第194話 台湾への本格進攻(開始)

※この話は司箭院興仙の報告を基にしており時間が遡っています。


1535年(天文4年)9月


- 台湾近海 -


三人称


「この辺の海は俺の海~♪」


 軽快な鼻歌を口ずさみながら司箭院興仙は海の上を走っていた。もっと正確にいうなら、海面ギリギリを移動する巨大な石蟹ゴーレムの背に乗って移動していた。

 石でできた蟹が水上を走るかといえば否と答えるべきだろう。しかし、そもそも石でできた蟹は動かないのでそれを口にするのは今更である。なにより毛利領内では、この手の木や石や金属で出来た像が動くことを大抵の人間が知っている。しかも誰かが恐れる事がほとんどない。むしろ休むことなく重労働に従事するのに飯を用意しなくていいし暴力も振るわない、文句すら言わない、ただの良き隣人でもある。

 ちなみに司箭院興仙は石蟹ゴーレムを借り受け、摂津(兵庫南東部から大阪北中部)の湊を出航し台湾沖に来るまでのあいだ、眠るために市杵島級小型キャラックに戻る以外はずっとこの巨大な石蟹ゴーレムの背に乗っているほど気に入っていた。


「興仙殿。それが今回の援軍ですか?」


 音を立てることもなく陸に上がってくる巨大な石蟹ゴーレムを見ながら、初代世鬼煙蔵こと世鬼政近は石蟹ゴーレムの背から飛び降りてきた司箭院興仙に声をかける。


「儂がガチャで引いた石蟹ゴーレムじゃぞ」


 司箭院興仙は僅かに鼻の穴を広げ胸をそらす。


「欧仙殿のガチャが引けたのですか。羨ましい」


 司箭院興仙と世鬼政近は施薬院欧仙こと畝方元近が、卓越した知識と怪しい箱から奇天烈な物品を産み出す仙人だと認識している数少ない人間だ。


「それで、儂が戻ってくるまで台湾ダイオワンの調査はどこまで進んだかの?」


 司箭院興仙は尋ねる。


「海岸線はほぼ九割終わっていて、いま今川殿が偵察隊を率いて内地に調査に出かけております」


 世鬼政近が答えを返す。ちなみにこの時期の台湾ダイオワンは大きく分けて16(※)からなる現地部族と中国の沿岸を荒らし回る倭寇と称される海賊団の勢力があった。(※2016年時点で台湾政府が認定した数)

 基本的に内地を現地部族が、沿岸を海賊団が縄張りとしており、毛利が建設した湊の近隣に拠点のあったいくつかの海賊団は硬軟織り交ぜて配下に収めている。


「とりあえず交易に支障のある海賊の討伐を優先じゃな。会議の招集をかけてくれ」


「了解しました。昼餉の時間に招集いたしましょう」


 世鬼政近は頭を下げる。ちなみに朝昼晩と一日三食食べるというのは畝方元近が石見(島根西部)に居た頃に広めた食習慣である。


- 台湾 深澳砦 -


「まずは台湾ダイオワン近海の全ての海賊狩りじゃな。次に南岸にも港と城を造るよう指示が出ておる」


 そう言って司箭院興仙は手元にあった器から蕎麦を箸ですくい、手にあった器の出汁に漬けてずそそと啜る。


「かぁああらぁ!」


 ワサビの塊をいっしょに口に入れたのか、目頭を押さえ、司箭院興仙が唸る。


「興仙殿。内地の現地部族は如何しますか?」


 世鬼政近が拳大の雑穀オニギリを頬張りながら尋ねる。無論、会議に参加している人間全員が蕎麦やオニギリを腹に収めている。会議というよりは食事会の上での雑談に近い。


「現地部族が略奪にきても適当にあしらえばいいじゃろ。攻めるなら、今川殿の情報を得て相手の地の利を失くしてからじゃ」


 司箭院興仙の言葉にその場にいる全員が頷く。


「つぎに海賊どもの排除方法じゃが、あの石蟹ゴーレム・・・そうじゃな。仮にカニラと名付けるが、このカニラで船を固定しようと思う」


「でき・・・るのですか」


 最近水軍から海軍に改編された毛利海軍において辣腕を振るっていたこともある日祖一徹が手を上げて質問する。ちなみに日祖一徹は、市杵島いちきしま級の一番艦「市杵島」の艦長も務めたことのある畝方元近の側近の一人でもある。


「夜中に奴らの船に近づいて、船底に別の錨を打ち込むだけじゃ。簡単じゃろ?」


「なるほど、カニラは見た目通り水陸両用でしたな。石が水中を泳ぐというのは信じられませんが・・・」


「儂も理屈を聞くまでは信じられんかったがの。欧仙が言うには、カニラの身体は二重構造になっていて、体内の水を体外に出し入れすることで前後に進んだり浮いたり沈んだりできるそうだ」


 司箭院興仙の言葉に、その場にいる人間は頭を捻る。


「ほれ、湯飲みは陶器・・・土の塊じゃが、湯飲みの口を上に向けて水に浮かべれば中に水が入らん限りは沈まんじゃろ?」


「確かに・・・つまり船も石で造れば沈まないと」


「沈む力を上回る浮く力を確保できれば、全部を鉄で作っても沈まんらしい。欧仙はいつか作るつもりらしいがの」


「わ、笑えないのですが。まあ首領ならやりかねんか」


 それを聞いて、全部が鉄でできた船を作るという畝方元近の言葉が彼の妄想であると笑う者はいなかった。

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