第193話 新たな救荒植物(暑い所限定)

 部屋の外まで3.3.7拍子のリズムを刻んでやって来た司箭院興仙さん。戸がすっと開くのと同時に・・・


「ちえーす」


 大きな奇声を上げて右手に持った巻いた紙を振り上げながら、司箭院興仙さんが掛け軸の裏から姿を現す。まあ、礼儀をそれなりに重んじる司箭院興仙さんが、取り次ぎを通すことなく、しかもワザとらしく自己を主張するような足音を響かせてやってきた時点で、不意を突く強襲をすることは予想できた。

 たぶん初代今川貫蔵さんか初代世鬼煙蔵さんあたりが嬉々として協力しているのだろう。いま彼らは司箭院興仙さんと組んで台湾より南の地域で諜報活動の取りまとめをしているからね。


「なんの!」


 俺は帯に挟んでいた扇子をかざして司箭院興仙さんの振り下ろした巻いた紙を受け流す。


「うむ。合格」


 そう叫んで司箭院興仙さんはごろんと横に転がり、巻いた紙を横薙ぎに振るう。パコンという間抜けな音と共に、俺の隣りにいた三四郎の向う脛が叩かれる。


「三四郎はまだまだダメダメじゃな」


 立て続けにポコンポコンと3回。三四郎は頭を叩かれる。


「よいか三四郎。いきなり襲撃を受けたときは、すぐに大声で周りに助けを求めよ。あと敵を察知するのに五感だけに頼るな。そうしないと今回のように逆手に取られるぞ。気を付けろ」


 何気に難しい事を要求する司箭院興仙さん。


「いや、さすがに五感の向こう側、第六感やまかんの発動は経験がないと無理でしょ」


 とりあえず突っ込んでおく。ちなみに俺的に第六感というのは、俺が足音と司箭院興仙さんの性格から奇襲を企むだろうと予想したことだ。


「ご無沙汰してます。興仙殿が来られたという事は台湾ダイオワンで何らかの進展があったのでしょうか?」


 俺の問いに、司箭院興仙さんは悪い顔をして「三四郎も聞くか?」と尋ねる。


「いえ、このあとすぐに、たんれんのじかんですので、しつれいいたします」


 問われた三四郎は、パントマイムのロボットダンスみたいな動きで部屋を出ていく。別に居てもいい・・・ああ、先に部屋からの退室を促したのは俺か。


「で、台湾ダイオワンは落ち着きましたか?」


「うむ。そのことで報告することはあるのじゃが、その前にガチャじゃな」


 司箭院興仙さんブレてないな。いいけど・・・とりあえずガチャ箱を取り出す。




「何が出るかな、何が出るかな、ちゃらぁららら、ららららぁ、ぽちっとな」


 怪しいリズムを口ずさみながら司箭院興仙さんがガチャ箱のボタンを押す。


 がしゃん。ぽん。


 C 芋の木キャッサバ×50


「なんじゃ?この木の枝の束は?」


 司箭院興仙さんのテンションが明らかにガタ落ちしているが、俺はニヤニヤが止まらない。キャッサバは寒さと長雨に弱いけど、乾燥に強く、ある程度の長さの茎があれば、降水量が少なくても土壌が酸性でも土に十分な栄養がなくても土に挿し植えるだけで育って増える非常にタフな植物だ。

 しかもキャッサバの根にできるキャッサバ芋は、食べるのに若干の加工の手間がかかるものの、作付面積あたりの生産効率はとても高い。なによりキャッサバを大量生産するということはアルコールを大量生産することができる。飲む以上に医療用の消毒液や燃料に転用することができるというのは大きい。


「これは芋の木という低木樹で、根に芋を付けます。この国だと、薩摩(鹿児島西部)や大隅(鹿児島東部)でも冬の寒さが問題となって栽培することは難しいでしょうが、台湾ダイオワンなら問題ないなく栽培できるでしょう。多分」


 この時代、世界は小氷河期に片足を突っ込んでいるらしく、日本でも畿内から東は冬は平野でもそれなりに雪が積もるんだよね。それで衣川城に籠っていた細川晴元にも逃げられた訳だし。


「それに、この木の芋があれば食糧事情はもとより畜産や医療がはかどります。今まで消毒に利用していた芋焼酎が飲料用に回せるのは大きいですね」


「ほほう。この木の芋で酒もできるのかね?」


 司箭院興仙さんの眼が光る。


「あ、注意点があります。生のキャッサバの葉や芋は青梅と似たような毒があるので、必ず水にさらすか焼くか蒸すか発酵させて毒抜きをしてください。酒は芋焼酎を参考にすればいい感じに飲める酒になると思います」


「流石は欧仙。博識じゃの。その辺のことは後で書面に起こしてくれるとありがたいのだが?」


「判りました。向こうに戻られる前までには紙に起こしておきます」


 そういうと司箭院興仙さんは嬉しそうに頷く。


「しかしなんじゃ。食いきれんほどの食い物と浴びるほど飲める酒があれば、大抵のやつらは懐柔できるからな。その費用が安くて済むのは大きいのぉ」


 独り言のように呟く司箭院興仙さん。ごもっともです。

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