第217話 今川彦五郎、罠を張る

 今川彦五郎が考えた大物喰い作戦は、斯波軍の主力の半分近くが二俣城に入った頃を見計らって、城の麓に展開している小荷駄隊を強襲殲滅。斯波軍の継戦能力を奪い、降伏させるというもの。なにしろこの時代・・・いや、あと50年ぐらいは、どんなに優位に戦いを進めていても、食糧が尽きれば負けである。

 まぁ、どちらも「相手に勝った」と喧伝するので、常勝の軍神やら不敗の名将なる武将がぽこぽこ生まれたりする。


「行けるか・・・な」


 今川彦五郎が静かに右手を上げると、後ろに控えていた弓兵が、鏃に布を巻いた矢を油の入った壺に浸す。


「火を点けろ」


 弓兵たちは矢を松明にかざして火を点け、弓に番える。


「放て!」


 命令と共に火のついた百本近い矢が空を翔け、斯波軍の小荷駄隊に襲いかかる。なお、食料を入れて運ぶ容器は草で編んだ籠である。簡単に火が点くとたちまち炎を吐き出す。食事休憩のため籠を背負ったまま地べたに腰を下ろしていた者も多く、かちかち山の狸のごとき光景が各所で見られた。


「掛かれ」


 鬨の声が上がリ、槍を構えた今川彦五郎の指揮する軍が、斯波軍の小荷駄隊に向かって突撃を開始する。


「小荷駄を守れ!」


 小荷駄隊の護衛が、今川軍との間に割り込むべく動き始める。


「掛かれ!掛かれ!」


 護衛が動き出したのと前後して、武装解除して二俣城を去ったはずの松井宗信の兵が武装した姿で戦場に現れる。

 タネを明すなら、二俣城から持ち出した物資のほとんどは城からそう離れてない場所に、城から少し前に脱出した兵と一緒に隠れていただけ。松井宗信と武装解除した兵が合流し、準備を整えて再びここ二俣城に戻ってきたのだ。またその際、近隣の村からかき集めた雑兵も合流し、その数を1,500に増やしていた。


「武衛殿が二俣城に籠城しようと思わないよう、兵糧は確実に奪うか焼いてしまえ」


 今川彦五郎は笑いながら指示を出す。なにしろ今川氏と斯波氏は同じ足利氏の一族だ。同族の当主である斯波義統の首を取ろうとは思っていない。即座に降伏してもらい、それなりの身代金を条件に手打ちにするつもりだ。


「殿!二俣城の城門が閉じていきます」


 松井宗信が二俣城を指さしながら叫ぶ。


「斯波武衛、正気か!?」


 ゆっくりと閉じていく二俣城の城門に、今川彦五郎も目を丸くさせながら叫ぶ。もっとも、斯波義統には勝算があった。遠江(静岡大井川以西)に攻め込むにあたって、尾張(愛知西部)と三河(愛知東部)から6,000の兵を率いて来ている。

 今川軍が来ないと想定し、二俣城、曳馬城、掛川城を制圧するために兵を3つに分けたが、曳馬城と掛川城を攻略したあとは、二俣城に集結することになっている。

 そうなれば、兵数では再び逆転する事が出来る。なんなら外にいる今川軍を城の兵士と援軍とで挟み撃ちすることも可能だろうと考えたのだ。まあ、考えの根幹は、城門を閉じるよう命令したことに対する言い訳だったりするのだが・・・


「武衛は降伏を拒否してきたか・・・」


 今川彦五郎はふむと考える。実のところ、二俣城を悠長に包囲している時間は無いと思っている。斯波義統を罠にかけて勝利は目前という第一報は、既に今川館へと知らせを走らせている。なので、駿府への帰還が遅くなれば、間違いなく庶兄である今川氏虎は挙兵し、今川館を奪いにくるだろう。


「そうか・・・今回、今川館を奪われても、俺の体裁に傷は付かないのか」


 今川彦五郎は、少し考えてそう結論を出す。今川の跡目争いの最中に攻め込んで来た斯波義統は、まあ、それはまだいい。その撃退に出陣した直系で第一後継者の留守を狙って挙兵し、本拠地を占領。「我れは後継者なり」と声高に叫ぶ今川氏虎・・・いったい誰が支持してくれるのか?

 まあ、それでもなりたいのが武家の頭領かと、今川彦五郎は苦笑いする。


「わざと挙兵させるのも面白くなるかな?ふむ、紙と墨の準備を」


 今川彦五郎は、ふと浮かんだアイディアを相談すべく師である太原崇孚に手紙を書き綴る。三日後、太原崇孚が兵500を率いて、今川彦五郎の後詰めとして駿河(静岡中部から北東部)を出撃。

 その一日後、今川氏虎が拠点としていた花倉の地で挙兵した。

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