第165話 親族で因果を重ねる
- 北近江 坂本 -
比叡山との交渉が進まないことに業を煮やした細川晴元は、南北近江の六角定頼さん、京極高延さん、浅井亮政さんから兵8,000を借り受け坂本に進撃を開始した。細川晴元からすれば武力を背景にした恫喝だが、比叡山からみれば30年前の悪夢の再現だ。
しかも率いている細川晴元は比叡山を焼いた細川政元の一族でもある。比叡山の強硬派は「仏敵細川晴元を討て!」と騒ぎ出した。当然だが、仏敵認定された細川晴元も激怒した。ええ、両陣営に幾らか誇張した噂を流しましたが何か?
やがて細川晴元軍が坂本の包囲を完成させると、危機感を募らせた比叡山の穏健派が
まあ、「比叡山と話し合いをします」というのは対外的なアピールであって、出来たら儲けの策だ。本命は坂本の焼き討ちも辞さない大掃除。やってくれる人間がいるならやらせればいい。元就さまが仏敵認定される必要はないのだ。
そして事態が動く。坂本を包囲していた細川晴元軍の輜重隊が比叡山の僧兵と思われる一団に襲われ、兵糧の大半が焼かれてしまったのだ。
「我が名を騙る坂本に巣食う偽の僧兵を討伐せよ」
兵糧が焼かれた翌11月20日の明け方。細川晴元が軍配を振り下ろすのと同時に鬨の声が上がり、8,000の兵が坂本になだれ込む。夜討ち朝駆けは戦の習いだからね。破壊と殺戮と略奪が坂本を襲う。そしておそらく朝餉の準備で火を使用していたのだろう。街の一角に火の手が上がる。
「あーあ火が出たよ」
望遠鏡で坂本を眺めていた俺は乾いた笑いをこぼす。
「まーそうなるな」
隣りにいた司箭院興仙さんが、煙が上がるのを見て嗤う。実にいい笑顔だ。そういえば、司箭院興仙さんって細川政元とも縁があったんだっけ。比叡山の焼き討ちを忌避しない訳だ。
「しかし、比叡山の腐れ坊主を助ける意味はあるのか?」
「いまの比叡山の天台座主は皇族なので・・・」
確か、いまの天台座主は伏見宮貞常親王の子息である覚胤法親王さん。さらに数代が皇族の人が天台座主を務めるはずだ。
「生温いの」
「その辺を豪快にぶった切れるのは
俺の言葉に司箭院興仙さんはますます嗤いを深める。
「欧仙さま。そろそろ」
声をかけてくれた雲海の案内によって根本中堂に向かう。
- 比叡山 根本中堂 -
「儂はここを動かん」
毛虫のような真っ黒な眉毛がトレードマークの痩せこけた老僧侶は比叡山から逃げることを拒否した。伏見宮貞常親王の第七王子にして後土御門天皇の猶子。そして第百六十二代天台座主、覚胤法親王さん御年65歳だ。
「まさか、ここに及んでまだ話し合いで何とかなると?」
「当然だ。お互い差しで酒を酌み交わして話しあえ、げふんげふん」
ワザとらしく咳き込む覚胤さん・・・生臭でした。俺も司箭院興仙さんも生臭だけどね。
「ここに上がって来るまでに町で火の手が上がりました。略奪も始まっています。こうなると管領殿も簡単に止めることはできません」
「毛利の兵は、戦に備えるだけで定期的に銭が貰える代わりに戦場で略奪することを禁止しておる。が、細川はそうではない。8,000の兵士を動かすだけならまだしも開戦したからな。末端の略奪は止められん」
身内を殺され財を奪われたら、そりゃあ生き残った人間は相手を恨み骨髄に思うようになる。実際、雑兵の略奪や過度の虐殺を止めさせるだけでも戦後の統治は格段に楽になったよ。
「そして略奪の矛先は御山にも向かう」
司箭院興仙さんがさらに畳みかける。
「罰当たりな!」
「因果応報と指摘するのは釈迦に説法ですかな?僧兵が近隣で何をやったか知っていれば罰当たりと謗ることなどできないでしょうに」
俺の即座の指摘に覚胤さんは黙り込む。
「なぜ儂を助ける」
「主上からの依頼があったのは確かです。まあ、天台座主殿の身柄を管領に抑えられると、北近江(滋賀北半分)に安定した基盤を与えることになるそれは阻止したいというのが本音ですな」
俺は胸を張って答え、覚胤さんはがっくりと肩を落とし「そこは本音を隠してほしかった」とつぶやく。
「ああ、覚胤殿。持ってきたい私物とか経典とか秘仏があればご相談ください。欧仙が仙術にて運びますゆえ」
司箭院興仙さんが不意に発した言葉に覚胤さんは表情をガラリと変え、俺たちと共に下山することを決意した。・・・うん。貴重な経典やら仏像が散失しなかったのは良かったとしよう。うん・・・
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