第二章:東京戦線

7.「山手線外側で暮らす少年少年たち」




 東京、北域基地軍事司令室。

 喧騒が飛ぶ広い部屋。最奥の壁一面にはモニターが貼り付けられ、戦地となっている東京北部の地図が映し出されていた。


「ポイント3上の配置、どうなってますか?」


 モニターを眺めていた二十歳前半くらいの男が言うと、彼より年上の男が手元の資料を漁る。


「把握不可能。ていうか、配置自体してないと思う、ます。休戦中て通知してたので」

「タメ語でいいですよ、副司令。俺のほうが年下なんで」

「いや、でも階級が……っす」

「俺がいいって言ってるから、大丈夫です。それより、マズいなこの状況は。なにやってんだ、あいつ」

「どうする、茉理まつり司令長」


 茉理と呼ばれた若い男はモニターを見つめたまま、手元の[通信]ボタンを押した。

 彼の胸元には、[学医]と[北域司令長]の二つの名札。


「司令長より、通電機を所有している全ての兵に告ぐ。ポイント2、3、4のライン上にいるやつ、おおよそでいいから縦位置を教えてくれ」


 ボタンから手を離して椅子に座ると、[副司令]の名札をつけた隣の男が茉理の顔を覗き込んだ。


「どうなってると思う、います、か?」

「だから、タメ語でいいんで妙な言葉遣いやめてください、副司令」

「悪い……」

「それで、この状況……奇襲だと思いますけど?」

「どうして政府軍が攻めてくるんだよ、休戦中って通知してたろ? うちの無制限が不在のこんな時に……」

「あぁ、それなら大丈夫ですよ。うちの無制限、二十分以内に現場到着する見込みです」

「え? 朝季、田舎から帰ったのか?」

「制服姿笑ってやろうと思ったけど、着替えて……っ」


 ジジッと機械音が鳴ってすぐ、茉理は立ち上がって目を閉じた。

 次の瞬間、スピーカーからたくさんの声が飛んでくる。


『応答します、司令長。現在、ポイント3縦6の……』

「声聞けば誰かはわかるから、ポイントと縦位置だけ言ってくれ」


 茉理の言葉に、次からの通信の内容が変わる。


『ポイント3縦4』

『ポイント2縦––––』

『ポイント4縦2』

『ポイント––––』

『ポイント2縦』

『ポイント3–––』

『ポイント––––』

『ポイント2––』


 三十近くある多数の声に耳を傾ける茉理。

 音声が途絶えたところで、茉理は目を見開いて顔を上げた。


「たすくがいた」

「え?」

「たすくの声がありました、ポイント4縦2」


 手元にある数字キーを七つ押し、茉理は再び通信ボタンを押す。

 数字キー七つは個人への通信。茉理が押した番号は、反乱軍の中でもランキング上位の実力を持つ人間兵器アテンダー綾音あやねたすくへの通信。



 ポイント4縦2地点。

 左胸と背中に『GoT』のマークがある黒服を着た兵士たちが数人、散り散りに宙に舞っていた。

 彼らを狙って地上から炎柱が放射されるが、当たる気配がない。


「くそっ、動きが読めねぇ」


 地上で火炎放射器を持つ男が叫んだ。既存のそれとは異なり燃料タンクのないライフル形、しかし効能は火炎放射器の武器。

 着用している白羽織の背中には『S(outh)T(roops)』の文字。


「たすくさん、どうします?」

「撃つしかねーだろ、これ以上侵攻させんな」


 火炎放射器の男、たすくは黒兵を睨んだまま声を張り上げる。

 再度、武器を生成しようとした時、腕に巻いている通電機から声が聞こえた。


『たすく、状況教えてくれ』

「茉理! やっと個別に連絡してきたな、てめぇ!」

『こっちも混乱してるんだ。それで?』

「あぁ、数は五以下、攻撃してくる素振りはなく飛び回ってる」

『やっぱりそうか……』

「つか休戦中のはずだろ、どうなってんだ?」

『現状把握不可、現場担当とも連絡がつかない』

「冬那か、ルーズだもんな、あいつ。連絡ミスもあり得るな」

『ところでたすく、その現場、お前が抜けても大丈夫か?』

「は?」


 なんで、と聞こうとしたところで、通電機が音を立て別の通信が入った。


『すみません、連絡遅れました』


