0.「 boy meets a girl in town 」
*
澄清を飛行機雲が引き裂いていた。
東から西へ伸びるそれは東京の街では眺めることのできない景色で。視線を落とすと雑踏、朝の通勤ラッシュと呼ばれる人々の往来があった。
アスファルトで舗装された地面、連なるビル群のすぐ隣には新しい建設物。十年前の東京はこれ以上にビルが聳え立ち人口も多かったと言われても、今の子供たちはそれを想像することが出来ないだろう。
風が湿っぽく感じるのは昨晩の雨の名残か、この街が海に面している故か。肩がぶつかるほどではない、適度な間隔をとって歩く人々の隙間を走る独特の匂いもまた、東京にはないものだった。砂利の混じったような、生温かい潮の香り。
歩道に一番近い真新しいビル、その側面に巨大なテレビモニターが貼り付けられていた。画面上部には今日の日付2071年5月26日(月)の文字、その下に日本地図の映像。
『全国の天気です。北海道、東北、中部では急な雨にご注意ください。近畿以南は雲ひとつない晴れ空で……』
女性キャスターの解説に合わせ、北海道にあった指し棒が東北地方から日本海に沿って進む。緩やかに動いていた指し棒だが茨城県の半分まで来たところで急に素早く移動し、近畿地方で再び速度を戻した。
女性の声色は変わらない。当たり前のように関東地方を素通りして、中四国地方の天気解説に入る。
「どうして関東、東京は載ってないんだろう」
地図には各地域区分の主要都市名が記載されているが関東部分だけ無記載、[東京]表記は見当たらない。
関係ない、そう思っているのだろう。
この町の人間が、平和な田舎で暮らす人々が東京に足を踏み入れることはないから。
傍観者の町と誰かが言っていた、田舎の人間は他人に興味がないと。
そんなことを思い出していた時ふと、背後から声が聞こえた。
「あ、本当だ」
呟いたような小さな声に振り返ると、制服の上に白いカーディガンを羽織った女子高生がモニターを見上げていた。
胸元まで伸びる色素の薄い柔らかそうな髪、服の上からでもわかる華奢な体躯。
線の薄い可愛らしい少女。
その時、風が止んで彼女と目があった。
海辺では朝、風の動きが止まるという。その現象だったかはわからないが、確かに一瞬、風が止まって互いに見つめあった。
ザアァっと音を立てた強く分厚い風が吹くと同時に通行人が彼女の前を横切り、次に見えたのは後ろ姿だった。耳を真っ赤に染め、慌てたように歩き出す少女。足を進めると都度、肩甲骨まである髪がふわりふわりと揺れる。
足を止めたのはその少女だけだった。誰もがみな、テレビモニターを気にすることなく足早に去っていく。
天気予報が終わりニュース情報に変わった画面には、[今日のニュース一覧]という項目が映し出されている。その中に、東京で行われている内戦に関しての話題はない。
笑顔の女性キャスターが東京を除いた日本情勢を告げる。誰も聞いていない、騒音にすらならない音。
遠い街の事件と事故、テレビの中の出来事。
例えば、犯罪者の数が増加したとか。
親のいない貧しい兄妹が行方不明になっただとか。
孤児院で暮らす子どもの数が減ったとか。
彼らが全員、東京へ連れて行かれた、兵器に変えられた。制服を着て学問に勤しむはずの少年少女が戦場で殺し合っている、とか。
そのようなニュースは一切流れない。日本の中心地が戦場になってようといまいと、そこで他人が死のうと生きようと。
彼らは気にしない、関心すら持たない。
『それでは、次のニュースです』
世界は回る。誰も見ていなくても、気にしていなくても、声を上げなくても。
遠い街で行われているテレビの中の戦場。
隣人は他人、知らない人。
その理念が蔓延した日本。
医療科学が発達した、振り返らない世界。
そのとき、世界全てが傍観者になっていた。
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