第195話 台湾海賊の討伐戦

 一隻の小型キャラック船・・・毛利領では市杵島級と呼ばれる船の先端に白髪交じりの髪に日に焼けた浅黒い肌、大きくぎょろっとした目玉が特徴的なひとりの初老の男が立っていた。

 男の名を北郷忠相ほんごうただすけといい島津氏の支族として日向(宮崎)大隅(鹿児島東部)の境にある都之城を守る国人という経歴の持ち主である。毛利が九州に本格侵攻する前後から毛利の重臣である畝方元近との縁があり、現在主家だった島津とともに毛利でもそれなりの地位にいる。北郷忠相の眼前には簡素な桟橋とそこに係留されている二隻のジャンク船。それと少し離れたところに石垣に囲まれた集落が見える。


「意外に規模がデカいな」


 望遠鏡を片手に北郷忠相は呟く。


「あいつら密貿易が主な仕事で、略奪は余禄だと嘯いているとか」


 側にいた北郷忠相の副官でもある糸目の男、大国四郎が答える。ちなみに大国四郎は畝方元近が育てた子飼いの武将の一人である。


「略奪したものを他所に船で運んで売り捌くのは貿易じゃないだろうになぁ・・・」


 ちなみに彼らが嘯く密貿易が、九州や山陰にやってくる一部の明の商人の商いであることは、拠点周辺の海賊を討伐したときに手に入れた情報から知っていた。だから大国四郎の言う「密貿易」という言葉に、北郷忠相も大国四郎やその周りにいる人間も苦笑いをする。


「で、あいつらに降伏勧告をしますか?」


「海賊とはいえ不意討ちで討ったのではあいつらと変わらんだろ」


 北郷忠相は呵々と声を上げて嗤う。


「では使者を立てますか?」


「いや、大弩砲を使っての矢文でいいだろう。文面は降伏か死か、降伏なら白旗を掲げよ・・・だな。文は漢文と和文だな」


 船首に設置されたバリスタに北郷忠相が視線を送ると、大国四郎は「はっ」と頭を下げて、準備を始める。しかし準備が整う前に海賊の方が北郷忠相たちに気付いたらしく、桟橋に大勢の人間が集まってくるのが見える。

 まあ高速航行が身上である自分たちのジャンク船よりも早くて大きい船の接近に気付かないほど彼らは無能ではないということだ。


「好意的じゃないのは見ればわかるが、当てるなよ」


「了解です」


 市杵島級小型キャラック船首のバリスタに取りつき、最近試作されデータ収集のために配備された照準器を覗き込んだ大国四郎は少しの躊躇いもなくバリスタの引き金を引く。大きめの風切り音が鳴り響き、バリスタの矢は桟橋に集まる人の間に突き刺さる。


「うむ。見事」


 北郷忠相の称賛に大国四郎は小さく頭を下げてこたえる。一方、バリスタの予想以上の射程にビビった海賊たちは慌てて後退したり船の陰と逃げ込んでいるのが見える。


「船の方は興仙しれい殿が細工したはずだな?」


「はい。昨晩のうちに仕込まれていると報告が来てます」


「では、降伏勧告の・・・ふむ。決裂か・・・」


 桟橋のほうを望遠鏡で眺めていた北郷忠相は、放った矢文が集落近くにいた恰幅の良い男に破り捨てられているのを見て唸る。


「目標。集落近くで固まってる集団。・・・放て」


 北郷忠相は太刀を大きく振り上げてからゆっくりと振り下ろすと、轟音とともに市杵島級小型キャラックに積んである大砲「三国崩し改」から紡錘形の砲弾が発射される。


 どーん


 砲弾が集団の遥か後方に着弾し、派手な音を立てて土砂をまき散らす。


「第二射。目標を集落の壁に」


「はっ!仰角2度、修正します」


 北郷忠相の指示を受け、「三国崩し改」の砲底が開かれ砲弾が押し込まれる。砲兵がキリキリとハンドルを回すと、「三国崩し改」はゆっくりと砲身の角度を変える。


「次弾装填、並びに射角修正完了しました」


 報告を聞いていた北郷忠相が「放て」と発射を命じる。


 どーん


 どが


 派手な音が鳴り響き壁が崩れ、壁の内側に逃げ込もうとした何人かが巻き込まれ瓦礫に押しつぶされる。それを見た海賊たちが蜘蛛の子を散らすように逃げだす。なかには船に逃げこむ海賊もいた。


「船で逃げる・・・にしても一隻だけか?」


「我々が二兎を追う者は一兎も得ずになることを狙っているのかと」


「ああ、いずれ隙を突いて奪還を狙うとしても兵の数は必要か」


 大国四郎の指摘に北郷忠相は頷く。


石蟹カニラの認識では船を沖へと曳いていくだけと聞いたが?」


 北郷忠相の言葉に大国四郎は「そのように聞いております」と返す。

 やがて、海賊たちを飲み込んだジャンク船が桟橋を離れる。そして舳先を斜めにして船ではありえない速度でどんどんと沖の方へ流されていく。


「あれなら、船は逃げられんな。捕縛と収容の手間が省けたことを良しとしよう。あとウチの船が着岸できるよう桟橋付近の掘削は済んでいるんだよな?」


 ジャンク船は船底が平たく浅いので湊の桟橋付近の水深もそれほど深さが必要が無い。迂闊に接岸して座礁してもつまらないので確認のため聞いてみる。


「はい。まあ、市杵島級を停泊させる程度の水深なら、石蟹カニラが海底に潜って数を百数える間に完了できるようです」


「もしかして一から掘削して百数える時間で停泊可能な水深まで海底を掘り下げられるのか?」


「その通りです」


 大国四郎が実にいい笑顔で答える。


「あーなんだ。本国には成果七割ぐらいで報告しとけよ。石蟹カニラを取られちゃ敵わん」


「ご心配されなくても興仙さまが既に手を打っておいでです」


 ふたりは顔を見合わせて笑った。

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