第198話 準備は整った模様

- 台湾ダイオワン 深澳砦 評定の部屋 -


「待たせたかの?」


 部屋に入ってきた司箭院興仙は、既に部屋に集まっていた世鬼政近、田原親述、北郷忠相。そしてそれぞれの副官を務める、龍造寺頼純、田原親董、大国四郎、江良賢宣に視線を向ける。


「いえ、問題ありません」


 代表して北郷忠相が答える。


「いましがた、欧仙を通じて御屋形さまと内閣から作戦の許可を得た。準備は済んだか?」


 司箭院興仙は開口一番そう告げる。ちなみに内閣というのは毛利元就を頂点とした毛利領での内政外交を決める最高決定機関のことである。内閣を構成する人間は大臣と呼ばれ、それぞれが省庁と呼ばれる組織のトップであり、毛利元就の独断によって選ばれることはない。


「興仙殿が使った連絡方法は、確か式神でしたか?えらく早いですね」


 かつて諜報と情報伝達を司る省庁の幹部として辣腕を振るっていた世鬼政近が、器用に左の眉を跳ね上げて司箭院興仙を見る。


「早かろ?まあ、ここで使えるのは儂と曹殿だけなのと、鷹便や狼便より伝えられる情報の量がはるかに少ないのが難点じゃがな」


 司箭院興仙はニヤリと笑って見せる。ちなみに鷹便、狼便というのは、畝方元近が飼う鷹や狼に輸送管というものを括りつけて手紙を入れ、短時間で遠方とやり取りする方法だ。

 畝方元近は自身が駆使する鷹便、狼便を「帰巣本能の反則」と言って笑う。帰巣本能だと一方通行だが、畝方元近の飼う狼と鷹は行って帰るということをやってのける。


「それで、本国には式神を使える人間がいるのですか?」


「うーむ。本物の陰陽師なら式神を操ることは多分可能じゃろうが、儂の知り合いに仕官するような酔狂な奴はおらんじゃろうな。あと、欧仙は教えてみんと判らんが」


 世鬼政近の問いに司箭院興仙は少し考えて答える。ちなみに畝方元近からの手紙は、鷹便、狼便を駆使して薩摩(鹿児島西部)に届けられ、薩摩の湊から焼酎になるはずだった大量の唐芋サツマイモとともに船便で台湾に届けられたものである。


「それで、タイヤル族は我らへの襲撃に対して何らかの弁明はしたのかね?」


 司箭院興仙は数日前に、タイヤル族の一団に食糧庫を襲われ、物的被害と警備をしていた3人の兵士が首のない惨殺体となって発見された事件の経緯を江良賢宣に尋ねる。


「はっ。送った使者は3人とも首のない死体となって送られてきました」


「我らも敵の首は獲りますが、それは手柄の確定が主眼ですからな。奴らの首に対する固執ぶりは引きます」


 江良賢宣の報告を補足するように田原親述は苦笑いを浮かべて付け加える。


「ケタガラン族の族長に聞いたところ、狩った敵首は守護霊になるから加工して家の祭壇に飾るそうな」


 北郷忠相の言葉に周りの人間は微妙な顔をする。ただ狩猟戦利品ハンティング・トロフィーに首を飾るというのは古今東西で見られる風習だ。第二次大戦中のアメリカ兵など日本兵の首を煮込んで作った頭蓋骨を本国の家族へのお土産に持ち帰ったという話もある。狩猟民族的な何かかもしれない。たぶん。


「弁明が聞けるとは思わんかったが、使者全員が殺害されるとはな・・・まあいい。これで心置きなく潰せるというものよ。とりあえずたたき台としては・・・」


 やれやれと大きく息を吐くと、司箭院興仙は世鬼政近によってもたらされた地図の上に駒をばら撒く。

 まずタイヤル族の集落の近くに先日までに降伏した海賊50人を現す駒を置く。これはタイヤル族を引き付けるための囮だ。そして右翼にケタガラン族と田原親述の率いる部隊100人と左翼に近畿で雇った傭兵と北郷忠相の率いる隊100人を鶴翼気味に配置する。海賊によって釣り出されたタイヤル族を包囲して叩くのだ。

 この陣形の後方に石蟹カニラの荷台に設置した「三国崩し改」とそれを守る司箭院興仙の率いる50人。タイヤル族がゲリラ活動を行ったときの迎撃ための世鬼政近の率いる遊撃隊50人を司箭院興仙隊の近くに置く。

 方針としては、敵対する者は容赦しない。降伏は認めるが、逃げる者はあえて逃がす。しかし拠点となっている村は完全に粉砕するというもの。


「なぜ意図的にタイヤル族を生かす必要があるのですか?」


 議事録を書き取っていた江良賢宣が尋ねる。


「足枷は重いほどよう効く。身内を殺されて恨まれるのと非戦闘員や負傷兵を押し付けられて恨まれるのでは後者の方が色々と都合が良い」


「奴らにも降伏する言い訳というものを与えてやらんとな」


「然り然り。何より下手に人質を取ると、その世話と監視のために貴重な人手と食料を与えなければならん。こちらの懐が痛むばかりじゃ」


「「「何より貴重な見本が増える」」」


 司箭院興仙、北郷忠相、田原親述が順にとてもいい顔をして答える。


「さて、侵略を始めようかの」


 司箭院興仙が作戦の開始を告げた。

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