第199話 娯楽にも武器にもなるもの(そのとき天に緑の光龍が翔けたという)

「毛利に降伏する者には保護を約束しよう。そうでない者は手に持てるだけの荷物を持って去れ。戦う者には容赦しない。刻限は日暮れまでだ」


 ケタガラン族の若者がタイヤル族の集落に向かって大声で叫ぶ。もっとも、タイヤル族は毛利と正面から戦うことを避け集落に籠ったため大した被害は受けていない。もっとも毛利の勧告を真面目に検討されている様子はない。


「しばし兵糧攻めをしてからのほうが効果がありませんか?」


 江良賢宣は状況を紙に書き留めながら尋ねる。


「やつらは普段から粗食に慣れておる。かなり長期的にやらんと効果は薄いじゃろう」


「我らは先生畝方さまの農地改革のお陰で、極端な飢えから解放されて久しいから時間が読めないと?」


 司箭院興仙の言葉に江良賢宣は首を傾げる。


「粗食での暮らしが長かった儂ですら、いまではもう飢餓の苦しみとか正確に読めんよ。贅沢に慣れてしもうた」


 司箭院興仙は豪快に笑い飛ばす。


「ただ被害を減らす為に兵糧攻めを提案したことは褒めようかの。まあ、今回それをしないのは兵糧と兵が足りんからじゃ」


 一応褒めるところは褒めるということを忘れない司箭院興仙であった。




司箭院さま師匠。まもなく刻限です」


 天幕の外から江良賢宣が声をかける。


「ああ、もう時間か・・・成績は20勝5敗1分けかの」


 じゃらじゃらと左手に持った碁石を鳴らしながら司箭院興仙は口角を上げる。


「4子局貰っても5勝しかできんとは・・・」


 田原親述がペシペシと自分の頭を叩きながら呻く。いま毛利では、暇をつぶすのに盤上遊戯で遊ぶということが嗜みとして流行っている。碁や将棋といった昔からあるものから、畝方元近が明から輸入したという麻雀やチェス。畝方元近が開発したというトランプやリバーシーは老若男女に関係なく人気だ。

 また子供に教育を施す学校という施設では、文字を覚え読み書きするためと称してカルタや双六を作ることもやらせている。また交渉や商売の要素を取り入れた双六の発展形を遊ばせたりしている。

 次々と盤上遊戯の中毒患者を産み出す畝方元近にその秘訣を聞くと、「偉大なる先人に感謝とごめんなさいを」と嘯いたという。


「で、タイヤル族の集落の状況はどうなっている?」


 司箭院興仙の問いに江良賢宣は簡潔に答える。毛利に庇護を求めてきたのは30人。そのうち3人がかなり年老いた男女で、残りは10にも満たないガリガリに痩せた孤児たち。戦になったときは、まず最初に切り捨てられる集落の一番下の層の人間だ。

 つぎに集落から出て行ったのが120人。女性や年寄りを中心とした100人ほどの住民は近隣の集落へと逃げ去り、残りは毛利の本陣に夜襲を仕掛けるべく近くに身を潜めた。もっとも夜襲組は初代今川貫蔵の配下のモノによってすでに始末されている。

 そして集落に残ったのが部族の戦士50人。そうでない住民が200人ほどいるという。これは保護した老人からの情報提供である。


「なるほど50人程度の囮に食いつかない訳じゃ」


 司箭院興仙は顎を触りながら唸る。どんなに野戦を誘ったところで出てこれる戦力差ではない。


「まあ予定は変わらん。集落に砲弾を二発打ちこんでから攻め込む。降伏は認めるが武装を解除したのち追放。庇護はしない。ああ、最初の一発は例の試作弾を使おうか?」


「はっ!了解しました」


 江良賢宣は軽く頭を下げ天幕を出ていく。


「興仙殿。例の試作弾とは?」


 田原親述が眉を顰めて尋ねる。


「欧仙が手に入れた文書の中に万里小路卿の三代前の当主、建聖院殿の日記の写しがあっての。そこから面白いものを見つけた。派手な玩具よ」


 司箭院興仙が嗤うのと同時に、「どん」という轟音と同時に空気が震える。

「ひゅー」という笛の音が辺りに響き、やがて「どどん」という破裂音とともに暮れなずむ空に青緑色の光球が現れる。


「な!」


 田原親述の顔が驚愕に染まる。


「欧仙が言うには、火薬に銅の粉を混ぜると、あのように爆発するとき青緑色の光を放つそうじゃ。花火とか言ったかの」


「火薬に銅の粉。ということは妖術の類ではないのですな・・・」


 田原親述はふうとため息をつく。


「そうじゃな。じゃが知らない奴らが見れば確実に妖術じゃ。周りに派手に喧伝してくれれば後々楽になるじゃろ」


 司箭院興仙はか、か、かと嗤う。


 どん


 続けて轟音が鳴り響き、鬨の声が上がる。予定通り三国崩し改から砲弾が撃ち込まれ、兵が攻め込んだようだ。田原親述は心の中で「たぶんこの作戦は上手くいかないだろう・・・・」と呟いたという。

 そしてそれは的中することになる。

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