。
「傍にいるのは無理だけど、俺は凪を守るよ。凪の生きる未来が、幸せなものでありますように……ちょっと寝ていい?」
そう言ったあと、三次は手を離して目を閉じた。
「え? 三次く……ん」
戸惑う凪をよそに、三次はベンチに背をもたれ本当に眠ってしまった。
微かな寝息と、遠くで梟の声、夜風の音。
凪は自分の白羽織を三次の胸にかけ、空を見上げて目を閉じた。
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