第164話 北条さんの背中が煤けた模様

1533年(天文2年)11月


- 京 施薬不動院 -


 主上が天皇の位を継承したことを国中に示す即位の礼とその後に五穀豊穣に感謝し、後の繁栄を祈る一代に一度おこなわれる大嘗祭が無事に終了した。

 京の南にある大和(奈良)は元就さまの異母弟である相合元綱さん率いる兵15000をバックに絶賛調略中だし、物理的にやらかす勢力は京から東にしかいないうえに京の東の出入口には毛利の軍勢約3万が駐屯しているから手出しができないんだけどね。

 そうそう。即位の礼が終ると東国の有力大名の大半はすぐに自国へと帰国したけど、駿河(静岡中部から北東部)の守護大名の今川氏輝さんと甲斐(山梨)の守護大名の嫡男である武田晴信くんは帰国せずに施薬不動院に逗留していたりする。どうやら、お互いの隣国である相模(神奈川の大部分)と伊豆(静岡伊豆半島)を領する北条氏綱さんの命運を左右するためのお話合いをするためだ。


「その四索どらはポンです」


 今川氏輝さんが対面に座る小山田虎親の捨てた牌を鳴く。小山田虎親は俺と同じこの世界にやってきた転生者。そしてこの麻雀セット・・・牌、点棒、サイコロ、雀卓の発注者でもある。

 俺は麻雀というゲームを、コンピュータの脱衣麻雀で嗜んだ程度だったのでこの世界で再現しようとは思わなかったけど、小山田虎親にとっては羨望の品だったらしい。

 再会したときに、ガチャで色々と便利グッズが手に入ると告げたとき、麻雀牌がドロップしなかったのかと聞かれたので出ていないと答え、代わりにゴーレムで麻雀牌を再現することを提案したのだ。

 なお、彼なりに職人を囲って麻雀牌の再現に挑戦したそうだけど、均一の大きさで34種136枚ある麻雀牌を用意することはまだまだ先の話になる模様。うち?材料にするカゼインプラスチック(牛乳に酸などを加えると沈澱して出来る物質)が大量に用意でき、モノを均一に成形する作業が得意なゴーレムがいるからね。

 麻雀というゲームだけど、点数計算がそれなりに面倒臭いけど、ルールそのものは簡単。貰える点の組み合わせ例を一覧表にすればゲームとして形になる。知ってる人間がふたりいてそれぞれが三人に打ちながらアドバイスできるから理解者も増えるのは早い。

 え?北条氏綱さんの命運を左右するための話しあい?絵面は酷いけどきちんとやってるよ。あと元就さまと司箭院興仙さんと逍遙院さんと尼子経久さんが隣りの卓で麻雀しながら話に混ざっていたりするけど、気にしたら負けだ。あと尼子経久さんが座っている場所に例のコインがうずたかく積み上がっているけど見てない見てない・・・


 そして今川氏輝さんと武田晴信くん。素人らしく良く鳴きます。もう場は大荒れ。小山田虎親が「タコですタコタコ大決戦です」って呪詛のように呟いている。

 あ、いま間違いなく今川氏輝さんのツモ牌に稲妻が走った。


「お、四索カン」


 今川氏輝さんは先ほど鳴いた三枚の四索の横に四索を置く。


「カンドラは三索、ドラ8ですね・・・」


 今川氏輝さんはカンドラを器用に指一本でひっくり返し、リンシャン牌を手牌に加える。


「あ、リンシャンツモ!」


 今川氏輝さんが手牌をパタパタと倒す。東場の東ダブトン混一色ホンイツ嶺上開花リンシャンカイホウ、ドラ8で48,000点。(※麻雀を知らない人へ間違いなく「これは酷い」案件)

 結局、武田晴信くん、小山田虎親ともにハコ割れ。相模と伊豆は圧倒的トップとなった今川氏輝さんが攻めることになった。


 さて、比叡山と細川晴元とのお話合いである。真相究明の調査をしたいという細川晴元側の要求を比叡山側は突っぱねた。比叡山の僧兵が毛利が庇護する行商人を襲って撃退されたという噂は北近江(滋賀北半分)では異様なほど広く知られている。権力を持ってしても隠蔽できない事件の調査を足掛かりに難癖をつけられることは確実なので突っぱねるしかなかった。

 まあ、比叡山の僧兵がやらかしたこと。毛利がこの機に乗じて比叡山に強硬手段にでる。とか色々な噂が広がっているのでそうするしかないとも言える。俺の命令で毛利の御伽衆が仕事をしているからなんだけどね。

 それと・・・


「御山の二割の強硬派が毛利に強く反発しておりますが、半分は様子見、残りが我が上司を含む穏健派は帰順も止む無しと」


 俺の目の前にいる僧は、そういって懐から書状を取り出す。差出人は古渓こけい。どうやら日和見の連中を懐柔して回っているらしい。ちなみにこの男、大和(奈良)で一向一揆軍を討伐して京に戻ったときに俺のサインをねだった比叡山の僧兵で雲海という。


「鴨川東岸に建立する大仏の寺は比叡山の僧に任せると・・・そう元就大宰権帥さまと主上に奏請しよう」


 比叡山が武力放棄する場合の対価を示す。


「で、できれば御山の復興の支援をお願いをいたしたく・・・」


 雲海は床に頭をこすりつけるように懇願する。比叡山は1499年に半将軍と呼ばれた細川政元の命令した焼き討ちからほとんど復興していない。というか、焼き討ちを受けて30年経っても聖地復興がおざなりになっているところに今の比叡山のダメさが透けて見える。


「出来るとしても物資の支援しかできんぞ?」


「むしろ金子では腐った連中の懐を温め、将来的な敵に力を与えかねないかと」


 俺の言葉に雲海は即座に答えを返す。受け売りかもしれないが意外に見えてる。


「判った。事が成ればお前は俺の下についてもらう」


「はっ」


 雲海は再び頭を下げた。

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