第226話 加賀の地は無人の地を行くように

1537年(天文6年)12月 ー 加賀(石川南部) 富樫館 ー


 今年の雪は10月の末からチラつき始め、11月の中旬には日中に日差しがあっても溶けることがなくなった。小氷河期の足音が半端ない。ただ幸いなことに、冬の早期の訪れと厳しさを予測していたので行軍速度を上げ、下間頼慶さんの説得と大勢の浄土真宗本願寺派の門徒さんが集結したことで加賀の制圧はほぼ完了している。

 現在は、先日毛利氏に臣従した加賀の守護だった富樫泰俊さんの拠点である富樫館に駐留し、富樫館から5キロ北北西にある尾山に加賀での防御拠点となる金沢城(仮)の縄張りと犀川河口にある宮腰湊の拡張工事を差配している。

 ちなみに史実だと、この時代の加賀の守護は弟の富樫泰縄さんなんだけど、富樫泰俊さんが一向一揆で越前(岐阜北西部を含む福井嶺北)へと落ち延びるイベントが発生していない。なので、2年前に亡くなった先代の富樫稙泰さんの後を嫡男である富樫泰俊さんが継いでいる。ああ、重ねて言うけど、加賀の守護大名としての富樫氏は既に毛利氏に臣従して滅んでいる。一応説明しておくと、従属は現代風に言うとライバル会社の子会社化。臣従はライバル会社の吸収合併ね。


「世鬼様と松永様が到着しました」


 木戸の向こうから富樫家の家臣の声がする。


「解かった。すぐ行く」


 俺は置かれていた報告書を懐に仕舞い、部屋を出る。廊下がめちゃくちゃ寒い。


「畝方施薬院頭さま。参られました」


 富樫家の家臣の声で目の前の木戸がすっと開けられたので部屋に入る。部屋には火鉢があり廊下よりは寒くない。


「面を上げて下さい」


 部屋にいた加賀攻めの朝倉軍総大将である朝倉宗滴さんと朝倉軍の軍目付で金沢城(仮)の縄張りを差配してる朝倉景紀さんと宮腰湊の拡張工事を差配している尼子詮久くん。そして二代目世鬼煙蔵こと世鬼近矩くんと松永久秀さんが頭を上げる。


「松永殿。此度は加賀までご足労いただき感謝しております」


「いえ。この冬の大雪で加賀は元より、越中(富山)、能登(石川県北部、能登半島)で被害が発生しており、その対応でとても忙しいとお伺いしております」


 松永久秀さんが僅かに右手を上げて左右に振る。松永久秀さんが言うように、今年の冬は大雪の影響で北陸地方では大きな災害が発生している。例えば雪の重さで家が倒壊したり雪崩で村が埋まったり、凍死者、餓死者あと一酸化炭素中毒死とみられる病死者などが多数発生している。

 で、被害に遭って救助要請があったところに救助隊を派遣したり食糧支援の差配をしたりと、ここ北陸にいる毛利軍では一番偉い人である俺はそれなりに忙しい。なので元就さまの所には新年の方針会議を欠席することを伝えている。

 「上の判断を仰ぎます~」で住民からの陳情をたらい回しにすると、碌なことにならないからね。なお、兵士達には「報告、連絡を怠れば多数の死者が出る。人間だから忘れることはあるから、発覚したらすぐに上に相談する。2回までなら罰することはない」と言い含めて徹底させている。三度同じ事をしたら?軍隊で報告隠蔽は洒落にならないから厳正に処分するよ!


「では、毛利北陸方面軍の定例会議を行います」


 松永久秀さんが発言を求める挙手をする。


「ではそれがしから。美濃(岐阜南部)の現状と調略の進捗のみ。すぐに終わります」


 松永久秀さんは脇に置いていた包みを解いて一つの書簡を取り出すと俺に差し出す。書簡の内容は毛利氏に臣従するという内容の伊勢神社の起請文。ご丁寧に国人当主の血判が押されている。ざっと書簡となった起請文に目を通したけど、稲葉良通や伊賀定重や氏家行隆という名があるのが見える。確か西美濃でも結構有力な国人だった筈だ。


「書簡の通り、西美濃での調略は順調に進んでいます。土岐美濃守が守護職に遷任したと吹聴し浮かれ足元が見えておりません。守護職に相応しい館を建てるのだと住民に重い賦役を課したため不満が溜まっております」


 松永久秀さんの言葉に深い溜め息が重なる。「人は城。人は石垣。人は堀。情けは味方。仇は敵なり」というのはあの武田信玄の言葉だが、毛利氏というか俺から薫陶を受けている人間なら、土岐頼芸が最悪の手を打っていることに即座に気付いて、溜め息が出るのも当然だ。


「美濃にいる土岐氏の庶流をなるべく多くこちら側に引き込んで下さい。ああ、今、土岐氏を名乗る人間は切り捨てて構いません」


「土岐はダメですか?」


「温情で他国に追放しても追放した国の戦力を借りて攻めてくる一族とか普通に要らんだろ」


 尤も、今後土岐氏を担ぎ出す勢力は無いだろうから、気にする必要は・・・って朝倉宗滴さんが凄い顔をしてるな。ああ、唆した朝倉氏側の当事者はまだいるんだっけ。


「宗滴殿。身内の首に鈴ぐらいはつけておいて下さいね。頼みますよ」


 朝倉宗滴さんが物凄い勢いで首を縦に振る。取れたりしないよね?


「あ、ごほん。城の縄張り及び基礎工事ですが、義父殿の式鬼神が無休で働いており遅れはありません」


 朝倉景紀さんが報告する。


それがしの所も義父殿のゴーレムのお蔭で順調に進んでいます。春には弁財天級貨物艦の寄港も出来るでしょう」


 尼子詮久くんも報告する。なお朝倉景紀さんは付き合いが短いのでゴーレムのことを陰陽術による式鬼神だと言い、一方で付き合いの長い尼子詮久くんは普通にゴーレムと言ってたりする。


「宗滴殿のところは何か問題は「当家の目的は既に達成しましたから特に問題はありません。ただ、兵の規律が緩んでおります。雪解けする頃には越前に帰国させるべきかと」起きてませんか?」


 俺の問いに朝倉宗滴さんはフライングで答えを返すとか、緊張するにも程がある。


「判りました。毛利領で兵を募集しますので、春以降の兵役を望まない民の数を把握しておいて下さい。」


「農民に賦役を課さないのですか?」


 朝倉宗滴さんは首を傾げる。


「毛利は兵と農を分離しており、武士ではないけど兵役専門の民がいるのです。宗滴殿には、この遠征後に毛利の軍政についてみっちり勉強してもらいますので」


 朝倉宗滴さんから、ごくりという唾を飲む音がして、どんどん顔色が悪くなっていくのが見えるけど、そんなに難しくないよ!

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