第149話 沢庵漬けたぶん欧仙漬けになる

1532年(天文元年)12月下旬


 俺が尾張(愛知西部)の守護代である織田信秀さんから仕入れたのは大量の赤米である。赤米というのはタンニン系の色素を含むイネの原種に近い種類だ。

 今後、毛利との商売で使うのに都合がいい毛利の私鋳銭が欲しかった織田信秀さんと、関東で売り捌くものを増やしたかった俺の思惑が一致した結果で、2000貫文ほどの取引をした。

 実は俺が安芸(広島)や石見(島根西部)、出雲(島根東部)で早い時期に白米の栽培を普及させたせいで、中国地方の毛利領では儀式で使用すると申告して認可された寺社が借りている田んぼ以外では根絶(混ざると品質が落ちるため)。九州や四国でも、認可された地域以外では急速に駆逐されつつある。ぶっちゃけると売る程は無いのだ。

 無論、赤米以外にも瀬戸窯の施釉陶器や野菜・・・とくに大根を大量に買い集めた。尾張の大根は江戸時代には名品といわれるほどの逸品だ。

 そしてこの大根で作るのは、沢庵和尚が考案したという沢庵漬け。(まだ沢庵和尚は生まれてないし70年以上も先の話だが、似たような漬物が無い訳ではないので問題はない・・・はず。)

 というのも、この時代の食事の基本が米と一汁一菜。下手をすればたくさんの穀物と汁と漬物という時代だというのを俺は忘れていた。

 さらに毛利の兵士は、元就さまから末端の雑兵に至るまで身体づくりの一環として、色んなオカズを食べるように指導し実行させていたので発見が遅れた。

 米を精米することで起こる弊害のひとつ、脚気というビタミンB1が不足して起こる病気が、商業の発達で精米したご飯を毎日食べれるようになった商人を中心に流行していることが最近判明したのだ。ちなみに沢庵漬けは、材料である大根を数週間ほど天日に干して萎びたものを塩と米ぬか、風味づけに昆布、唐辛子、柿の皮などと一緒に樽に詰め、数か月ほど漬け込むと出来る香の物である。

 大根にも米ぬかにもビタミンB1が含まれており、長期保存が出来て、安く手に入れることができるので、ビタミンB1が多く取れる食材が十分に流通するまでの繋ぎにすることにしたのだ。

 来年はビタミンB1を多く含んでいる食べ物。例えば豆類、蕎麦、カボチャやニラといった緑黄色野菜などを増産し、調理法と併せて流通させ、中長期的にはイノシシの家畜化と明や琉球(沖縄)からの豚の輸入と繁殖を目標としている。

 なお、甲板での大根の日干しと船倉でおこなった漬け込む作業は船員全員の苦情と、その後に沢庵漬けを食した事での見事な掌返しがあったことを追記しておく。


- 武蔵(東京、埼玉、神奈川の一部) 江戸城 -


「ようこそおいで下さいました.。それがし、武田家家臣で小山田越中守と申します」


 そういって白髪頭の男が頭を下げる。この時代の小山田越中守さんというと小山田信有さんかな。確か武田氏の先代武田信縄の娘を正室に迎えて武田の一門衆に名を連ねた人だったハズ。この時代、偉大な先祖にあやかって先祖の諱を名乗る武将は結構多い。親子3代同じ諱でぱっと見るだけでは長生きだなぁな人もいたりするからややこしい。


「毛利家家臣の畝方石見介元近と申します。この度はお世話になります」


 俺もまた頭を下げて挨拶する。しかし心はここに有らずだ。そう。武蔵に来てまず驚いたのは、港がコンクリートで護岸されていたことだ。そして港から江戸城に続く道は、マカダム舗装でキッチリ整備されていた。

 おさらいすると、マカダム舗装というのは、粒径のそろった尖った砕石を敷き詰めて圧し固め、細かい砕石で隙間を埋めて圧し固めることで道を均す舗装方法。毛利領では普通に普及している道路整備の工法だけど、ここは毛利領から遥か遠くに離れた東国の地だ。技術が伝播してきたとは考え辛い。つまりこれは、武田氏の中に俺と同じ転移者がいるということだ・・・なんてね。

 武田と言えば、武田信玄が諜報組織に利用した歩き巫女が有名だ。その親である武田信虎さんが、類似する組織を既に設立させていて毛利領からコンクリートやマカダム舗装の情報を得ていてもそうおかしな話ではない。

 恐るべきは、コンクリートやマカダム舗装を領内の発展に有用だと判断して運用していることだろう。ちなみに俺が結成し、秋の収穫期後に領内の村々を訪問している三入高松神楽団を筆頭とした神楽団も、この歩き巫女にヒントを得た毛利の諜報機関「御伽衆」の表の顔だったりする。


「道や港が我が毛利領と同じように整備されているとは驚きました」


「ほほう。毛利領もこのように整備されておるのですか。なるほど息子の見識侮りがたし・・・」


 俺の問いに小山田信有さんはぼそりと呟く。なんか聞こえるように言ってません?スパイした結果じゃないんですとアピールしてませんか?

 まあいい。しばらくは武田で厄介になるんだ。小山田信有さんの息子とも顔を合わせることもあるだろう。今から楽しみだ。

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