第148話 尾張守護代との会談
1532年(天文元年)12月
- 尾張沖 -
孫市と行動を共にするという海賊衆は、砦を破壊した後に残っていた関船に毛利の
で、孫市といえば『角盤』の一番高いマストの上で徳利片手に酒を飲みながら海岸線を見ている。本人は見張りだと言っているので好きにさせる。この先、関東まで毛利の家紋を掲げている船に攻撃してくるような元気な勢力はない。
「首領殿。織田の木瓜紋を掲げた小早がきます」
マストの上から孫市の声がかかる。尾張(愛知西部)に訪問する前に、守護である斯波氏に船が寄港できるか問い合わせをしていたので、迎えに来てくれたようだ。
「毛利家家臣。畝方石見介殿の船とお見受けいたす」
近付いてくる小早から男の声が聞こえてくる。
「如何にも。畝方石見介である。そちらは尾張守護代である織田弾正忠家のご家臣の方か」
負けずに俺も声を上げる。
「織田弾正忠家臣で織田孫三郎と申します」
男は自らの名前と身分を明かす。織田孫三郎さんというと、織田弾正忠家の現頭領である織田信秀さんの3番目の弟、後に小豆坂七本槍の一人として名を馳せる織田信光さんか。
「話には聞いておりましたが、三隻ともデカい船ですな」
『角盤』に乗り込んできた織田信光さんがあちこちをペタペタ触りながら感嘆の声を上げる。あちらが言い出す前に「売りませんよ」と釘を刺したら、織田信光さんはこの世の終わりかという顔をした。いや、最新鋭の軍船を売るお人好しとかいないでしょ。まったく。
さて、この世界でのいまの尾張の現状だけど、1530年(享禄3年)6月には尾張守護である斯波義統の家臣織田信秀さんによって史実よりもかなり早く尾張国内を統一された。尾張を統一した織田信秀さんは、我が毛利を見習って、領内の農地の区画整理と道路と港の整備を始めたという。
特に貿易の要である津島と熱田の港整備には力を入れているらしく、石見(島根西部)の温泉津港と愛宕司箭院(ちなみに八滝城は廃城となり学問の町になっている)に視察団を送り込むという熱の入れようだった。
そしてこの秋、畿内での勢力争いに敗れた本願寺証如が伊勢の願証寺に身を移したことで、それなりの一向宗門徒が伊勢(三重北中部から愛知、岐阜の一部)に集結。これに尾張の一向門徒が呼応して蜂起するも織田信秀さんの活躍によって尾張の一向門徒は大半が伊勢に追い払われた。
結果、一向宗門徒と伊勢の守護である北畠晴具が一触即発の状態になり、これに近隣の南近江(滋賀南半分)と伊賀(三重西部)を支配する六角定頼が漁夫にの利を得ようと画策したことで三者は膠着状態に陥る。
これを好機と捉えた織田信秀さんは、美濃(岐阜南部)の土岐頼芸と不戦同盟を締結し、三河(愛知東部)に軍事的な圧力をかけているらしい。
守護の斯波義統が、父の斯波義達が固執した遠江(静岡大井川以西)支配に色気を見せているのが原因だ。
「というわけで治部大輔(斯波義統)様にも困ったものです」
そういって織田信秀さんはガハハと豪快に笑う。いや、他所の大名の家臣に軍事情報を流さないで欲しい。
そこからは畿内と中部地方の情報交換会である。まずは摂津(兵庫南東部から大阪北中部)、和泉(大阪南西部)を三好海雲(元長)さんが完全に掌握した。河内(大阪東部)は討ち死にした畠山義堯さんの嫡男である畠山在氏くんが守護職を継いでいる。まあ、三好海雲の傀儡だけどね。
その代わり、三好海雲さんのかつての本拠地である讃岐(香川)と阿波(徳島)は一族の三好政長に掌握されており、現在対立している。ちなみにかつて堺大樹と呼ばれていた足利義維さんは、阿波からこっそりと周防(山口南東部)にいる公卿を頼って落ち延びていて、いまは大内義隆くんの末の妹と良い仲になってるらしい。
越前(岐阜北西部を含む福井嶺北)の朝倉孝景はあまり領地拡大には興味がないらしい。一族である朝倉宗滴さんに軍事を任せて、近隣の軍事衝突の仲裁にのみ干渉しているようだ。
北近江(滋賀北半分)にいる細川晴元は、将軍足利義晴さんが毛利に(というか俺に)近付いたことを理由に口喧嘩をしてからどんどんと仲が悪くなり、最近では北近江にある城に引っ込んでいる。そのとばっちりを受けているのが、細川晴元を見捨てることなくいまでも支援している京極高延と彼を担ぎ上げている浅井亮政。なんでも何日かおきに京極高延の居城にやって来ては毒を吐いているそうだ。これを聞いた、尾張で保護している京極高延の弟である京極高吉が鼻息を荒くしているという。
美濃(岐阜南部)の土岐頼芸は兄である土岐頼武を越前に追放して領内の立て直しの真っ最中らしい。織田信秀さんには、土岐頼芸が重用している家臣の長井規秀には十分に注意するように助言しておく。
そして三河(愛知東部)、遠江(静岡大井川以西)、駿河(静岡中部から北東部(大井川以東)については、軍事機密だといわれ情報を教えて貰えなかった。
「ところで毛利はどこまで浸食するのですか?」
会談終了間際、織田信秀さんはすっと目を細めて質問してくる。
「大宰権帥さまの御心のままに。それ以上のことは
俺の悪い笑顔に織田信秀さんも悪い笑顔で返すのだった。
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