妄想2:ドアの向こう
私の部屋のドアには鍵がない。
廊下の1番奥の部屋で妹だって滅多に来ないから必要ないと言われれば必要ないんだけれど、それでも鍵をかけたくなる事はある。
そんな時は心ばかりの抵抗としてゴム製のドアストッパーをドアの隙間に押し込む。こうすれば外から開ける時に苦労するくらいには一応役に立ってくれる。
今日は雨が降っているせいで、まだ夕方なのにいつも以上に部屋が暗い。遠くで雷の音も小さく聞こえてきた。
そんな時はパニックホラー系の映画が見たくなる。
いつもの様に棚からDVDを取り机の上のパソコンで再生し始めた。
イヤホンで聞いているせいか雨音や雷の音は聞こえない。その代わりに耳に響くのは、外国人女性の叫び声や殺人鬼の斧を引きずる音。
結局ハッピーエンドにはならず殺人鬼が街へ消えていく姿で映画は終わった。エンドロールまで見てからイヤホンを外す。
我ながら神経が図太いので、血しぶきを沢山見た後だと言うのに小腹がすいた。
1階のリビングへ食べ物でも取りに行こうかと椅子から立ちあがった時、部屋の外で物音がした。
思わず動きを止めて耳をすませる。
父と母はまだ仕事だし、妹も友達と遊びに行っているのでまだ帰ってきていないはずだ。家には私一人のはず。
それなのに部屋の外からはギシッギシッと廊下を歩く音がする。
歩くのに合わせてガチャガチャと金属音をさせながら、ゆっくりと一歩一歩踏みしめるように廊下を歩いている。
先程見た映画の映像が脳裏をよぎった。
女性が隠れている部屋の前を殺人鬼がゆっくりと歩いていくシーンだ。腰につけたドライバーやバールには血がべったりとついていて歩く度に音が鳴っていた。
いくらイヤホンをしていたからって誰かが家に入ってきたのが分からないなんてことはないはずだが。
心臓の音が早くなっていく。
部屋の中を見回してみるが、女子高生の部屋に殺人鬼を退治できるようなものなどあるはずもない。
机を動かしてドアが開かないようにバリケードを作ろうか。いや、動かす音で気づかれて先に部屋に入ってきてしまうだろう。
そんなことを考えている間にも足音は近づいてくる。
額に冷や汗が伝う。怖い。
部屋に完全に隠れられそうな場所はないし、隠れられたとしても真っ直ぐこの部屋に向かってきているのだから私の事はバレている。それならいっその事、いきなりドアを開けて驚いているところを外に逃げた方が安全かもしれない。
覚悟を決めて音を立てないようにドアへ向かう。
耳をすませてタイミングを伺っていると、部屋の目の前でゴトッと何かを置く音がした。
遅かった。もう部屋の目の前にいる。今ドアを開けたところで映画の被害者のように殺されてしまう。
どうにか生き延びる策を考えようとするが恐怖で頭が真っ白になっていく。
怖い。死にたくない。
トントンッ
「お姉ちゃん絵の具貸してー!」
ノックと共に妹の声がドアの向こうから聞こえた。
ドアを開けるとランドセルを背負った妹がこちらを見ていた。
「学校に絵の具セット忘れてきちゃったから貸して」
「ちょっと待ってて」
私は棚の奥からしばらく使っていない絵の具セットを取ってきて渡す。
「ありがと!あとお母さんがケーキ買って帰ってきたから降りておいでって言ってたよ」
妹はそう言うと、足元に置いていた黄色いバケツを持って自分の部屋へ引き返して行った。
私はドアを開けたまま部屋を出てリビングへ向かう。
階段を降りながら振り返り、廊下を歩く妹を見ると水を入れすぎたバケツを持って、こぼさないよう慎重に歩いていた。背負ったランドセルには流行っているのかキーホルダーが沢山付いており、歩く度にガチャガチャと音を立てていた。
たったそれだけ。
ただそれだけの出来事が私は楽しくてたまらない。
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