12.「Emergency Medical Partner」



 訓練校での講義を終えて一週間。

 つまり凪が東京入りして一ヶ月経った頃、たすくが怪我をして帰ってきた。


「かすり傷だ」


 白羽織の左半分と背中が真っ赤に染まり、衣服は所々破れていた。


「で、ででででも血が」

「止血はしてる」

「自分で処置したの? ダメだよ、ここまで血が出てるならみてもらわないと」

「問題ねぇ……お前、血とか平気なのか?」

「平気なわけじゃなくて! 手当てしないと……」

「おいっ、たすく!」


 突然の大声に、凪は伸ばしかけた手を引っ込める。部屋の入口に、ピンク色の羽織を纏った男が立っていた。

 たすくや朝季と同世代と推測される年齢、身体のラインは細いが腕や肩にはしっかりと筋肉がついている。


「待てって言っただろうが! 馬鹿なのか、お前!」

「んだよ、修二しゅうじ。追ってきてんじゃねーよ」

「追うだろ、普通! みせろ!」

「たいした傷じゃねーよ、EMPがでしゃばるまでもねぇ」

「でしゃばってんじゃなくて、これが俺らの仕事だ! 俺を殺したいのかよ、お前!」

「なんで修二が死ぬんだよ。意味わかんね」


 修二はたすくの腹部の衣服をめくり、脇腹に貼ってあったガーゼを剥がして新しいそれをあてがう。


「んだよ、たいした傷じゃねーな。追ってきて損した」

「だからそう言ってんだろ」


 腕を振り払ったたすくが、呆然としている凪に気がつき、修二のピンク羽織を指す。


「ピンク羽織はEMPだ。教えたよな?」

「あ、うん。[Emergency Medical Partner]、人間兵器アテンダーの中でも医療に特化して、戦場で即座に医療行為を行う部隊」

「正解。本格的な医療センターは東基地にあるが、そこに搬送されるまでの応急処置を行うやつらだ。ちなみに修二は一種」

「一種……えっと、看護師さん?」

「はぁ? 一種は医者レベル、看護師レベルは二種だろうが」


 返事をしたのは修二だった。

 振り返ったあと、凪を一瞥してその視線をたすくに向ける。


「こいつもしかしてアレか? 朝季が連れて来たっていう特別待遇の。はぁーん、たすくが育成してるって噂本当だったんだな」

「変な言い方するなよ」

「よかったな、連れて来たのが朝季で。他のやつだったらなにさてたかわかんねぇなぁ……ナニされてたかな」

「おい、修二」

「実際、『変なやつがきた、贔屓されてる』って噂になってたぞ、最初は。まぁ、朝季が絡んでるってわかったら全員黙ったけど」

「……修二、やめろ」


 ため息混じりに呟くたすくの視線の先には凪がいた。

 俯いているから表情は見えないが、口元に手を当てて肩が震えている。


「……ま、冗談はいいとして」


 修二は踵を返し、出口のほうへ歩いていく。


「俺には関係ないことだしな。怪我したらその時は面倒みてやるよ」


 背を向けたまま、修二は部屋を出て行った。

 静寂が訪れる室内、未だ俯く凪を見てたすくがため息をつく。


「気にすんな、とは言えねーな。俺の耳にも入ってたし、お前の噂」

「……うん」

「あ、だからお前、朝季に礼言っとけよ? お前がこうして普通に過ごせてんの、朝季のおかげなんだからな?」

「……朝季って、すごい人なの?」

「はぁ? 北域部隊隊長だろーが。そうじゃなくても人望あるしな、あいつ」

「人望?」

人間兵器アテンダーとしての実力はダントツトップで、朝季のおかげで生き延びれたやつは大勢いる。周りのことよく見てるから顔も広いし、状況に応じて柔軟に話しするからいろんなやつに慕われてる。隊長命令だからじゃなくて、あの朝季のお気に入りなら特別待遇も許してやろうかってやつが大半だと思う」

