26.「生きる理由」


 たすくと共に中央を目指す凪。

 中央付近に近づくと、空襲のあとが顕著になってきた。爛れたアスファルト。鉄骨の骨組みに削れたコンクリートがぶら下がる、マンション跡のような建物。


「この辺を集中的に狙ったらしい」


 凪の体力が持続せず一旦休憩するため立ち止まったところで、たすくが言った。


「九年前の異邦による奇襲、そのこと覚えてるか?」

「覚えてるよ、日本中が大騒ぎだったから。いつの間にか平和慣れしちゃったんだね、私たち」

「戦ってんのは俺らだし、人間兵器アテンダーがいる限り外国も日本に手出せないってわかってるから、田舎のやつらが平和ボケする気持ちはわかる」

「……わかるんだ」

「……なー、茉理。聞いてるか?」


 話を遮るように、たすくが正面を向いたまま通電機に語りかけた。

 若干のノイズのあと、すぐに声が返ってくる。


『聞こえてる。どうした?』

「どうした、反応が遅……あぁ、景子たちのサポートしてんのか。忙しいとこ悪いんだけど、こっちも助けてくんね?」


 たすくの視線の先には政府軍兵が十人ほど立っていた。

 睨むように見つめたまま、たすくが言葉を続ける。


「俺は黒服が見えたらとりあえず、戦闘態勢に入るよう仕込まれてんだけど」

『政府軍の兵がいるのか? ちょっと待て、いま』

「たすくさん!」


 突然の声に振り返ると、白羽織を着た兵が五人、凪とたすくの元に駆け寄った。


「よかった、追いついた。たすくさん、走るの速いから」

「お前らが遅ぇんだよ」


 膝をついて息を整える反乱軍の少年たち。顔を上げ、目に入った黒服に顔を強張らせる。


『大丈夫だ、敵じゃない。反逆派のやつらだ』

「……敵じゃないって保証は?」


 たすくは黒兵を睨んだまま、通電機に問いかける。


『通電機の識別番号でわかる。そこにいるやつらは敵じゃない』

「識別番号? おいおい、初めて聞いたぞ」

『……悪い。今日のために隠してた』

「ふざけんな、俺ら現場は命預けてんだ。茉理、俺はお前を信用してる。もしお前が勧誘したやつらの中に敵がいたら、ごめんなさいって言えよ?」


 そう言って足を踏み出すたすくだが、三歩進んだ所で、銃声が鳴った。


「……え? え? たすく君?」


 銃声と同時にたすくの姿が消えた。

 困惑する凪の背後にふわっと、白羽織が舞う。


「茉理」


 拳銃を構えた反乱軍の少年、その男の腕を拘束しているたすくの姿があった。


「ごめんなさい、は?」

『……悪い』

「ごめんなさいだろーがよ! 協力するふりしてこうやって仕掛けてくるやつだっているんだよ」


 たすくは掴んでいた白兵の首を叩き、崩れ落ちる身体を地面に下ろす。

 ややあって、通電機からため息交じりの声が響いた。


『ごめんなさい。そうだな、直前にこんな大勢に声かけるべきじゃなかった』


 たすくは通電機の音量を上げ、残りの白兵を睨む。


「他のやつらはどうした?」

「……遅かったので、置いてきました」

「懐かしいメンツだな」


 目の前にいる四人と地面に倒れている一人、訓練校でたすくが指導した生徒だった。

 たすくより若い、十代半ばの少年たち。


「たすくさん」


 そのうちの一人がたすくに歩み寄る。

 大きめの瞳に白い肌、性別を間違うほどの可愛らしい顔立ちの少年。しかし短く切り揃えた黒髪は男らしく、髪型と顔がアンバランスだった。


「自分がなにしてるかわかってますか?」

「茉理から聞いたろ、東京内戦を終わらせるんだとよ」

「それがなにを意味するかわかってます?」

「……ああ」

「俺は中学上がる前に父親が再婚して、たすくさんと同じ孤児院に入れられました。田舎に帰っても居場所はないんです。内戦が終わって、人間兵器アテンダーを育成する戦場がなくなったら、俺らはどこに行けばいいんですか?」

「茉理が就職先探してくれるってよ」

「仕事なんか無理ですよ! 戦い方しか、融合生成能力しか取り柄がない」

「それでいいだろ、敬語も使えてんだからマナーも問題ねぇ」

「それに! ねぇ、たすくさん、わかるでしょう? 田舎になんて帰れない、帰りたくない。来年も豚汁作りましょうよ、今度は作りたての餅入れますから」

「だから、豚汁に餅は入れねーよ」

「楽しいんですよ! ここの生活が!」

「……だろうな。お前らの顔ぶれ見たとき、味方じゃねぇってわかったよ」


 途端、残りの白兵たちも声を上げる。

 田舎で罪を犯した、名前が晒されたからもう戻れない。

 学校に馴染めなかった、きっと社会にも馴染めない。

 ゲームの世界を体感できる東京が楽しい。

 理由はそれぞれだが、帰結は同じだった。

 田舎へいわより、東京せんじょうのほうが良い、と。


「たすくさんや朝季隊長のおかげですよ。ここでの生活は楽しかった。死と隣り合わせって言うけど下手しなければ死なないし、田舎に帰るくらいならここで死んだほうがいい。どうして今さら、この街を変えようなんて」

