第180話 動く六角と机上演習
1535年(天文4年)8月下旬
渡辺勝さん救出のための兵10,000人(もっともこのうち2,000人は衣川城に兵糧を運びつつ、京から衣川城までの道を整備するためにすでに編成されていた工兵隊)が編成を終えた。まあ、緊急時に即座に軍を起こせるようにと兵と農民を分離させ訓練していたからこその素早い動員なんだけどね。
ともあれ、急報がもたらされた三日後には元就さまの異母弟である北就勝さんを総大将に長宗我部国親さんを副将としたいわゆる四国勢が中心となった第一陣が摂津(兵庫南東部から大阪北中部)から出立した。
- 北近江(滋賀北半分)蓮華寺 -
これから評定を開こうかと評定所に部下たちが集まってくる中に狼の被り物の服部半蔵くんがいる。うちの面々は、お面や被り物をした人間は御伽衆の実働部隊だと知っているので混乱はない。
「六角の動きはどうか?」
「はっ今朝がた、蒲生藤十郎を総大将に兵1,000が観音寺城を出立。北に移動しています。ですが小荷駄がいません」
服部半蔵くんが静かに答える。蒲生藤十郎というと蒲生定秀。確か蒲生氏郷の祖父にあたる人物だったかな。
「後詰めが少ないな。六角は
「申し上げます」
犬面をつけた声を聞いても性別すら不詳の人間が駆けこんでくる。
「直答を許す」
「はっ。六角四郎、兵3,000を率いて観音寺城を出立。西に向かっております。なお小荷駄はいません」
犬面の告げた報告にザワザワという擬音が目に見えるぐらいに空気がざわついている。もっとも俺はこの辺は予想していたので驚きは少ないけどね。で、小荷駄を必要としてないということは、西へ行く先々にそれなりの兵粮料所を築いているということだ。
南近江(滋賀南半分)の六角領内にある兵粮料所は、毛利領内でもやっている飢饉に備えての米の備蓄庫も兼用しているハズなので、開戦するまで攻撃できないのが厄介だ。
「さて、浅井、京極、六角のいや、恐らく後ろで糸を引いている細川晴元の思惑は、ここ北近江で
「えらく都合のいい展開ですね・・・」
俺の言葉に戸次鑑近くんが苦笑いする。
「あちらは、そこまで都合よく転がって初めてなんとか勝ちだからな。そこしか見られないのは仕方ない。もっとも六角は
あちらこちらで失笑が漏れる。今後、六角軍が進行した各所で徴兵して北近江に攻め込んだとしても毛利氏の援軍との戦力差は3,000+α:10,000。東に陣取る浅井、京極、六角の後詰めと合流すれば数だけは9,000:14,500に縮めることが可能だけど、合流させてやるほどこちらもお人好しじゃないんだよね。
「各個撃破するのがいいと思います」
「「上平寺城に兵糧を運ぶのが先ですね。机上演習の準備をお願いします!」」
島津忠近くんと戸次鑑近くんの声がハモるのと同時にそそくさと机上演習の準備が始まる。まず、それなりに精密な南北近江の地図。その上に六角形のマスが描かれた透明のシートが置かれる。なお六角形の一マスが歩兵が二時間で(毛利は1日24時間を導入している)移動できる距離と想定している。
島津忠近くんを筆頭にした若手武官数人が毛利軍の指揮官を、戸次鑑近くんを筆頭に中堅武官数人が六角軍の指揮官として別れ、地図の上に駒を配置していく。なお兵種を伏せるため、置かれているのは裏に兵種の書かれた丸い木の駒。接敵したり偵察されるまでは裏返して置かれる。まあ、騎馬のように移動力のある駒は裏返っていても判るんだけどね。
そして机上演習が始まる。俺とベテラン武官の数人は賽子を手に戦闘結果を判定する判定員だ。
・・・
・・
・
「六角軍。蒲生隊、槍兵接近。数は30!」
「続いて浅井隊、槍兵接近。数は30!」
すすっと六角軍を指揮している武官が3つの駒が重なった隊を2つほど寄せる。
「毛利軍。大将の渡辺と供回りの槍兵15。迎撃します」
からからと判定員が10面賽子ふたつを振る。出た目は63。演習で事前に設定した六角軍の攻撃力から毛利軍の防御力を引いて差分に出た目の0.63を掛ける。
「被害9、渡辺さま討ち死に!」
記録係が叫ぶ。
「待て・・・今のは三分の一だ被害は3とする」
判定員の一人を務めていた福原広俊さんがふむとつぶやいて判定を覆す。
「渡辺さま被害3。負傷軽微」
記録員が覆った判定を告げる。
「討ち死にした渡辺さまが生き返ったぞ」
「なんてことだ」
「強い。毛利軍は強いぞ」
毛利軍の武官たちがとんでもないことを言い始める。
「福原殿。気持ちは判りますが、机上演習です。結果を歪めては困ります」
「はは。そうだったな。許されよ」
福原広俊さんは、笑いながら渡辺勝さん役の騎馬駒を盤外へと弾くのだった。
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机上演習はかの作品のパロディです。はい
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