第147話 紀伊の海賊

 海上で彷徨う海賊衆のひとりに降伏勧告の手紙を持たせて、砦らしき建物のある港に小舟で送り届けて回答を待つ。回答時間は一時(2時間)で、降伏するなら砦の目立つところに白旗を掲げるようにと書面にて指示する。紀伊(和歌山、三重南部)の海賊衆は『三国崩し改』の威力をどう見るか・・・


「降伏しますかね?」


 島津又四郎くんがわくわくした目付きで尋ねる。


「抵抗するにせよ近隣から戦力を集めるための時間稼ぎぐらいはするだろう」


 兄である島津貴久くんが笑って答える。紀伊の豪族は、普段は大きく纏まらないのに、外敵に対しては一丸となって戦うお国柄である。自然災害を前に宗派なんて関係ないってノリなんだろう。


「しかし欧仙さま。我らがここで戦う意味はあるのでしょうか?」


 少し後ろで控えていた本郷四郎さんが遠慮がちに聞いてくる。


「無いな。これは私怨だ」


 断言したらガッカリされた。


「いや、まあ、『三国崩し改』と『角盤』の実戦証明でもあるから意味はあるぞ」


 あまりも不評なので、とって付けたような理由を付ける。実際、ここから関東までの海賊衆のうち大名の紐付きでないのは目の前にいる雑賀の海賊衆ぐらいだ。有名な熊野、駿河、相模、伊豆、房総の海賊衆はそれぞれ近隣の大名傘下の水軍に収まっている。喧嘩は売れないし買ってもいけない。まあ、ここを過ぎたらマストに毛利の家紋が掲げられるし、毛利の家紋を掲げた船を襲うような水軍はいないだろう。


「実戦証明ですか?」


「設計上の性能があることを証明することは実験でもできるが、それが実戦で役に立つかは実際に使ってみないとな」


「又四郎と一緒だ。今日、この船と積んである大筒は初陣を飾ったという訳だ」


 島津又四郎くんの問いに島津貴久くんが答える。


「一緒と言われても、それがしはただ見ているだけでですが・・・」


 島津又四郎がションボリと肩を落とすので、思わず頭をグリグリと撫でる。うん言いたいことは解るよ。相手が根性を見せてくれること祈りたい。



 俺の祈りは天に届いた。いや地獄の鬼に届いたというべきか、砦から降伏の証はたなびくことは無かった。まあ、『三国崩し改』の威力を実際に体感しなければ、部下から聞いた程度ではその威力がでかすぎて一笑に付すだろうとは思うけどね。『三国崩し改』を3発ほど砦の物見櫓と門に叩き込んで、櫓が倒壊するのを待ってから兵を上陸させる。


「掛かれ!」


 島津貴久くんが、凶悪な棘の一杯ついた金棒を振り上げて叫ぶ。士気がガタ落ちとはいえ多人数を相手に戦うのだ。血や脂ですぐに切れ味が落ちる太刀より、単純に殴るだけに特化し耐久力のある鈍器の方が都合がいい。

 島津又四郎くんもまた一回り小さな棘も少ない金棒を掲げて島津貴久くんについて行ってる。そして当然だがゴウレンジャーの5人も追従している。とくに・・・


「うらぁあああ」


 紅一点である北郷美華ちゃんが、俺が武器として推奨したガ〇ダムハンマー(※モーニングスターです)を振りかざして突撃している。なんというか見た目と破壊力のギャップが凄い。半刻(1時間)もせず砦は陥落し、海賊たちは無条件降伏した。



それがし、この砦を任されておりました孫一。いや、もう孫一の名は返上しましたから、名無しの権太にございます」


 そう言って頬に刀傷のある五分刈り頭の大男が頭を下げる。孫一ということは、この男は雑賀党鈴木氏の棟梁である雑賀(鈴木)孫一か?で、「任されておりました」と「孫一の名は返上」いう事は、この度の敗北で頭領の地位を追われたか自ら辞めたということか?


「さて、鈴木の名無しの権太殿には畝方石見介元近と施薬院欧仙。どちらで話すのが都合がいい?」


 俺は意地悪く笑って、こちらは、交戦したのが最初から雑賀党だと知っていたと匂わせるように告げる。紀伊を拠点にしている雑賀衆なら、俺と三好元長さんが懇意なのも知っているだろう。さてどう出る?


「ははっ・・・どちらなら受け入れて貰えますかな?」


 鈴木孫一は、『ぴろーん孫一は仲間になりたがっている』という天の声が聞こえるほど遠回しに聞き返してくる。戦国のこの時代。大半の人間は生きてなんぼだから生きる為なら節操がない。


「いまここに飛び地なぞいらん。今回は経験を積むために戦ったが、うちの船なら簡単に逃げ切れるだけの速さはあるからな」


「陸にいる事に拘るなら、とっくに逃げております」


 なるほど。海の男?らしく単純に見たことのない船に乗りたいだけか。邪推していたのがものすごくカッコ悪いです。


「孫一。ウチはどこの神や仏を拝んでも良いが、信仰担いで政に首突っ込んだら潰すからな」


「はっ肝に命じます。それとそれがしは」


「ただの孫一だろ?ウチでそう名乗るのに誰に遠慮がいる。ああ、字は変えておく方が無難か。いちは市場の市で名乗れ」


 鈴木孫一改め鈴木孫市は、小さく「御意」と呟いて頭を下げる。その後、鈴木孫市を慕う海賊衆が家族ごと30人ほど亡命してきて、毛利水軍の柱のひとつになるのである。

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