「病んでんなぁ、お前。あぁ、そっか、俺と同じ……いらないって捨てられたやつらが入る施設の出身だったな」


 自身のことと照らし合わせ、たすくは大きくため息をついた。

 家族がいた、だけど……その人は自分をそうだと認めてくれなかった、必要としてくれなかった。

 くしゃりと前髪をかきあげ、再度息を吐く。


「茉理、向こうの黒兵は信用できんのか?」

『大丈夫だ、政府軍内は精鋭しか声かけてない』

「そうか……凪、先行ってろ」

「え?」

「あそこの黒兵んとこまで走れ。茉理、そっからはよろしく頼む」

「ちょっと待って、たすく君は?」

「見りゃわかんだろ。俺はここでこいつらと話がある」

「でも私一人って……」


 たすくはあからさまな舌打ちをし、凪を睨みつける。


「だから! あっちの黒兵がお前をサポートするんだよ」

「でも、あの人たちが絶対に味方って保証はないってさっき……」

「茉理が大丈夫って言ってんだろ? 茉理、今度は信用していいんだよな?」

『ああ、問題ない』

「だ、そうだ。行け」

「い、行かせませんよ!」


 白兵の少年が歩み出るが、たすくが睨みを利かせて、彼を制止した。


「やめましょうよ、こんなこと! 今ならまだ間に合う。凪ちゃん、朝季隊長を説得して! 内戦を終わらせようなんてバカなこと言わないでって」

「え、……なんで?」


 言葉が勝手に出てきてしまった。

 凪の返答に、白兵の少年は目をみはる。


「あんただって好きだろ、この街が! それに自分の意思でここに来たって、田舎が嫌で逃げてきたんだろ?」


 そうではない、とすぐに返事できなかった。

 田舎に馴染めなかったのは事実で、東京の戦場でも後方待機で直接死と向き合ったわけではない。

 休戦日や日没後は仲間と笑い合い、衣食住を与えられ、傷を受けるかもしれないリスク以外は不自由ない生活。

 違和感を気にしなければ、見ないふりをすれば、喋らなければ。

 傍観者のままでいられたのならとても、楽しい街だった。


「でも、違うと思う……」


 言いたいことはたくさんあるが、今は一つにまとまらなかった。


「東京だから、戦場だから好きだったわけじゃなくて、違うと思う」


 背を向ける凪の、白羽織がひらひら風に揺れた。

 後を追おうとする白兵の少年たちだが、たすくが前に立ち塞がった。


「行かせてやれ、俺だって朝季のことが気になるんだ」


 たすくの言葉に、先頭に立っていた少年が唇を噛む。

 しかしその奥で、別の少年が拳銃を掲げていた。


「おい、相手は凪……EMPだぞ」


 たすくが止める間も無く響く銃声。

 弾丸はたすくの手をすり抜け、凪が走る方向に飛んで行った。

 だが腕を伸ばすとほぼ同時、ポンっとたすくは肩を叩かれた。


「タッチこうたーい」


 そう聞こえたかと思うと、シュッと視界を黒いなにかが横切った。


「……とっ」


 去った影の方を振り返る。

 地面と平行に飛ぶ弾丸を、黒い戦闘服に身を包んだ斗亜がパシッと手で取った。


「斗亜!」


 たすくが叫ぶと、斗亜は弾を握った手を広げピースサインを作った。

 弾丸が地面に落ちる。その後すぐ、白兵の一人がドサッと顔面から地面に倒れこんだ。

 背中には小さな足跡が二つ。


「わかるよ、ソイツらの気待ち。だから教えてやれ、めっためたに」


 捨て台詞のように言ったあと、斗亜は凪のいる場所に向かった。しかし弾丸を捕らえたのと反対の、左腕が見当たらない。

 付け根の部分にぐるぐる巻きされた白い包帯。


「おい、待て!」


 斗亜の後を追ってたすくの横を通り抜ける人影。

 だが追いつけないことがわかると、修二は足を止めた。


「救命センターに行けよ! 腕どーすんだよ!」


 怒鳴るような修二の声に、斗亜は手を振って答える。


「いらない、じゃねーよ! すぐ治せば楽に繋げてやれる、俺が行くから……ておい、話聞けよ! あぁ、もう!」

「……なにしてんだ、修二」


 唖然とするたすくと、その背後にいる白兵たち。

 修二は顔を上げ、たすくを睨む。


「腕切り落とされたんだよ、あいつ! 早めに処置すれば治るんだが……くそ、痛み止めなんか使うんじゃなかった」

「いや、そういうことじゃなくて」

「悪いけど俺、救命センター戻るから! あいつの腕の保管処置手伝いにいくから! あー、くそっ、やっちまった、俺が運べばよかった! なんであの傷で動けるんだよ!」


