第276話 最新武器の御披露目その2 戦艦「安芸」
江戸港から武田信虎さんと武田氏家臣を乗せた毛利の帆船が出航する。
「江戸の港に入れないほどの大きな船ですか」
武田晴信くんが呆れたような顔で聞いてくる。彼は、何度か京に来た際に堺の港で停泊している毛利の戦艦「角盤」を間近で見たことがあるらしい。
「なっ・・・」
やがて見えてきた海に浮かぶ灰色の人工物に絶句する武田氏の人々。
海に浮かぶ鉄の砦は初めて見る人々にとって正に圧巻である。
「最初に船の名を聞いたときには、国の名を付けるとはと笑っていたが・・・なるほど確かにこれは、国の名を冠するに相応しい船よの」
武田信虎さんは唸るように呟く。まあ、船の名前に安芸というのは、元就さまが鎮西大将軍に任命されたから命名出来たんだけどね。
「さぁ乗船しましょう」
安芸から垂れ下がっている縄梯子で安芸の甲板に移動する。あちらこちらで感嘆の声が漏れる。
「これは・・・鉄で出来ているだと?沈まないのか?」
武田信虎さんが、船が何で出来ているのかをすぐに見破った。
「土で出来た茶碗が、中に水が入らなければいつまでも水に浮かんでいられるのと同じ理屈ですよ」
「なるほど?」
武田信虎さん以下武田氏の皆さんは納得したような、していないような顔をするが、まあ鉄の塊が水に浮かんでいるとか言われても直ぐに納得は出来ないだろう。
「まあ、どうしても理屈が知りたいのであれば後で個人的に聞き来てください。では第二艦橋にご案内します」
とりあえずその場を濁して船内に案内する。
「安芸発進!」
号令と共に汽笛が鳴り響いて、ゆっくりと船が動き始める。
「なんだ。この外と中を隔てている透明の板は!」
窓から風が入ってこない事に気付いたのか、山本勘助さんが呟く。
「ガラスという板です。外に出なくても遠くを見ることが出来ます」
「おお、これが若が言っていたガラスなのか・・・」
つかつかと窓の側に歩み寄って、ペタペタとガラスを触る山本勘助さん。
「ほう。これがガラスの使い方か」
武田信虎さんも近よって興味深くガラスをコンコンと叩く。
日本にもガラスそのものは紀元前三世紀の青森の遺跡から出土していて、五世紀までには製作方法が中国から伝来しているらしいけど、八世紀頃には衰退して、そこから復活したのが江戸時代に入ってから。窓にガラスが使われたことに至っては1755年の長崎オランダ館が最初の記録らしいんだよね。
「これなら風に遮られず中から外が観察できます」
速度がそれなりに出るからね。
「まずは湾内をぐるっと一周ほど航行します」
そう宣言して船を巡航速度で走らせる。武田氏の皆さん武田晴信くん以外の人が船酔いでぐったりしたよ。
「ではこの度の主力演目、火力演習です。眼前の船をご覧ください」
眼前に停泊している関東の商人から購入した中国のジャンク船を指さす。
前歴は、関東と中部・関西の間を往き来する輸送船で、そこそこ大きい。
「目標、前方のジャンク船!」
「アイアイ!」
返事と共に目下の砲塔が不規則に動き出す。この砲塔はグリグリ動きますというアピールだ。
「撃て!」
ドゴーン
砲塔が轟音と共に火と煙を吐き出す。
「着弾・・・いま!」
陸自っかけぽいかけ声だがカッコイいからヨシ。
ドパン
水柱が立ち上がる。
「夾叉!」
着弾したのがジャンク船の左上と右下だったようだ。すぐさま位置の修正が伝達される。
「次弾発射!」
ドゴン
「着弾・・・いま!」
ドガン
物凄い破壊音が響く。
「一番命中!ニ番命中!!」
「おぉ!」
武田氏の皆さんから感嘆の声が漏れる。船酔いは吹っ飛んだ模様。
「あーちなみにあのような攻撃を五里ほど先にまで飛ばせます」
五里。つまり20キロ先まで飛ばせるということだ。
「五里と言うことは・・・」
「多分ここから江戸城までは余裕で届きますね」
俺がニッコリ笑うと、武田信虎さんは何やら考え込む。
「決めたぞ。武田は毛利に降る」
意を決したように武田信虎さんは断言する。
「そうですな・・・
武田信虎さんの甥である勝沼信元さんが頷くと、周りの人間も賛同の声を上げる。
うむ。戦わず力を見せつけて勝つ。予定通り。
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