第174話 毛利法度目録 4.21版

1535年(天文4年)1月


 元就さまが管領に就任したことと年が改まったことを理由に毛利領内に公法、民法、刑法、商法、軍紀法を定めた分国法「毛利法度目録」が布告された。まあ、「毛利法度目録」の前身となる判例集は5年前から運用されていて毛利氏の家臣団には目新しいものではなかったりする。

 今回の上洛にあたって占領し新たに領地になった土地に残る裁判記録を集めて分析され、いくつかの判例が追加され、いくつかの罰則が修正された改訂版なのだ。なので文官衆の間では「法度目録4.21版」とか言われていたりする。


 で、この「毛利法度目録」の発表に反発した勢力があった。まず公法で一国一城令で城を奪われ更に領地召し上げられた事に不満をもった三好氏配下だった摂津(兵庫南東部から大阪北中部)や河内(大阪東部)、大和(奈良)の国人たち。トップの三好氏が勝手に降伏したから関係ないと開き直った国人もいた。

 元就さまが「毛利の法に従うのが嫌なら自領に籠れ。城ごとすり潰してやる」という事を遠回しに言ったら、真に受けて自領に戻った国人がいたので物理的に城ごと消滅させたよ。


「援軍の無い籠城をしてどうするんだ?」


 造反した畿内の国人衆の討伐を任された尼子国久さんは呆れたように呟いたという。


 つぎに畿内の寺社が既得権益である守護使不入権を認めなかったことに反発した。守護使不入権というのはもともと鎌倉や室町の幕府が決めた公領や荘園に守護大名の関係者が勝手に立ち入る事を禁じた制度のことなんだけど、幕府の権威が衰退してくるとその国の支配者が権限の一環として守護使不入権を付与するようになった。結果、寺社は脱税し放題だし犯罪者は寺社に逃げ込めば助かることが往々にしてあったのだ。


「我々は現在逃亡中の細川晴元を追っている。もし貴寺に彼の御仁を匿っているという疑いがあった場合、守護使不入権があると調査できないだろ?」


 守護使不入権をうそぶく寺を大勢の兵で取り囲んだうえで、単身乗り込んだ俺が寺のトップに直談判したら、あっという間に矛を収めた。


 そして商法、私鋳銭の製造禁止と毛利の私鋳銭と畿内に出回る撰銭、悪銭の交換比率に不満を持った堺の会合衆が湊を質に反旗を翻すという道を選んだ。まあ、現在建設中の大坂城や二条城の建設のための金を搾り取ったうえでこの決定だから我慢の限界を超えたのだろ。なにしろこの時代の私鋳銭は銭であり商品でもあるからね。

 で、堺の会合衆の対応に毛利氏家臣は、「武力を持って制圧すべし」という意見と「話し合いで解決すべき」という意見で割れたんだけど、尼子経久さん三好海雲(三好元長)さん愚谷軒日新斎(島津忠良)さんから意見が出た。


「堺と戦をして施設を破壊し人と金の浪費をするぐらいなら、その人と金で摂津と播磨(兵庫南西部)の間にウチの大型船が寄港できる湊を整備したほうがいい」


 尼子経久さんたちのいう大型船というのは、現在、南方貿易路の開拓に併せて安芸(広島)で建造中の角盤級のガレオン船よりも一回り大きいガレオン船のことだ。どうやら安芸にも深い所縁のある平清盛が手掛けた大輪田泊・・・いまの神戸付近・・・が大型船の寄港地として適しているらしい。

 まあ、平清盛も中国との貿易拠点として、また瀬戸内海の海上交通の要衝として発展してきた港だから大型船の寄港地には最適だろう。江戸時代末期に日米修好通商条約においても開港場に指定された港でもある・・・あれ?じゃあなんで堺が商業都市としてデカい面してるんだ?まあいいか。


「ついでに準備しておる新貨幣もばら撒いて畿内の貨幣不足を解消すればいいだろ」


 三好海雲さんが笑う。古今東西、貨幣の偽造は族滅もあり得る重大犯罪だけど他国の貨幣だったり大名が自領で流通させるオリジナル貨幣は罰せられないんだよね。武田の甲州一分金とかね。

 ちなみに現在量産の準備を行っているのは混入比率が銅65、亜鉛35の10文黄銅貨と混入比率が銀25、銅75の100文朧銀おぼろぎん貨だ。金貨や銀貨を導入しないのは金や銀を貨幣として運用するには産出量が心許ない。史実でも金貨(小判)を採用した徳川幕府もほどなく財政を悪化させているからね。

 結果、堺は放置することが決まった。そして堺の会合衆は三日と経たずにあることに気が付いた。今後自分たちが誰からモノを買い誰にモノを売るのかということに。まあ全ては遅きに失したんだけどね。

 堺の会合衆はありとあらゆる交渉チャンネルを駆使して元就さまに接近しようとしたけど、そのことごとくは失敗に終わった。放置された堺から商人が逃げ出すのに時間はほとんどかからなかったという。

 そして堺が再び活気を取り戻すのは大坂城が完成してからしばらく後の話であり、堺が商都として復活することは二度となかったよ。

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