 姿の見えなくなった斗亜を詰りながら、修二は北東に向けて走り出した。

 すぐに見えなくなる修二の背中。呆然とそれを見送っていたたすくと白兵の少年たち。


「患者のことになると必死になるのは知っていましたが、あそこまで取り乱すのは珍しいですね」


 しかし突然響いた抑揚のない女性の声に、一同ぎょっとして振り返る。

 たすくと白兵少年たちの間にちょこんと、景子が立っていた。


「あ、状況説明いります? 倒しましたよ、あの女の子。想像以上に強くて斗亜が腕切り落とされてEMPが必死こいて治療して、そして今現在です」

「あぁ、そうか……」

「ここに来る間に倒れて意識失ってる人が何人かいたんですけど。もしかして仲間割れでもしました?」


 バンっと発砲音。

 次の瞬間、景子の両隣に立っていた白兵二人が地面に倒れた。


「とりあえず、眠らせるでいいですか?」


 両手に持っていた白い銃を、景子は何事もなかったように身体の中に収める。


「……っ! 景子さんも、どうかしてますよ!」


 白兵の少年が回転式拳銃を生成し、景子に向けて発砲する。

 顔を背けてそれを避ける景子。その後はガチ、ガチと音が鳴るだけで弾は出てこなかった。

 涙目になった少年がたすくと同じ形の火炎放射器を生成したが、パシュンと弾が飛び出しただけ。

 オモチャのライフルがマシ、というような性能だった。


「……お前、下手くそだな」


 ガターナイフの生成途中だった少年が、顔を上げる。

 掌には刃だけ、対して鋭くもない中途半端なナイフ。


「なんですか貴方、もしかしてコザルですか?」


 呆れたような景子の言葉に、少年は目を丸くする。


「コザ……子猿?」

「おい、景子」

「サルの貴方と、なにか関係性がありますよね? 髪型似てません?」

「あー、こいつ俺に憧れてるみたいで、色々と真似してくるんだよ」

「サルに? 冗談でしょう?」

「お前なぁ!」

「まぁ、じゃあ、一緒にやっつけますか」

「あぁ、そうだな」


 両手で銃を握る景子と、頭をかいてため息をつくたすく。


「てめぇと共闘はシャクに触るが、めっためたにするか」

「サルとの共闘は不本意ですが、めっためたにしますか」


 微妙にズレた二人の声。

 そして一瞬だった。

 片方の銃を発砲する景子、それと同時にたすくが飛び上がる。


「……えっ?」


 二人同時に動かれて少年はどちらに注意すべきか分からず、結局どちらも追えなかった。

 まずは足をと思うが震えで動くことができない。再び正面を向くと景子の姿がなく、背後から両腕を掴まれた。

 頭上でキラッと、光が瞬く。


「あ……」


 たすくのナイフが太陽を反射し、少年めがけて振り下ろされる。


「たすくさ……いや、やだ……父さん」


 額に刃が触れる、直前でピタッと寸止めされた。


「死にたいか?」


 ナイフの先を少年の額に突きつけながら、たすくが言う。


「たぶん今日で内戦は終わる。平和ってやつがこの街を占領して今までみたいには暮らせなくなる。そしたらお前、死ぬか?」

「あ……や、」


 途端、少年の目から涙が落ちた。

 景子の手を振り払い、涙を拭ってたすくを睨む。


「じゃあなんで、なんで優しくしたんですか? 俺は好きだった、この場所が。あんたらが優しくしなければ、楽しい環境なんか作らなければ……東京戦場がつらいだけの場所なら良かったのに」


 少年は地面に膝をつき、泣き崩れた。

 声を殺して小さく、しかし涙を拭うことなく。


「……どうするよ?」


 たすくの言葉に景子はちらっと振り返り、すぐに視線を外す。


「貴方の弟分でしょう? そばにいるべきでは? 隊長なら大丈夫です。凪がいれば、大丈夫」

「今この瞬間はそうかもしれねーけど、お前だって必要だと思うぞ。朝季にとってはお前も、大切な存在だ」

「……らしくないこと言いますね。サルのままでいるのはもう、やめたんですか?」

「どうだろうな……人間になりたいとは、努力しようとは思ってる」


 見上げた空が澄み渡っていて、綺麗で。

 たすくと景子はそれ以上言葉を交わすのをやめた。

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