第173話 朝顔の婚姻

更新再開です

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1534年(天文3年)12月


 山科言継さんと飛鳥井雅綱さんの尾張(愛知西部)下向に毛利氏の市杵島いちきしま級を貸し出すことを書類にしたため稟議書として元就さまと関係部署に回したところ、毛利氏の金庫番である財政部の文官衆から「タダ、安い値段で貸してはいけません」という意見が、元就さまからは「金は要求しないように」という意見が付いて差し戻ってきた。

 稟議書は組織が大きくなったことで言った言わないで騒動にならないよう、また会議の短縮を計って導入した制度である。ちなみになんでも力で押し通そうとしたり、都合よく忘れる脳筋な方や上司に対抗できると文官衆には好評のようだ。


「格安はダメ。金はダメか・・・」


「金がダメなら物は如何でしょう?勅撰和歌集の写本とか絵画とか」


 稟議書を持って来た財政部の文官が財政部としての腹案を提案する。


「ああ、飛鳥井家といえば、何代か前の当主が勅撰和歌集の撰進に携わっていたような?あとは我が毛利家家臣に蹴鞠や和歌を指導してもらうというのもアリか」


「できれば写本を何種類か・・・」


「まあ、本が貰えなくても借りれればいいか。幸い写本をしてくれそうな人の伝手には困らんしな。なんにせよ、一度、飛鳥井卿にお伺いだ。財政部にはそれで通してくれ」


 俺の言葉に文官は大きく頷く。


 後日、飛鳥井雅綱さんと交渉した結果。三代前の飛鳥井雅世が撰進に携わった1439年に奏進された「新続古今和歌集」の原本に加え、選考資料として集められた永享百首、宝治百首・弘安百首・嘉元百首・文保百首・貞和百首と呼ばれる年度百首の写し。

 更に飛鳥井氏の初代当主である飛鳥井雅経が撰進に携わった1205年に奏進された「新古今和歌集」の写本を借り受けることが決定した。335年も前の本が写本とはいえスイと出てくる。恐るべし京のお公家さん。文官衆見習いの教育に使わせてもらいます。


 1535年(天文4年)1月


 年が明け、最大の政敵だった細川晴元が表舞台から消え去って約1年。足利義晴さんが近衛尚通さんの息女と婚姻を結んだ。婚約を仲介したのは今は亡き元管領の細川高国。よくまあ破談することなく結婚にこぎつけたものである。細川晴元が元就さまに変わっただけと対抗する意味もあるんだろうけど・・・

 で、近隣の大名家からもお祝いの使者が京にやって来たのだが、そのなかのひとりに朝倉宗滴さんがいて、その朝倉宗滴さんから、俺の養女である朝顔を嫡男である朝倉景紀さんの継室に欲しいという話が元就さま経由でやって来た。どうやら、朝倉景紀さんの正室が今年の初めに肺炎で急逝。後添えを探していたらしい。

 朝倉景紀さんは養父である朝倉宗滴さんに似たのか文武両道の偉丈夫で、3年ほど前に朝倉宗滴さんのあとを継いで越前の敦賀郡司職に就いた御年30歳の偉丈夫。たいして朝顔は今年23歳だから年の差的にも釣り合いは取れている・・・はず。

 まあ、滅ぼした領主の正室を側室に迎えたり、国主の愛妾を下賜されて側室に迎えたり、嫁ぎ先が滅んで出戻ったコブ付きの三十路越えの主君の妹を娶ったりというのは珍しくないのでこの程度の年の差なんて気にはならないだろう。跡継ぎ問題も、元就さまの正室妙さまが28歳で徳寿丸くんを生んでいるからたぶん大丈夫。

 そして、元就さま経由で話が(稟議書つきで)降りてきたということは、既に関係部署には話が通っているということだ。いろいろと話を詰めた結果。朝顔の婚姻は成立し、同時に朝顔が座長を務めていた御伽衆の隠れ蓑のひとつ「三入高松神楽団」も分派。「敦賀神楽団」が結成され越前入りすることになった。神楽団は北陸から北の日本海側の情報収集の拠点になるだろう。


 どん!どん!!どん!!!


 だん!


 勇ましい足音が廊下に鳴り響き、部屋の襖がものすごい勢いで開く。


「聞きたいことがあります!」


 そういって修験僧のような旅装のうちの奥さんが低く腰を落とす。俺は放たれた殺気に、座っていることの危機を感じ慌てて立ち上がる。

 松は「ちぃ!」と舌打ちをする。ヤバイ殺る気満々だ。

 バシ!

 松の右のローキックが俺の太腿を襲う。

 余りの痛さに思わずよろける。脛あてを着込んでいるな。

 ビシ!

 素早く蹴り足を戻しすかさず左のミドルキックが脇腹に吸い込まれるが、松が左足を引き戻す前に俺はガッチリと松の左足を抱え込む。


「足技は破壊力があるけど、安定性を保つのが難しいよね」


 俺がニヤリと笑うと、松は慌てて両手で後頭部を守る。なので遠慮なく右足を払って倒す。どんという鈍い音が響いた。そして倒した松の左足を持ったまま身体をまたぐように、くるりと身体を反転させる。いわゆる逆片エビ固め。即座にバンバンと床が叩かれる。降参の合図だ。


「朝顔は外交の駒ですか?」


 ブスッと口を尖らせてぼやく松。


「毛利との外交というなら否だね。今回の婚姻は、宗滴殿が朝倉家を存続させるために打った布石だよ」


 俺の説明に松は首を傾げるので、朝倉景紀さんが朝倉宗滴さんの実子ではなく養子。そして血筋的には現当主である朝倉孝景さんの弟だという事を説明する。もし将来的に朝倉氏と毛利氏が敵対したとき、朝倉景紀さんと朝顔の間に子がいれば朝倉氏が滅んだとき男子なら斬首されても女子なら生かされる可能性がある。

 そしてその女子が結婚したり結婚して男子を産んだとき、名跡を継ぐという形で滅んだお家が再興されるというのはよくある話なのだ。


「宗滴さまは毛利と朝倉が戦うと?」


「宗滴殿の目が黒いうちは大丈夫かもしれないけど、その後がどうなるかは解らないでしょ。毛利が大きくても頭を獲れば勝てると乾坤一擲を狙う可能性もある」


 特に毛利氏が北近江(滋賀北半分)や美濃(岐阜南部)に侵出したタイミングで横腹を突かれる事態は避けたい。なので毛利氏としても今回の朝倉景紀さんと朝顔の婚姻は実があるのだ。

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