妄想5:窓の影


 私の部屋は風が通らない。

 風向きとかそんなものは関係なく、窓を開け放ってみても目の前には隣の家の壁がそそり立っているせいだ。

 光も風も雨でさえほとんど入って来ることはない。

 都会はビル風が強いなんて言うけれど、建物の隙間が狭すぎるとそんな強風ですら入って来ないんだと逆に感心するほどだ。

 なんなら台風が来ても窓を開けていられる自信がある。

 誰の設計か知らないが、隣の家よりこの家の方が後に建っているのだからこんな所に窓をつけても無駄なことくらい分かりそうなものなのにといつも思う。

 しかし物心着いた時から住んでいるこの家も、小学校で初めてもらったこの部屋も、不便なところを含めて私は気に入っていた。

 

 今日は朝から雨が降っていて夏の暑さがだいぶマシになっていた。

 部屋に念願のエアコンがついたので去年ほど暑さを気にする必要も無いのだが、先日付けっぱなしで外出していたのを親に見つかり電気代をガミガミ言われるようになってしまったのであまり使わないようにしているのだ。

 今日みたいな日はエアコンなしでも過ごせるが蒸し暑い事にかわりはないので、少しだけ窓を開け気分だけでも涼しくなろうと棚からホラー映画のDVDを漁る。

 丁度雨の日がテーマの映画が目に止まり、電気を消して机のパソコンで再生する。

 内容は雨の降る団地で子供の幽霊が目撃されるというありがちなものだったが、日本のどこにでもあるような場所で撮影されているせいかリアルで怖かった。

 エンドロールを見終わりイヤホンを外す。大きく伸びをしてからパソコンを閉じた時、部屋が一瞬明るくなった。

 驚いて部屋を見回しているとゴロゴロと低い音が聞こえる。

 気づかないうちに天気が悪化して雷が鳴り出していたようだ。よく聞くと雨音もだいぶ激しくなっている。

 窓から雨が入るなんてことはないだろうが、念の為閉めておこうと手を伸ばした時、また部屋が一瞬明るくなった。そして数秒後には轟音が部屋中に響く。

 私は思わずその場で固まってしまった。雷が怖いからではない。見てはいけないものを見てしまったからだ。

 手を伸ばした窓に一瞬光が指した時、小さな手の影がカーテンに映し出されたのだ。

 きっと見間違いだと思う心とは裏腹に、身体はピクリとも動かない。

 だってここは2階ですぐそこは壁だ。ましてや子供が手を伸ばして届くような高さではない。

 自分の手よりふたまわり程も小さな手の影。

 まるでさっき見た映画に幾度となく出てきたあの子のような小さな手。

 カーテンをめくったらそこにいるかもしれない。少しだけ空いた窓から覗いているかもしれない。怖い。

 恐ろしい想像がどんどん溢れ止まらなくなる。

 それを裏付けるかのように再び稲光が瞬き、今度ははっきりと見てしまった。

 窓の左下。小さな手の影が薄いカーテンにはっきりと映っていた。

 心臓が早くなっていく。雨音が聞こえなくなるほど自分の鼓動がうるさい。

 見間違いなんかじゃなく本当に見てしまった。確実にあれは手だった。

 頭を埋めつくしていた想像が形を得たように恐怖となって襲いかかってくる。今すぐにでもここから逃げ出したい。どうせ光も風も入らないならいっその事窓なんてなければ良かった。

 怖い。逃げたい。助けて。

 

 トントンッ、ガチャ

「ねぇ雨戸閉めるの手伝って頂戴。外すごい雨風なのよ」

 母がノックの返事も待たずにドアを開けた。

 全身の硬直が解けて思わず椅子に座り込む。気づけば全身冷や汗をかいていた。

 わかったと返事をして深呼吸してから立ち上がる。

 部屋の電気をつけてから勢いよくカーテンを開けて窓を閉めた。

「1階の雨戸お願い」

 先に妹の部屋の窓を確認しに行った母が廊下に向かって声を張り上げている。

 それを聞いて私は部屋を出た。

 

 カーテンの開けっ放しにされた窓には、街路樹の濡れたもみじがぺたりと1枚張り付いていた。

 

 

 

 たったそれだけ。

 それだけの事が私にとっては堪らない。

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