妄想4:棚の上の人形
私の部屋は狭い。
一応4畳半程の広さはあるのでそこまで狭いという訳では無いが、クローゼットや押入れといった収納スペースがないのが問題だ。
ベッド、勉強机、衣装ケースで既に部屋の半分以上が埋まっているにも関わらず、壁に所狭しと置かれた棚に趣味の本やDVDがぎっしり入っているので圧迫感がすごい。
その上窓から光が入らないので、より一層部屋を狭く見せていた。
突っ張り棒で固定してはいるが、天井近くまで積んでいる棚は倒れたら一溜りもないなと自分で設置しておきながらいつも思う。
しかし現在進行形で趣味の物は増え続けているので仕方がないのだ。
先日ついたエアコンのおかげで部屋が涼しくなったので、今日は雰囲気を作ってから映画を見ようと決めた。
設定温度を20度にして部屋を少し肌寒いくらいにする。
カーテンとドアも閉めて電気を消せば、遊園地のお化け屋敷のような真っ暗で涼しい空間の出来上がりだ。
最高の雰囲気で今日見るのは、子供の人形が家族を襲っていくホラー映画。
先週ロードショーでやっていたのを一度ちゃんと見たかったので、昨日借りてきたのだ。
机の横にかけていたカバンからDVDを取り出しパソコンで再生する。
予想はしていたが、笑いながら人形が追いかけてくるのは自室の雰囲気も相まってなかなかに怖かった。
エンドロールが終わり、大きく伸びをしてから部屋の電気をつける。
そのままベッドに飛び込むと、後ろでガタンッと何かが落ちる音がした。
なんだろうと体を起こして振り返ると、本棚の1番上に置かれていた人形が下に落ちていた。
小学生の頃にねだって買ってもらった、3頭身程の女の子の人形だ。くりくりとした目で可愛く微笑んだまま棚の目の前に横たわっている。
勢い良くベッドに飛び込んだので振動で落ちてしまったのだろう。人形を拾って元の位置に座らせた。
今度はあまり振動させないようにベッドへ寝転ぶ。
携帯をいじろうとポケットに手を伸ばした時、ガタンッと音がする。
振り返ると人形がまた落ちていた。先ほどより少し遠くに、同じように仰向けで横たわっている。
置き方が悪かったかなと思い、もう一度拾うとさっきよりしっかりと座らせた。
手を離しても落ちない事を確認してから再びベットに寝転ぶ。
その瞬間ガタンッと音がする。
反射的に振り向くと人形は先ほどよりも遠く、ベッドのすぐ近くに落ちていた。
嫌な予感がして映画の人形が脳裏をよぎる。
まさかとは思いつつも拾うのを少しためらってしまう。
小さい頃どこに行くにも持って行って沢山遊んだ人形なので、そのままにしておくのは可愛そうになってきて拾い上げた。
人形は相変わらず可愛く微笑んだままだ。
三度目の正直と思いつつ棚の上に乗せる。
今までより深く座らせ、何度かバランスを確認してから手を離した。
流石にもう大丈夫だろうとベッドに腰掛けると、ガタンッと後ろで音がした。
心なしかさっきよりも近くで鳴った気がする。血の気が引いて体が固まる。
ただ落ちただけ、それは分かっているのに振り向くのが怖い。
映画のように人形が喋ったわけでも、ナイフを振り回して追いかけてきたわけでもない。ただ近くに落ちただけ。
それだけなのに恐怖で動けない。
体は動かないのに頭は嫌な想像ばかりがたくさん浮かぶ。
振り返って、もしこちらを見ていたりしたら。もしいつもと違う表情をしていたりしたら。勝手に動いたりしたら。
考えないようにしたいのに止まらない。
心臓がどんどん早くなっていき、手足は氷のように冷たくなっている。
こんな事ならエアコンの温度を下げたりするんじゃなかった。
しかしずっとこのままでいる訳には行かない。
人形がどんな形であろうと、私が動かない事には現状は打破できない。冷たくなってかじかみ始めている手を握り、気合を入れる。
大きく深呼吸をしてから勢いよく振り返った。
私のすぐ後ろには少し大きめのテディベアが転がっていた。
去年友達と遊園地へ行った時に一目惚れで買ってきた物だ。
思わず止めていた息と一緒に全身から力が抜けた。そのままベットに倒れ込む。
ゆっくりと大きなため息をついて、机の上に置いていたリモコンに手を伸ばしエアコンを切った。
テディベアを抱きながら棚の上に視線を向けると、先程の人形はしっかりと座っていた。
頭が大きいせいか少し首を傾げながら、今までと変わらぬ可愛い笑顔で微笑んでいる。
そして人形の隣には、テディベアが置かれていたスペースがぽっかりと空いていた。
たったそれだけ。
何でもない事が私にとっては刺激的だ。
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