第228話 来たのは麒麟か駄馬か(後編)
ー 斎藤利政サイド ー
「判るか・・・」
ガラス壺の栓を抜き、二つの・・・ショットグラスという盃に琥珀色の液体を注ぐのを見ながら明智光安殿が口を開く。
「いくら
「あまり似ていないから」とは口に出さない。正室腹の長子を廃嫡し、側室腹の末っ子を嫡男に据えるとか、母が誰とも知らない庶子を正室の養子にして嫡男にしたりとか、庶兄が弟の嫡男を謀殺して嫡男になったりとか、お家を継ぐための涙ぐましい努力が繰り広げられるのはよくある事だ。
「まあ、いずこの家も大変ですな・・・ああ、酒精が強いので、三献のように酒精を測ってから飲んで下さい」
コトリと音を立て、ショットグラスを明智光安殿の前に差し出す。
「忝い」
三献・・・まず一口二口、チビチビ飲めと注意したにも関わらず、明智光安殿はくいっとグラスの中身を一気に飲み干す。
「げほげほげほ、喉が、喉が焼ける」
気管にでも入ったのか、明智光安は派手に咳き込む。自分と全く同じ轍を踏んでいる明智光安を見て、思わず苦笑いする。
「酒精を測って、と言うたでしょう。まあ、慣れるとこの喉が焼ける感じと鼻を抜ける香りが癖になるのですがな」
畝方元近殿から、烏伊思幾は水やお湯や氷や果汁で薄めることで飲み易くなるということを教えて貰ってはいるが、飲み易くするということで自分の烏伊思幾の消費量を上げられても困るので勧めるつもりはない。まあ、売ってくれと頼みこめば、烏伊思幾とかは市場より遥かにお安く手に入れることは出来るのだが、既にそこそこの高さに積み重なってしまった借りを更に積み上げるのは宜しくないだろう。
「三献と言いましたからな。あと二杯は飲めますがどうしますか?」
一応聞いてみると、明智光安殿は「では、あと一杯」と答える。意外にイケるらしい。
「では・・・」
差し出されたショットグラスに烏伊思幾を注げば、今度は慎重にグラスに口をつけてゆっくりと飲み干す。
「いや、まことに香りが癖になりますにゃっく・・・」
明智光安殿が顔を真っ赤にして語尾に妙な吃逆をつける。酔うの早くないだろうか?
「食事を用意させましょう。あと清酒も」
パンパンと手を叩き、小姓を呼んで食事の準備をさせる。席を外している彦太郎殿にも食事を出すように指示を出す。明智光安殿と明智彦太郎殿の両名は、元より今日はこの城に泊まる予定なのだ。
- 暫し歓談 -
「彦太郎殿の後見は引き受けよう。まあ、他の国人との仲裁と万が一攻められた時に援軍を送ることを確約するぐらいだが」
「出雲舞彩」という文字が書かれた貼り札のされた陶器の酒瓶を、自分の湯呑に傾けながら明智光安殿に告げる。今吞んでいる「出雲舞彩」は、出雲(島根東部)産の特級清酒。言うまでもないが、畝方元近殿からの御裾分けである。
「あひがとう。実はな、彦太郎もひょうだが、我があにゃも生母は正室でも側室でもにゃいのだよ」
泥酔した明智光安殿の言葉に、危うく酒瓶をポロリしそうになる。明智家は、庶流とはいえ名門土岐氏の一族。婚姻ですら重要な外交の筈。
「弥次郎殿は正室のお子だと聞いたのだが・・・」
「明智の一族はにゃ。土着の上総介・・・今はの妻木家と幕府の奉公衆で宗家の兵庫頭家。それと親父殿の間で因縁があってにゃ」
本当に酔ってるのか若干怪しくなってきた語尾で明智光安殿は滔々と話し出す。どうやら事の起こりは今から50年程前の1490年頃。京の兵庫頭家の明智玄宣と分家である上総介家の明智頼尚の間で宗家の知行地である美濃(岐阜南部)妻木の地を巡って内紛が起こったのが始まり。
内紛は1495年頃に妻木の地を折半することで和睦が結ばれるのだが、この和睦はすぐに明智頼尚によって破られ、1502年頃には妻木の全域を支配することになった。
で、この暴挙に憤ったのか、はたまた主家の土岐氏の離間の計に掛かったのか、明智頼尚の嫡男である明智頼典が明智長山城で挙兵する。
即座に明智頼尚は、明智頼典の籠もる長山城を攻めたのだが、攻略することはできず、明智頼尚は明智頼典を義絶・・・肉親としても君臣としても縁を切った。
一方、義絶された明智頼典は、明智氏としての正当性を得るため、妻木の地を失って没落した京の兵庫頭家に目を付ける。兵庫頭家の男子を養子にすること条件に、兵庫頭の官位と新たに光継の諱を授かったのだ。このとき養子に取った男子が元服して明智光綱となる。
更に明智光継は、自分の血を継がせるために明智光綱に自分の娘を与え、生まれたのが明智彦太郎だという。
繰り返すが、ややこしい話だがお家の継続が第一なので仕方ない。だが二代続けて正室を蔑ろにするという神経は判らないな・・・後見の話はちょっと早まったか?
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