8.「無制限」




 荒れた大地の風が土埃を運ぶ、ポイント3縦2の場所。昔は公園だったのか、それとも東京奇襲で更地になったか。地面は土で固められ、申し訳程度に草が生えていた。

 澄んだ空を眺めながら、斗亜とあは佇んでいた。

 短く切り揃えた黒髪、端正な顔立ち。衣服は黒で統一されており、左の胸元と背中には政府軍の兵であることを示す『GoT』のマーク。

 ふと足元で微かな動きがあったため、斗亜はそちらに目を向ける。


「に……れら」


 横たわる血だらけの少年が呟いた。十六歳になったばかりの斗亜よりも幼い、十代前半の子ども。

 身にまとう白羽織は大半が赤黒く染まっていた。


「即死できなかったのか。ごめん、僕のミスだ」


 斗亜が少年の頭を踏み潰すと同時、遠くで音が鳴った。

 振り返った斗亜が目にしたのは、轟音と共に向かってくる火柱。斗亜は右手を突き出し、掌から大量の水を放つ。

 押し寄せる炎の威力は強いが、水が優位だった。一瞬にして消えた炎、その向こうにいるたすくを見て、斗亜が不敵な笑みを浮かべる。


「炎って、相変わらずバカの一つ覚えだな」

「適性が銃火器類なんだよ、俺は。つーか休戦中だろーが、なにしてんだお前」


 たすくは火炎放射器を身体に収め、周囲を見渡す。瓦礫の上に骨と肉片しか残っていない遺体が二つ、斗亜の足元に顔がない死体が一つ。

 損傷が激しい三体だが首に下げているネックレスは無事で、銀色のプレートが太陽の光を浴びて輝いていた。


「休戦中? 知らないけど、むしゃくしゃしてたから遊びに来た」

「……お前、怪我は? 朝季が足ぶった斬ったろ?」

「ああ、アレ、死ぬかと思った。けど生きてるな、僕」

「つーか休戦の理由知ってんのか? お前が怪我して参戦できないからそうなってんだぞ?」

「へぇー、そうなんだ」

「そうなんだって……」

「いいんだ、僕はもう使い物にならないから。だからもう、自由に生きることに決めた。さぁ、閉じた世界の哀れな兵器たち、僕と遊ぼう」


 くるくると右手を回す斗亜を見て、たくすは舌打ちした。

 破片手榴弾を投げつけるが、斗亜はその場から動こうとしない。


「ちゃっちー攻撃」


 薄ら笑いの斗亜が三本の指を立て逆川の字を描くと土が飛沫のように舞い上がった。

 土は手榴弾を飲み込み、重力に従って落下していく。地面に落ちた手榴弾の上から土が被さり、ついにはその姿を見えなくした。


「不発って……しかも土を操るって、そんなのありか」

「テンサイなんだ、僕」


 斗亜はもう一度笑みを浮かべ、地面に両手をついた。

 たすくは斗亜の意図に気付き、慌てて背後に下がる。


「まさか……この辺一体」

「オマエがくる前、融合しといた。ここら辺ほとんど、僕の武器」


 地面から土砂が吹き出すと同時、さきほど不発に終わった手榴弾が爆発した。

 金属板で破片を防ぎ空中に逃げようとしたたすくだが、飛ぶ間も無く足首を掴まれた。身体ごと地面に叩きつけられ、いつの間にか、両の手首まで拘束されていた。

 一瞬だった。

 油断も、隙を見せたわけでもない。

 ニィっと笑う斗亜が、たすくの額にライフルの銃口を突きつける。既存のそれとは色が違う、空色の綺麗なライフル。透ける弾倉、玉子色の弾が連なる。


「ここで撃ったら、オマエ死ぬかな?」

「その弾倉の中身が卵かバナナじゃなければな」

「残念ながら実弾だ、血と同じ味がする」

「普通に鉄って言えよ」

「ていうかバナナって……ウケる、腹減ってんのか? オマエは兵器だろ? 人間兵器アテンダーって名前がついた」

「……少なくともサルではねーな」

「道具として生きて……人間をやめたオマエは、死を怖いと思えるか?」


 引き金をひこうとした斗亜だが、背後の気配に気が付いて銃口の先をそちらに向けた。


「なんだ、ケーコか。久しぶり」

「お久しぶりです」


 斗亜の銃口の先、真っ白な拳銃を両手に持った景子が頭を下げた。目線は斗亜に向けたまま、たすくの足元へ向けて発砲する。

 パンっと軽快な音とともに、たすくの手足を拘束している土蛇が粉々に砕け散った。


「やっぱり綺麗だなぁ、オマエ」


 景子を見つめながら、斗亜が言った。すらっとした細い体躯、股下十センチもない短パンから覗く黒のショートレギンス、膝からくるぶしまでは何もまとっていない、雪を欺く傷ひとつない美脚。

