第163話 細川晴元厄介事を押し付けられる

1533年(天文2年)7月


 - 京 施薬不動院 -


 京に入った元就さまは、俺が京で拠点にしている施薬不動院に入った。主上の即位の礼までここで滞在する。施薬不動院というのは、数年前に京で疱瘡・・・天然痘が流行したとき、疱瘡で亡くなった人を荼毘に付したり廃棄物を焼却した場所に不動明王像が降臨するという奇跡と死者の鎮魂の意味を込めて建立された寺である。

 なお、毛利氏の印象を良くするために人を雇って、定期的な炊き出しと寺の整備をお願いしていたら雇った人を中心に寺のある山の麓に人が定住するようになっていた。麓にあった施薬院と秘密結社?臥茶七曜のメンバーである三条西実隆さんこと逍遙院さん武野仲材さん山科言継さんの屋敷も建設されたことで小奇麗な街が形成されてきている。


「では援助の件。よしなに」


 深く頭を下げて、公卿の人が元就さまの前から退室する。いま元就さまを成り上がり者と陰でいう人間はいるけど、それを面と向かって言う者はいない。元就さまは従三位で大宰権帥だからね。で、昼は商人や位の低い公卿の方々と会い友誼を結び、夜は逍遙院さんと山科言継さん、ときに尼子経久さん愚谷軒日新斎さんを交えて細川晴元と坂本の僧兵をきっちりカタにハメる陰謀を話し合う。最終的にはどちらも排除する。そこに慈悲は無い。


 主上の即位の礼を半月後に控え、近畿の宗教界に激震が走った。大和(奈良)の薬師寺が毛利氏に対して帰順を示し、毛利氏はそれを認めたのだ。もっとも、今は亡き山科言綱さんを通じて俺が薬師寺再建の支援をしたことで縁を結び、先年の一向衆の狼藉に対して兵を送って守ったことで逃げることが出来なかったのが原因・・・もとい理由だけどね。

 で、赤松氏の討伐ならびに赤松氏配下の国人衆への仕置き、薬師寺の帰順という実績を足掛かりにして松永久秀さんが薬師寺の近隣にある寺社仏閣の調略を開始した。信仰の自由を認める代わりに兵力を取り上げ、毎年一定額の金を毛利から寄進することを条件に荘園を取り上げることを条件に帰順するようにと。弱小だったり穏健派と呼ばれる勢力からは前向きに検討したいと返事をもらっているらしい。


「で、武装解除の名目が大仏建立のための資材供出か?」


 元就さまは、内閣 (毛利領内の内政の方針を議論する組織)で採決された提案書を眺めながら、最近お気に入りの紅茶を啜る。なお、1寸角の角砂糖を湯飲みに2個入れて飲むのが特にお気に入りらしい。


「寺社側もタダで武器を手放すことはしたくないハズです。何らかの言い訳は必要でしょう」


「そういうものか・・・」


 元就さまは、提案書にさらさらと花押を書き込むと印鑑を押す。一応の偽装防止。

 やりたいのは刀狩り。刀狩りは、規模や対象が限定されているけど、最初に文献に出てくるのは安貞2年(1228年)。鎌倉幕府の執権である北条泰時が高野山の僧侶に対して行ったもの。その後も度々行われているけど、そのつど僧侶やその関係者が対象者に含まれている・・・凄いな。昔からやりたい放題じゃないか。

 この話は、主上の即位の礼の直前に発表され、更なる激震を近畿の宗教界にもたらす。武器という資材を供出すれば戦力が低下し、供出を拒めば主上への叛意を疑われるのだから当然である。

 そして、即位の礼に参加するべくのこのこと上京してきて、半ば拉致されるように拘束された細川晴元は窮地に陥っていた。


- 京の某所 -


「管領殿には、比叡山の僧兵と結託して東に向かう行商人から不法に通行税を徴収している疑いがある」


 将軍足利義晴さんが冷ややかな言葉を投げかける。


それがしには、何のことかさっぱり判りませんな」


 細川晴元は冷静な口調で返す。まあこっちが勝手に罪を作り上げたのだから知りようがないと思うが。何度かのやり取りをしたのち、足利義晴さんが俺に視線を送ってくる。


「これを・・・」


 俺は懐から偽造した細川晴元の書状を取り出して足利義晴さんに差し出す。


「うむ。間違いなく管領殿の花押に見えるな」


 足利義晴さんは眺めていた書状を細川晴元に投げ寄こす。


「そ、それがしには全く覚えがありませんな」


 うん。間違ってません。


「この書状が偽物であっても、比叡山の僧兵がこの書状で毛利が庇護する商人を襲ったことは事実です」


それがしが責を負うようなことでは」


「であれば、名を騙られた報復をしないといけませんな」


 被害を受けた当事者として同席している元就さまが意味ありげに笑う。まあ、関係なかったとしても、足利幕府における相伴衆七氏のうちの大内氏、一色氏、山名氏、赤松氏といった切り従えた武の最大勢力の長である元就さまを排除できるはずもないのだが。


「無論、我が毛利も坂本の賊を討伐するための援助は惜しみません」


 元就さまが細川晴元が手持ちの兵がないことを理由に逃げられないようにジワリと逃げ道を塞ぐ。これに比叡山に領地を隣接する越前(岐阜北西部を含む福井嶺北)を領する朝倉孝景さんが頷く。


「(毛利)大宰権帥殿のお怒りごもっとも。しかし相手の言い分も聞かねば公平ではないかと」


 南近江(滋賀南半分)を領する六角定頼さんが細川晴元に助け舟を出し、少し前に六角定頼さんと和睦して正式に北近江(滋賀北半分)の守護に返り咲いた京極高延さんが追随するように頷く。たぶん六角定頼さん、京極高延さん、そしていままで北近江を実質支配していた浅井亮政さんの間に入って三人の仲を取り持ったのは細川晴元なのだろう。恐るべき19歳である。まあそれをいうと足利義晴さんも若干22歳の若者なんだけどね。


「(六角)弾正少弼殿の言葉もっともである。比叡山より事の真相を聞いて参れ。管領殿にお任せしようと思うがどうか?」


「異議はありません」


それがしも」


 元就さまと朝倉孝景さんが賛成の意を表す。


それがしも反対しません」


 六角定頼さんも賛成し、比叡山との失敗することがほぼ約束された話し合いを細川晴元が行うことになった。なぜ失敗するかって?毛利は分け隔てなく近隣の宗教勢力に帰順を迫ってます。比叡山も例外ありません。

むしろとても高圧的に迫ってます。はい。

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