第227話 来たのは麒麟か駄馬か(前編)
1538年(天文7年)1月 ー 美濃(岐阜南部) 稲葉山城 -
- 三人称 -
いまから8年前、土岐頼芸は兄の土岐頼武を越前(岐阜北西部を含む福井嶺北)へと追放し、実質的な美濃の守護職となる。それから5年をかけ地盤を強化した土岐頼芸は、父の十七回忌を執行することで正当性をアピール。正式な守護職となるべく幕府に働きかけた。
しかし、その働きかけは打倒毛利氏に燃える管領細川六郎に利用され、修理大夫から守護職に遷任されるも甥の土岐頼純と朝倉氏の連合軍による美濃全土に広がる戦いへと巻き込まれることになる。
結果的に、管領の細川六郎は刑場の露と消え、近江(滋賀)、伊勢(三重北中部から愛知、岐阜の一部)、志摩(三重東端)、越前の支配者が毛利氏へと変わり、足利幕府は消滅した。
ちなみに、守護職の任免権は源頼朝が後白河法皇から与えられた権利であり幕府の専権事項だ。足利天晴が朝廷に将軍職を返上し足利幕府が消滅した以上、いまこの時点で新しい守護職が任命されることはない。現状では、最後の正式に任命された守護職ということになる。
「はぁ」
斎藤利政は、稲葉山中腹にある城の館にある明り取り用の窓から見える金華山の山頂に普請途中で中止に追い込まれた自分の城の天守を見て小さくため息をつく。毛利氏からの
土岐頼芸としては戦で荒れた領国がようやく一息つき、長年目の上の瘤だった近隣勢力が全て綺麗さっぱり消え去ったことで安心したのだろう。大桑城の城下に立派な守護所を建設するのだと、商人から銭を領民から労働力を家臣からやりがいを搾取している。斎藤利政も稲葉山城の天守用に確保した資材と作業員を献上品として土岐頼芸に横取りされている。
そのおかげで、美濃の商人や土岐氏に従属関係にある美濃の国人など必要な人材は引き抜き放題だと、同僚の松永久秀がホクホク顔で言っていたのを思い出す。あと三月もすれば農繁期に入り、色々と物入りになるのだが、そのとき美濃の商人が土岐頼芸の言葉に
「稲葉山の山麓から退去してくれたのは僥倖だが・・・」
呟きながら斎藤利政は窓に備え付けの明障子を閉める。火鉢という暖房器具を使うときは、一定の時間ごとに部屋の空気を入れ替える必要があると注意を受けていたからだ。
「殿。明智さまがいらっしゃいました」
「通せ」
斎藤利政が許可を出すと戸が静かに開き、細い吊り目の男と子供が入ってくる。近親者と言われればそう見える程度には似ているが・・・
「弥次郎殿。明けましておめでとうございます(意訳)」
「こちらこそ。明けましておめでとうございます(意訳)」
斎藤利政が頭を下げると、細い吊り目の男・・・明智光安も小さく頭を下げる。明智氏は美濃土岐氏の庶流だが、明智光安の父である明智光継が斎藤利政の父である長井利隆の手腕に惚れこんで、家臣に収まっている。その際、明智光継は忠誠の証として娘を人質に差し出したのだが、3年前には斎藤利政へと嫁いでいる。つまり、明智光安と斎藤利政は義兄弟である。
「で、今日は・・・」
斎藤利政はすっと、明智光安の隣に座る子供を見る。
「お初にお目にかかります。明智光綱の子で明智彦太郎と申します」
子供なりに必死で覚えたであろう作法で挨拶をする。
「斎藤新九郎利政と申す。楽にされよ甥っ子殿」
斎藤利政は笑いながら甥っ子の肩を軽く叩く。ただ、斎藤利政が小見を娶った時に、義兄である明智光綱に嫡男がいるという話は聞いたことがない。
ちらりと明智光安に視線を送れば、渋い顔をしたまま視線を返してくる。なるほど。明智彦太郎は明智光綱の訳アリの子かと、斎藤利政は推測する。
「そういえば甥っ子殿は
パンパンと斎藤利政が手を叩くと、すっと戸が開き、小姓が入ってくる。
「彦太郎殿に蜂の蜜を絡めた
「あ、あの」
明智彦太郎が物凄く動揺した声を上げる。
「儂と弥次郎殿は、これから政の打ち合わせをするので退屈でしょう」
ちらりと小姓に視線を投げると、小姓は心得たように明智彦太郎を部屋の外へと連れ出す。
斎藤利政はおもむろに立ち上がり、部屋の奥まで行くと、床の間の隣にしつらえた違棚に置かれていた琥珀色の液体が揺れる透明なガラスの壺とショットグラスふたつを取る。
「毛利の畝方施薬院頭殿から頂いた烏伊思幾という酒精の強い酒よ。城とは言わんが、近江(滋賀)の商人に壺と杯で売れば平地に砦の一つぐらい建つ」
コトリとショットグラスとガラス壺を明智光安の前に置く。
「で、儂の後ろ盾を望む彦太郎の種は誰だ?
斎藤利政が二発の
- ☆ - ☆ - ☆ -
キンカ頭さんの謎・・・言うほど大層ではありませんが
あと正月の挨拶は生暖かくスルーしていただければ幸いです
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます