妄想少女

あこね

妄想1:部屋の隙間


 私の部屋には窓がない。

 いや、実際にはひとつあるのだが、その窓を開け放ったところで目の前には手が届く距離に隣の家のブロック塀がそびえ立っているので、昼間だと言うのにろくに光は入ってこない。

 なんなら家の周りが高いマンションばかりで風すらも吹き込んでくる事は稀だ。


 駅に近いという理由だけで高層ビルやマンションが立ち並ぶ場所に戸建てを買った親はどうかと思う。

 そのせいで私の部屋は二階の角部屋だと言うのに電気をつけなければ薄暗く、湿気も溜まりやすいのでジメッとしている。


 でもこの部屋が嫌いかと言われればそうでも無い。

 高校入学のお祝いに買ってもらったベッドが部屋の半分を占領し、小学校から11年使い続けている勉強机には12インチ程の小さなノートパソコン。壁には本棚と収納ボックスが並べられ漫画やDVDが詰め込まれている。ドアには百均で買ってきたハンガー掛けが着いており、学校の制服がかかっている。

 そんなありふれていて、どこに何があるのか全て把握出来てしまう程の広さしかないこの部屋は、言わば私の城。


 最近のお気に入りは、部屋の電気を消して机に置いてあるパソコンで映画を見る事。

 遮光カーテンなどなくても電気を消せば真っ暗になるこの部屋は私専用の映画館だ。

 



 今日は蒸し暑いので何となくホラーが観たくなった。

 棚にある邦画のホラー映画をパソコンで再生する。

 内容は白い服の髪の長い女の霊が出てくるようなありふれたものだ。元々そこまで怖がりではないが、一人で暗い部屋で観るとそれなりに怖かった。

 エンドロールまで見終わり大きく伸びをした時、ふと部屋が涼しく感じた。

 窓など開けていないし、エアコンなんて便利な家電はこの部屋にはない。半袖短パンでいても蒸し暑かったのが、肌寒くさえ感じる。

 映画の再生が終わり消えたパソコンの画面には部屋の中が映っている。いつもと変わらない私の部屋なのに何かが違う気がした。

 部屋の隅の本棚の奥、コンセントの為に壁と隙間を開けていたがあんなに暗かっただろうか?画面に映る隙間を凝視する。

 人ひとりくらいなら隠れられそうな隙間。そう、細身の女性くらいなら。

 暗い部屋でさらに真っ暗なその隙間でスッと何かが動いた気がした。白くて長い服?そんなのそこには掛けていない。第一白いワンピースなんてオシャレな服は持っていないはずだ。

 じっとりと嫌な汗が額を伝う。

 流石に怖くなって目を瞑ろうとした時、視界の隅に見てはいけないものを見た気がした。

 画面の下ギリギリに映っているベッド。その下には隙間が空いているのだが、そこから白い手が出ている。

 人が入れるような隙間ではないはずだし、自分が部屋に来た時、既に誰かがいたなんてこともあるはずがない。

 心臓がうるさいくらいに早くなっていく。

 見てはいけないと思うのに、目が離せない。

 こんな時さっきの映画なら振り返って確認したりするんだろうが、今そんな事をしてしまえば本当にやばいモノが見えてしまう気がして動けない。それどころか恐怖で指一本動かせなくなっている。

 その時、何かに足を触られた気がして心臓が飛び出しそうになる。足にヒヤリと冷たい何かが触れている。

 視線だけを動かし足元を見ようとするが机の下は真っ暗で何も見えない。しかし何かいる。いるはずのない何かが。

 真っ暗な部屋の中に自分以外のモノが存在している恐怖。

 先程まで映画として見ていた状況が自分にも降り掛かっている恐怖。

 あってはならない、見てはならない、感じてはいけないモノがいますぐ近くにいる。

 動けない。逃げられない。声が出ない。

 

 トントンッ、ガチャ、パチッ。

 急に部屋の電気が付く。

「あんたご飯出来てるわよ!早く降りてきなさい!」

 眩しさに顔をしかめる私に、母はそう言って部屋を出ていった。

 大きなため息をつく。全身の緊張がほぐれ、冷え切っていた手足に血が巡るのを感じる。

 私は勢い良く立ち上がると、パソコンを閉じ軽く辺りを見回してから部屋を出た。

 

 電気がつけっぱなしになった部屋には誰もいない。

 ただ、部屋の隅には掃除の時に借りっぱなしになっていた白い掃除機が立てかけられ、ベッドの下からは脱ぎっぱなしの白い靴下、机の下には冷感マットが丸めて押し込まれていた。

 

 

 たったそれだけ。

 ただそんな日常の中の非日常が私は大好きだ。

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