 たすくと同じ白羽織を着ているが、背中の文字は『N(orth)T(roops)』


「……どうも」


 美麗な顔を歪ませた景子が、引き金を引く。ビー玉大の空気弾が三発、斗亜に向かって放たれる。金属の弾ではなく空気の砲弾。

 斗亜は弾を避け、空中で景子が持っていると同じ形の銃を作った。手の中に収まると同時に引き金をひくと、鉛の弾が景子の白羽織を掠めた。


「……オマエさぁ、アレンジ能力すごいよな」


 斗亜の言葉に、景子はトリガーガードに指を引っ掛けて白銃をくるくると回転させた。

 一回転ごとに、弾倉にカラフルな色の空気弾が追加される。


「朝季隊長に作ってもらいました、私の適性を生かした武器。ちなみに」


 景子は白銃を身体に収め、右手に同じ形のものを、左手に回転式拳銃を作り出した。

 引き金をひくと右からは空気弾が一つ、左から鉛弾が五つ発砲された。


「既存の武器も作れます」

「それ全部、朝季が生成したの真似ただけだよな? お前はなにも考えてねーよな」


 たすくの言葉に、景子は表情一つ変えず鉛弾の銃口をたすくに向ける。


「うるさいですよ、サル。撃ちますよ?」

「ばか、お前! なんで俺に向けてんだよ!」

「ふはっ、仲いいな、オマエら」


 タンッと地面を蹴る音に、景子は銃口を斗亜に戻して発砲した。斗亜は硝子製の盾をつくり鉛弾と空気弾を受け止める。

 鉛玉が当たった場所はヒビが入り、空気弾が触れた部分の硝子が溶け出した。

 斗亜は感心したように笑い盾を放り投げた。


「フッ化水素?」

「硫酸もあります。あと塩素ガスと硫化水素と匂い弾、本日は石鹸の香りです」

「ふはっ、匂い弾いいな」


 ケラケラ笑いながら、斗亜は地面に手を着いた。


「フツーの人間兵器アテンダーは大変だなぁ。身体の中にある数少ないストックから武器作るなんて。僕みたいに無制限なら、なんでも作り出せるのに」


 風が土埃を起こす。

 斗亜の意図に気づいたたすくが、慌てて地面を蹴った。


「ここらの土、あいつが操ってるぞ、気をつけろ!」


 辺り一面の土が天に向かって噴き出す。

 たすくと景子は飛び上がり、着地点を見定めた。


「……これ、無理じゃないですか?」


 アスファルトも民家もない、土ばかりの一面を見て景子がいう。


「だから言っただろ、気をつけろって!」

「気をつけてたらどうにかなったんですか? そういえば貴方、お腹空いてるんですか?」

「は?」

「さっき、弾丸がバナナに見えるみたいな発言をしていたので」

「……あぁ! いや、つーか、今それ言う必要ねーだろが!」

「気になったので、すごく」

「お前がバナナバナナうるさいから!」

「うるさいのは貴方でしょう、撃ちますよ?」

「だから、なんで俺に銃口向けんだよ!」


 言い争いながら落下する景子とたすく。

 その身体が地面に触れる直前で、二人の足首にナイロン糸が絡まった。

 糸に引っ張られ、たすくと景子の身体がコンクリートの塊に打ちつけられる。


「痛……なんだ、地面が」


 その地面は土ではなく、五メートル四方の薄いコンクリート板の上だった。

 顔をあげたたすくの目に、白羽織が映った。背中に『N(orth)T(roop)』と書かれた白羽織を纏う背の高い男の姿。


「朝季!」

「相変わらずだな、お前ら……三人、か」


 苦笑いを浮かべて振り返った朝季が、転がっている遺体、三人分のネックレスを見つめる。

 この距離からでもわかる腐敗臭。

 遺体の向こうには、薄ら笑いを浮かべる斗亜の姿。


「こいつら本当に今日……死ぬ予定だったのかな」


 朝季が呟くと同時、斗亜が再び土砂を操った。朝季はコンクリートを蹴って土砂の中に飛び込む。


「援護は?」


 たすくの声に、朝季は首を横に振る。


「いらない。避けとけ」


 土砂の中へ飛び込んだ朝季は空を蹴り、小さな穴が無数開いた透明なホースを空一帯に張り巡らせ、水を撒いた。ホースの穴から溢れた水が、土砂を地面に押し戻していく。

 全ての土が地に還ったところで斗亜は金属製の短刀を作り出し両手に握った。ワンテンポ遅れて、朝季も同じものを作りだす。


 人間兵器アテンダーが武器を作る際、生成できる武器の数、種類には限りがある。

 大量の物質をストックに入れておくのは不可能だし、適性があるからだ。人間の体は千差万別で、肉体を作り上げている成分も微妙に違う。

 大体において適性は一人一つなので、自身の特性を理解し、それに見合った武器を生成する。

 しかし稀に、その適性を無視した全ての物質を操れる人間兵器アテンダーが現れる。

 戦場において最強ランクとされる彼らは[無制限]と呼ばれるが、その数は少ない。


 現在無制限は三人。


 一人目は五年前に息子を庇って命を落とした雨月七伊。残る二人はちょうど今、攻防戦を繰り広げている朝季と斗亜。

 前北域部隊隊長、白河夕季の推薦がなくても朝季は隊長の地位に収まっていただろう。戦闘能力に長け、化け物の異名を持つ政府軍の最強兵器、斗亜に対抗できる人間兵器アテンダーは朝季しかいないのだから。


 地面を蹴り、ぶつかり合おうとする朝季と斗亜。

 その距離が十メートルを切った時、間に人影が入った。

 視界に入った色に、朝季と斗亜は動きを止める。


「動くな!」


 声を張り上げたのは、灰色ズボンに鶯色のジャケットを着た男だった。

 二人の中間に立ち、両者に銃を突き付ける。

 左胸にはルドベキアの花を模した金色のバッジ。


「微動だに一つしてみろ。先に動いた方を賊軍とする」


 しばらくして男の背後、山手線側から彼と同じ格好をした男たちが駆けてきて、金色のルドベキアが描かれた鶯色旗を地面に突き立てた。

 

「警察隊……どうして」


 遠目で見ていたたすくが、声を零すように言った。

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