第181話 南で動いたのは六角だけではない模様

 机上演習は、相手を変え立場を変え組む人間を変えて二日ほどかけて行われた。必勝の策を練るだけでなく想定外を想定しその目を潰すのも目的だ。


「最悪の想定外には手を打った」


「既に対応がされた最悪の想定外ねぇ・・・で、実際のところ来るのか?」


 福原広俊さんは、机上演習で予想された想定外とその対応策を纏めた冊子を眺めながら聞いてくる。


「六角と細川の面子を立てるためにも北近江(滋賀北半分)には来るでしょう」


 俺は断言して見せる。なにしろ朝倉宗滴さん「犬だ畜生だと言いたきゃ言え!武士は最後に勝ってナンボじゃ」と言いきる人だ。朝倉の行く末を決めるであろう今回の戦いに顔を出さないなんてありえない。今なら解る。朝倉宗滴さんは、六角氏と毛利氏どちらの立場でも介入してもいいように、自分の義息と俺の義娘を婚姻させるという手を打ったのだ。


「こちらの策が間に合わないときはどうする?」


「そこは心配無用。既に手は打っております」


 そう。朝倉の情報の収集と伝達網には、毛利氏うちの御伽衆がすでに潜伏していて、正しい情報も歪めた情報も速やかに前線に伝達されるようになっている。


「ご歓談中失礼いたします。首領。北畠参議殿の使者を名乗る方が面会を求めております」


 すっと戸が開き犬面の男が声をかけてくる。


「使者殿は名乗ったのか?」


「はっ。神戸蔵人大夫と名乗っておりました」


 犬面の男は訪問者の名前を告げる。神戸蔵人大夫・・・ああ、現北畠家当主の北畠晴具さんの弟の神戸具盛さんか。


「席を外そうか?」


「いえ、察するに六角軍の情報提供でしょう。人払いは必要ないかと」


 そう言って腰を上げそうになった福原広俊さんに留まるようにお願いする。いまさら他国の人間と二人っきりで密会したところでああだこうだと言われることはないだろうけど一応ね・・・


 ・・・

 ・・

 ・


「伊勢(三重北中部から愛知、岐阜の一部)神戸家の神戸蔵人大夫具盛と申します」


 そう言って神戸具盛さんが頭を下げる。思わず「野生の公家が現れた」という恐ろしく失礼な感想が湧いたのは内緒だ。精悍なおじゃる丸とか腹筋に悪い。


「毛利家家臣。畝方施薬大輔元近と申します」


「毛利家家臣。福原左近允広俊と申す」


 こちらも頭を下げる。


「福原が邪魔でなければ同席させたいのですが・・・」


 取りあえず神戸具盛さんにお伺いを立ててみる。


「問題ありません。しかし毛利の一門衆がお二人も衣川城に詰めていたとはそれだけこの城は重要だという事ですな」


 神戸具盛さんは野性味たっぷりの微笑みを浮かべる。そう神戸具盛さんが言うように福原広俊さんは元就さまの従弟。毛利の一門衆だったりする。しかしよく知ってたな。


「さて、誼を深く結びたいところですが時間がありません宜しければ本題に入りたく」


 神戸具盛さんが表情を一転させる。


「此度の先代の京極当主の挙兵は細川晴元の指示です」


 なんだってー!京極高清さんが!?とは言わない。やっぱりそうかという苦笑いしか浮かんでこなかった。いやね、細川晴元が高野山延暦寺と坂本の焼き討ち後に、六角や浅井や京極と仲間割れを起こしてから「だろう」「らしい」で何となく彼らの対立することに納得をしていたけど、一連の事が細川晴元の策と聞いて、不思議と納得している自分がいたりする。実際ところどころ綺麗にこちらの都合によく事が嵌っていた所があったからね。例えば細川晴元の衣川城からの遁走とか。

 ただ一部の人たちはその辺も織り込んで細川晴元の策に乗っかったりしてそうな気もする。


「晴元は、過去の遺恨を忘れて我に協力せよと、兄北畠の棟梁に手紙を寄こしたそうで・・・」


 神戸具盛さんの顔が僅かに歪む。北畠晴具さんの正室は細川高国さんの娘で、細川高国さんが再起を図る際にもいろいろ支援していた。その細川高国さんが対決していたのが細川晴元。細川晴元がいう「過去の遺恨を忘れろ」というのは細川高国さんを討ったことを水に流せという事だろう。

 ないわー。逆ならまだしも恨みを売った方が買った方に綺麗に水に流せとかありえないだろ。しかも細川高国さんを討ったの父親である細川澄元の遺恨晴らしだよね?


「まあそれがしの言葉だけで毛利に信用してもらおうとは思ってはおりません」


 俺が考えを飛ばしたことを訝しんだものを思ったのか神戸具盛さんは懐から二通の書状を取り出す。一通は細川晴元が北畠晴具さんに送った書状の恐らくは写し。そしてもう一通は北畠晴具さんと神戸具盛さんの名前が血判を添えて書かれた伊勢神宮の起請文だった。

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