 ノイズと共に流れる、抑揚のない女性の声。


景子けいこ?」

『ポイント2あたりにいると思います、たぶん』


 景子と呼ばれた女性の声に司令室の茉理が反応を返す。


『景子、目印になるものあるか? 店とか交差点名とか、電柱があれば電柱番号でもいい』

『電柱番号?』

「おい、茉理。電柱番号ってなんだよ?」

『一つ一つに番号があるんだよ。旧二十三区内の物は全て把握してる』

「すげーな。化け物じみた記憶力には感心するけど、普通の人間はそんなのわかんねぇわ」

『信号についてる看板でもいいですか? 綺麗に残ってるんですけど』

『交差点名か。構わない、記憶してる』

「すげーな」

『うえ、池……交番まえ』

『上池袋か』

「今のでわかんのかよ、茉理」

『そこのサル、貴方ちょっとうるさいですよ』

「ああっ? 景子てめぇ、それは俺に言ってんのか?」


 声を張り上げるたすく。

 耳を押さえる茉理の隙を狙って、景子がたすくの言葉に応える。


『貴方しかいないでしょう。人間の言葉も理解できないほど再教育が必要なら、猿山の立派な動物園紹介しましょうか?』

「立派な猿山ってなんだよ!」

『バナナの皮を自動で剥いてくれる山です』

「便利だな、おい。山生きてんのか?」

『飼育員さんの努力の結晶です』

「自動って言わねーよ、それ!』

『そこでバナナのねだり方を学んでくるといいです』

「いらん知識だな! つーか俺、普通に人間だからな?」

『人語が理解できていないのに?』

「お前よりは理解できてるよ!」


 通信越しに喧嘩を始めるたすくと景子。

 司令室の茉理はため息をつき、会話に割り込む、


『たすく、景子……そろそろ馬鹿な話やめろ。それとたすく、お前、声大きい』

『ほら、貴方の雄叫びが耳障りらしいですよ』

「そうとは言ってねーだろ!」

『逆に景子、もう少し声量上げてくれ』

『サルが黙ればいい話です』

「お前の声がちいせーんだよ!」

『わかった、わかったから……とにかくポイント3に向かってくれ。縦位置は3以下』

『私たちがですか? ポイント3?』

「おい、茉理。ここはどうすんだよ?」

『問題ないなら従ってくれ』

『横暴ですね。ポイント3に行く理由は?』


 景子の言葉に、シンと会話が途切れる。 

 しばらくして、茉理がため息を吐いた。


『さっきの通信、ポイント3上縦3以下が無反応だった。通電機を所有する兵の数も足りない』

『……そこに死体があると?』

「景子てめぇ、言い方考えろよ!」

『まだ死んでると確定したわけじゃない。ポイント3のライン上、おそらく斗亜とあがいる』

「あぁー、あの化け物か」


 たすくは仲間の白兵に手を振り、その場を離れることを伝えた。

 ジェスチャーにより返事が来たことで、くるくると足首を回す。


「俺のほうが近いか?」

『たぶん』

「曖昧な返事すんなよ。司令が行けって言うんだから、俺は従うだけだ」

『正直に言うと、俺も手に余ってる。やばいと思ったら、逃げていいから』

「悪いけど俺は複数を同時に考えれねーんでな、やることは一つだ」

『バナナの皮を剥く、ですか?』

「帰ったら覚えとけよ、景子! ……まぁ、生きて帰れたらな」


 地面を蹴ったたすくは、茉理の指定した場所に足を進めた。



 ポイント3と呼ばれる場所は経度139.73上のこと。

 東西の位置を確認する場合、経度を利用する。ポイント1といえば139.71、5といえば139.75のこと。

 縦位置というのが、山手線円から見て内か外か。二五〇メートルを一単位とし山手線より内側はマイナスで、外はプラス(無印)で示す。

 例えばポイント4縦位置0といえば山手線巣鴨駅周辺のこと。

 山手線を基準とする理由はそこが両軍の境界線だから。内側が政府軍の領域、外側が反乱軍の領域。

 山手線内にある政府軍の周りを、反乱軍が取り囲む。


 戦地東京の領地は、日本国旗が黒白に塗り替えられたような形をしていた。

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