「……すごいんだね、朝季って」

「しばらく見てりゃわかる。この街で一番すげーやつだよ、あいつは」

「うん、田舎の街でも、すごい人だった」


 少しだけ、凪が顔を上げる。

 その顔が思ったより元気で、悩んだたすくだが一応、言っておこうと口を開く。


「俺は親に捨てられて、戦場入り確定孤児院に入所させられた」

「……え?」

「一年以内に迎えに来りゃ家に帰れたんだけど、俺と同時期に入所したやつは全員東京に来て、修二以外は死んだな」

「……そう、なんだ」

「理由があんだよ、ここにいるやつのほとんどが。戦場入りするしか道がなかったやつらばっかで、その大半は訓練校で頭おかしくなって死ぬ。だから、自分勝手にここに来て特別待遇受けてるお前にムカつくって気持ちは、わからんでもない」

「……あの、これ言ったら怒られると思うんだけど」

「なんだよ?」

「怒らない?」

「聞いてから考える。言え」

「それ、怒るパターンだよね?」

「面倒くせーな。とりあえず言ってみろよ」

「……特別待遇ってなに?」

「は? …………はぁぁぁあ?」


 ガタンっと大袈裟に、たすくが椅子から立ち上がる。

 凪はわたわたと手を動かし、たすくから顔を背けた。


「みんなが私に対してそう言うからなんだろうとは思ってたけど、聞くに聞けなくて」

「今さらか! 初心者の人間兵器アテンダーが全員こんな指導されてると思ったのか」

「手厚いなぁとは思ってたけど」

「時間ある限り手取り足取り教えてたからな!」

「感謝してます」

「ったく」


 たすくは蹴飛ばした椅子に座り直し、ため息をついた。


「普通のやつは手術のあと訓練校に入る、在学期限は最低一年、朝から晩までみっちり勉強と実習だ」

「……あそこの人たち、元気なかった」

「しんどいからな、練校の生活は。特別待遇のおかげで、お前は俺の元で指導受けれてる。言っとくけど俺、指導者としては朝季よりランク高いからな? 練校で教える一年を短縮させてやることができる。ほぼそいつに付きっきりになるけど」

「……ありがとう」

「俺じゃなくて朝季に言えよ、その言葉。お前が来てからの朝季、すげー仕事増えてんだからな」

「うん、ごめ……」

「だからそういうの全部、朝季に言えって。それともう一つ、お前、EMPになれ」

「EMP?」


 凪が顔を上げると、たすくが椅子から立ち上がって書棚に向かっていた。そこから二冊抜き出し、机の上に並べる。

 表紙にはどちらも[Emergency Medical Partner]と書かれていた。

 サブタイトルに、[戦場医療班]の文字。


「修二と同じ一種は無理だろうが、お前なら二種はとれる。難しいんだよ、EMPの試験。融合生成能力の他に医療知識と技術もいるからな。でもその分、戦場で攻撃対象外になるってメリットもある」

「攻撃対象外?」

「俺らと色が違うだろ? 戦場のピンクは医療班、反乱軍でも政府軍でも、その色を着てるやつに攻撃すんのは禁止されてる」

「そんなルールあるんだ……」

「まぁ、だから、お前はEMPになるべきなんだよ。成績も悪くないし、コネもある」

「コネ? ……あぁ、うん」


 言われなくても、誰のおかげかわかった。

 唇を噛んだ凪が、顔を上げる。


「EMPになったら私も、戦場に立てるかな?」

「……正直にいう、朝季が過保護どうこう以前に、お前に戦用の人間兵器アテンダーは無理だ。精神的に弱すぎる、田舎くささが抜けてねぇし」

「東京入りした日に、同じこと言われた。田舎くさいって、なんか、すごい失礼な感じの人に」

「……いや、お前、それ俺だぞ?」

「え?」


 ぱっと顔をあげ、目を丸くする凪。

 首を傾げるたすくと同じ方向に、自身も首を傾ける。


「え、じゃねーよ。北基地で、三次もいた時だろ? 俺が言ったんだけど、その台詞……って、覚えてないのかよ!」

「ご、ごごご、ごめん。私、人の顔とか覚えるの苦手で」

「頭悪りぃのかよ、お前! いや、座学の成績はよかったな……じゃなくて!」

「し、失礼な人とか……思ってないよ! あのときはそう思ったけど、第一印象というかぱっと見はすごい失礼な人だけど、たすく君は失礼な人じゃない……」

「言ってんじゃねーか! リアルタイムで今! お前マジで会話下手だな!」


 反論を許さず、一方的に説教をするたすく。

 失礼な人呼ばわりが悪かったのかもしれないと、凪は縮こまってたすくの話を聞いていた。

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